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公共体育館のトレーニングルームで筋トレのインターバル中、当トレーニングルーム三大マッチョの一人である佐羽島君が挨拶しながら入ってきた。
「失礼しまーすっ、こんばんはーっ」
「あー、こんばんはー」
挨拶を返すと佐羽島君がニコニコと笑顔を浮かべて入ってくる。
この人の好さそうな若いマッチョが某全国紙の新聞記者であることを聞いたときにはちょっと驚いたものだ。
「錫木さんも来てましたか。今日はどんな感じで?」
「んー、俺は上半身中心でいこうかなと。佐羽島君は?」
「僕は下半身中心ですね。回数減らして負荷多めで」
「あー、佐羽島君らしいですね」
佐羽島君は負荷重量を重めにしたトレーニングをすることが多い。
ちなみに同じ三大マッチョの中でも、靖川さんは負荷強度80%でゆっくり10回×3セットのパターンを頑なに守り、原多木さんはアップテンポでセット数をこなすトレーニングを好む、などとそれぞれ個性豊かなことが最近分かってきた。
なお、先程の会話は字面だけだといかにもマッチョ同士、という感じがするが、俺は筋トレ初級者のガリガリだ。
気さくな佐羽島君がいろいろ話しかけてきてくれ、俺もアドバイスを仰いでいるうちに親しくなった。
佐羽島君がストレッチで身体をほぐしていき、俺も再度トレーニングしようとダンベルラックまで歩いていく。
このトレーニングルームの器具は比較的新しいものが多いが、このダンベルラックは相当古いものらしく鉄パイプに鉄フックが溶接されており、所々に錆が浮いている。
そしていつもの10㎏ダンベルを手に取ろうとして、ふと手を止めた。
ラックの左下隅のフックに掛かる2個のダンベルが視界の端に留まったためだ。
初めてこのトレーニングルームを使用したときから気になっていた。
と、いうかここに来ている皆は気になっていないのだろうか?
なにしろそのダンベルは黄金色に輝いているのだから。
ほとんどの器具の金属部分は銀色で黄金色というのは珍しい。
構造は軸とプレート部分が一体になっていて重量の変更はできないタイプだ。
見た目、1個15㎏くらいだろうか?結構大きい。俺だと利き手でもカール5~6回がせいぜいだろう。
何故か誰かが使っているところを見たことがないが、使用禁止というわけでもなさそうだ。
だったら1度試してみるのもアリかなとその黄金ダンベルに近づいて手を伸ばそうとしたところで佐羽島君から声が掛かった。
「錫木さん、その金色のやつ使わない方がいいですよ」
「え?なんでです?」
「ん~、僕もそうですけど結構それで怪我してる人多いんですよ。靖川さんもですし、原多木さんなんか完治まで1ヶ月以上かかるような重傷負いましたからね」
「ええっ!そうなんですか!?え?佐羽島君が筋トレ初心者の頃とか?」
「いや、その頃でもそこそこ筋肉はありましたよ。多分そのダンベルって造りのバランスが悪いとかじゃないですかね。しっくりこないっていうか」
「なるほど。いや、止めときます」
そんな会話があってその日はいつものダンベルでトレーニングを済ませて帰宅した。
◇◆◇
それから5日後。いつもよりやや早めの時間に来たトレーニングルームでストレッチしながら黄金ダンベルを見て考えていた。
確かにあのダンベルは俺にはちょっと重そうだ。
でもあの三大マッチョに怪我を負わせるほどのものだろうか。
佐羽島君は『造りのバランスが悪い』のではないかと言っていたが、見た目普通の造りで、多少軸の太さなんかが違ったとしてもそれが怪我に結び付くほどとは思えない。
「……やっぱ一回試してみるか」
黄金ダンベルを右手に取り、ダンベルサイドカールを行う。
佐羽島君が言っていたようなしっくりこない感じはない。むしろ今まで使ったどのダンベルよりも持ちやすい。
ゆっくりと3回ダンベルを上げ下げしてしてみた。これなら大丈夫かといつものスピードで上げてみることにした。ゆっくり動かす方がしんどいのだ。
ビキッ
「あ゛」
いつものスピードで腕を曲げた途端、いきなり強い負荷がかかった感触があったかと思うと、次の瞬間には右腕のスジを傷めていた。
俺はその日のトレーニングの継続を諦めて家に帰り、患部に湿布を貼って寝た。
ちゃんと忠告を聞いておくんだった……
しかし、怪我する直前、急にダンベルが重くなったような気がしたんだが。あんなことってあるのか?




