ファントム、保護者になる7
「……やっぱり、何かあるのね」
警戒心たっぷりなユキの声に、陣内は苦みを混ぜた笑みを見せた。
「そう警戒しなさんな。お前にとっては悪くない話だ」
「それを決めるのは私だわ」
はっきりとそう言い切る彼女を見て、マスターが「ほっほっほっ」と笑う。
「えぇ、ユキくん、君の言う通りです。ですが、それを判断するにもまずは聞かないと」
そう言われ、ユキも納得したのかストンと席に座り、「で、なに?」と聞く姿勢を見せた。
「これは佐伯長官からの提案だ。神崎ユキ、学校へ通わないか?」
「……学校?」
オウムのように聞き返すユキに、陣内は「そうだ」と頷いた。
「とはいえ、一般の学校は警護の面からさすがに無理だ。こちらが用意した私立の中学でいいのなら、という条件付きにはなる」
学校。それはユキにとってまだ一度も踏み入れたことのない場所だ。勿論、それがこの世界に存在しているのは知っている。けれど、彼女にとってそこはこれまで必要のない場所だったから。
「……何を、学ぶの? 見た目はこれだけど、これでも20歳なのよ? そんな10代の子供と一緒に何をしろって? いっそ、どっかのラボにでも行けと言われた方が──」
「学校は、何も勉強するだけの場所ではありません。友人を作ったり、作れなくても人とのかかわり方を学べる場所でもあるのですよ」
陣内の代わりに、マスターがそう言って彼女の前にカフェオレボウルを静かに置いた。
「……友人、ですか」
マスターの言葉を繰り返すユキの瞳には、まだ戸惑いの色が浮かんでいる。
「ええ。もちろん、無理に、とは言いません。ですが、ユキくん。あなたは、もう誰かの『道具』ではない。これからは、あなた自身の意志で、世界と関わっていくのです。その最初の練習の場として、学校という場所は決して悪くはないと、私は思いますよ」
マスターの穏やかな、それでいて諭すような言葉。
「……練習……」
「そうだよ、ユキちゃん!」
それまで黙って話を聞いていた玲奈が、ぱっと、顔を輝かせてユキの前で笑う。
「学校ってね、すっごく楽しいよ! くだらないことで友達と笑ったり、美味しいランチを食べたり、たまには退屈な授業で居眠りしたり! それ全部が勉強なんだって!」
玲奈のあまりにも楽しそうな言葉に、ユキは戸惑いながらも少しだけ、その世界を想像してみる。 友達と笑う自分。 ランチを食べる自分。 居眠りをする自分。 そのどれもが今まで、一度も想像したことすらなかった自分自身の姿だった。
「居眠りはダメです、玲奈」
「え? あ! 例えよ、例え!」
玲奈は誤魔化すように笑うが、ユキは黙って目の前に置かれたカフェオレの、温かい湯気を見つめていた。
「これがその学校のパンフレットだ。制服などの必要品は、こちらで用意する。明日、回答を聞きにくる。それまでに決めてくれ」
その言葉を残して、陣内はセグレトを後にした。




