ファントム、謎解きをする7
──秋の午後、美術室。
窓から差し込む光が、絵具の瓶を柔らかく照らしていた。
三枝は、いつも通り筆を洗いながら、静かに生徒たちの作品を見回っていた。
その隣では、佐々木がキャンバスに向かっていた。
彼の筆は、以前よりもずっと迷いがなく、色彩には以前にはなかった力強さが宿っていた。
「……先生」
佐々木が、ふと声をかける。
「また、模写してみたいな。何かいい題材はない?」
「……あるよ。君ならきっと本物と見間違うくらいのものが描けるだろうね」
三枝はそう言って微笑んだ。
そんなやり取りを見て、ユキがふと声をかける。
「……いいの? 探しに行かなくて」
三枝は、筆を拭きながら、少しだけ微笑んだ。
「約束が果たされるなら、それでいいんだよ」
それ以上、何も言わなかった。ユキもそれ以上、何も聞かなかった。
日が落ちて、彼らの姿はセグレトにあった。
カウンターにはマスターと灰島。テーブル席には瀬尾とユキ、そして玲奈。
店内にはジャズが流れ、カップの音が静かに響いていた。
「……あ、ニュース入った」
ユキがスマートフォンを見ながら、声を上げる。
「イギリスの考古学者のチームが、死海近くの洞窟で、ユダヤ人の美術品を偶然発見した。戦時中に隠されたものらしい。イギリス政府の支援のもと、発見された資産は新たに設立される財団を通じて、人権支援活動へ活用される見通しです―― 、ですって」
瀬尾が「偶然ねぇ……」と呟きながら、カップを傾ける。
玲奈が「それって……」と言いかけたとき、マスターが静かに口を開いた。
「いいんですよ、これで。それが偶然か必然かは問題ではありません。一つの約束が守られた、そんな世界、素敵だと思いませんか?」
その言葉に、誰もが沈黙した。セグレトの店内には、香ばしいコーヒーの香りと、穏やかな時間が静かに流れる。そこには、彼らが守り抜いた「日常」が確かに存在していた。




