第十四話:監獄塔の強襲、アウトレンジの極意
第十四話:監獄塔の強襲、アウトレンジの極意
1.鉄壁の監獄、届かぬ距離
クレイオス領の北端、断崖絶壁にそびえ立つ「黒鉄の監獄塔」。
その塔は、魔王軍が反抗的な領民を収容し、精神と肉体を削り取るための「絶望の象徴」だった。周囲に遮蔽物はなく、唯一の接近経路である細い登城道は、塔の上層に配置された魔術師たちの射線に完全に晒されている。
「……あそこまで近づくのは、自殺行為ですわ」
エレンは岩陰から塔を睨み、苦々しく呟いた。
少しでも道に踏み出せば、上空から高火力の火球や雷撃が降り注ぐ。これまで数多のレジスタンスが、その「高さ」という暴力の前に散っていった。
「サキモリ様、いかにあなたでも、あの垂直の壁を登り、かつ魔法の雨を避けるのは計算に合いませんわ。何か……隠密の魔法でもお持ちなのですか?」
隣に立つサキモリは、双眼鏡代わりの鑑定魔法を解き、淡々と槍の石突きを地面にトントンと打ち付けた。
「いえ、隠れる必要はありません。……エレン殿。あなたの役割を、一射一殺の騎士から『制圧火器』へと書き換えます」
2.弾幕の傘、沈黙の塔
「――命中させる必要はありません。高台の縁を掃射し続け、敵に顔を上げさせなければいいのです」
サキモリの指示は、エレンにとって耳を疑うものだった。
狙わなくていい。ただ、打ち続けろ。
騎士の誇りである精度を否定された彼女だったが、サキモリの瞳に宿る絶対的な「構造への理解」を信じ、大弓を引き絞った。
「座標、一二時から一時の方向、上部テラス。……掃射開始」
エレンの指から、矢が雨のように放たれる。
一本、二本ではない。彼女は予備の矢を地面に突き立て、それを機械的な速度で次々とつがえ、塔の頂上へ向けて曲射を繰り返した。
「な、なんだ!? 矢が降って――ぎゃああっ!」
塔の上階。魔法を放とうと身を乗り出した魔術師たちが、悲鳴を上げて身を隠した。
放たれる矢に殺傷能力は求めていない。だが、視界を埋め尽くす鉄の鏃が絶え間なく降り注ぐ状況下で、悠然と詠唱を行える者はいない。一本が頬をかすめ、一本がローブを貫く。魔術師たちは、頭上を掠める風切り音の恐怖に支配され、石壁の影に蹲るしかなかった。
「……そうです。敵に『顔を上げれば死ぬ』という認知を植え付ければ、そこは安全地帯に変わります」
サキモリが静かに歩き出した。
弾幕の傘の下、彼は一切の防御姿勢をとらず、堂々と登城道を直走る。
3.垂直の「清掃作業」
サキモリが塔の直下、垂直に切り立った黒鉄の壁に到達した。
そこは、上からの攻撃がなければただの死角でしかない。
「――登攀を開始します」
サキモリは槍を構えると、全力で壁に突き立てた。
凄まじい筋力によって放たれた槍は、強固な石材を貫き、強固な「足場」となる。彼はその柄を蹴り、空中で体を捻りながら次の槍を壁に叩き込む。
右、左、右。
リズムを刻むように壁を穿ち、彼は重力など存在しないかのように、垂直の絶壁を駆け上がっていく。
一方、塔の頂上では混乱が極致に達していた。
「魔法はどうした! 反撃しろ!」
指揮官が叫ぶが、エレンが放ち続ける「弾幕」が、兵たちの戦意を物理的に削り取っていた。
矢が尽きる気配がない。精度を捨てた射撃は、予測不能なタイミングで頭上を襲い、彼らを石畳に縫い止めていた。
「バカな……弓矢一本で、この監獄塔を封じ込めるなど……っ」
その指揮官の背後。
音もなく、灰色の影がテラスの縁を越えて現れた。
「――構造の制圧、完了」
サキモリだ。
壁を登り切った彼は、驚愕に目を見開く敵兵たちの中へ、無造作に踏み込んだ。
そこからは、戦いと呼ぶにはあまりに一方的な「清掃」だった。
狭いテラスにおいて、サキモリの槍は逃げ場のない死神の鎌と化した。魔法を使おうとする魔術師の喉を突き、剣を抜こうとする雑魚兵の関節を砕き、指揮官の胸を正確に貫通させる。
恐怖に逃げ惑う者たちに、サキモリは情けをかけることも、怒りを見せることもない。ただ、そこに不具合のあるゴミが落ちているかのように、淡々と、かつ確実に命の灯を消していった。
4.構造の一部としての「感動」
塔の頂上に、アルタの旗が掲げられた。
それを確認したエレンは、弓を降ろし、震える手を見つめた。
指は腫れ上がり、呼吸は荒い。だが、彼女の胸を満たしていたのは、かつて感じたことのない高揚感だった。
自分が放った矢の一本一本は、誰の命も奪っていないかもしれない。しかし、その「数」が、難攻不落の監獄を沈黙させ、サキモリの道を切り拓いた。
(わたくしの『武』が……サキモリ様の計算の一部となり、この巨大な構造を崩壊させた……)
一射一殺の騎士道では、決して味わえなかった感覚。
個の強さではなく、システムの一部として機能し、理不尽を打ち破る快感。
エレンは、サキモリが示した「構造」の圧倒的な美しさに、戦慄し、そして深く感動していた。
「……エレン殿。掃射による援護、完璧でした」
塔から降りてきたサキモリが、煤に汚れた顔でそう告げた。
「あなたの弾幕がなければ、私の登攀時間は三倍に伸び、被弾率は一五%に上昇していたでしょう。……助かりました」
サキモリにとっては、単なる事実の報告だ。
だが、エレンにはそれが、どんな愛の言葉よりも甘美な称賛に聞こえた。
「……おーい、おじさーん! 終わったのね!」
遠くからルミナが手を振って走ってくる。
サキモリはそれに応じることもなく、すでに次の「目標」――クレイオス全土の解放構造を脳内でシミュレーションし始めていた。
銀髪の騎士エレンは、そんな彼の背中を見つめながら、固く誓った。
これから先、この男が歩む道のすべてを、自分の弾幕で埋め尽くしてみせると。




