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◆91◆

「警察に連絡して、ここに男たちが倒れていると知らせてくれ。匿名で良い」


 こいつらは雑魚だが、人目に(さら)してしばらく動きがとれなくしておこう。俺が桃花に向かってそう言うと、彼女は「匿名なら、スマホじゃあ駄目じゃない」と、首を振る。


「そうだったな」


 二〇一五年六月の法改正以降、非通知にしても警察(一一〇番)と消防・救急(一一九番)それに海上保安庁(一一八番)に掛けると、その電話の番号や位置情報が知られてしまう。


「確か公衆電話は、砂川中学校の辺りまで行かないと無いわ。でも、あそこなら近くに駐在所もあるはずよ。引き渡せば?」


「身バレしても良いのか?」


「だって彼女が誘拐されたんでしょ。警察に届けなくて良いの?」


 意外と真剣な顔だ。もしかしてこいつ、良いやつ? いや考えてみれば、それが常識か。


「この二人じゃ手がかりになりそうもない。せいぜいトカゲの尻尾だろう。鈴佳のことは俺が何とかする」


「自分で何とかするって……やっぱり岡田さんて、普通の人じゃあないのね」


 桃花が考えているのとは違うだろうが、確かに俺は普通ではない。自分を法に従わない存在(イリーガル)と見なしているし、できることも常識を外れている。ある意味では怪物と言ってよいと思うが、そうであることを望んでいる訳ではない。


「あ、そんな怖い目をして。でも、岡田さんといるとドキドキする」


「それは勘違いだ」


 俺は男二人の所持品を調べ、名無しのポケットからスマホを見つけた。


「そら、こいつで通報しろ」


「岡田さんが掛けないの?」


「女の声の方が良いだろう。終わったら直ぐ場所を移すぞ」


 桃花は頷き、警察に男二人が倒れている状況と場所を伝えると、直ぐ通話を切った。俺はそのスマホから指紋を拭き取って、男の(かたわ)らに投げ捨てる。


「ねえ、これからどうするの?」


 車を走り出させた俺を、心配そうにのぞき込む。


「その内、奴らから連絡してくるだろうから、リゾートに戻る」


「待つってこと?」


「そうだ」


「彼女が捕まっているのに、気がかりじゃあないの?」


「待つ以外できないから待つだけだ。あいつが連れて行かれたのは多分、大きなクルージング・ヨットだ。外洋に出られれば警察でも手が出ない。相手がコンタクトを取ってくれば、交渉の余地もある」


 実際にはどん亀のくれた短艇で急襲するという手もあるが、最後の手段だ。それをやってしまえば相手を殲滅(せんめつ)するしかない。証拠を残すわけにはいかないからだ。奴らのためにも、本当に交渉の余地があれば良いが。



 帰って宿泊棟(ヴィラ)に入る。本当なら明日チェックアウトで、そろそろ荷物をまとめなければならないところだが、鈴佳が戻っていない。


 着いてみるとリゾートの方では、海岸にいた多くの宿泊客の目の前で鈴佳が拉致されたことで、小さな騒ぎ(パニック)が起きていた。ただ誘拐事件のためか、パトカーの姿は無い。大騒ぎになっていないのも、リゾート側が必死に抑えているからのようだ。


 桃花が俺に同伴して外出していたことは、多分バレているだろう。レンタカーを手配したのも彼女だし、わざわざ私服に着替えていたしな。やがて俺のいる宿泊棟に警察が来て、事情を聞かれた。




「すると、昨日喧嘩をした後、ここを飛び出して行ったんですね。その後、探さなかったんですか?」


 宿泊棟にやって来たのは、初老の日焼けした刑事と、今話している中年のおばちゃんだ。おばちゃんの方は生活安全課だという。


「ちょっとした誤解が元の口喧嘩ですよ。出て行った時水着しか着てませんでしたし、直ぐ帰ってくるはずだから、その時話し合えば良いと思ってました」


「でも、帰ってこなかった。それなのにあなたは今朝、彼女をほっぽって出掛けた」


 何となく理由は分からない訳でもないが、俺に対するこの婦警の心証は、限りなく良くないようだ。


「ちょっと待って下さいお巡りさん、俺って何か犯罪を犯したと疑われているんですか? そりゃあ喧嘩をしたけど、一晩中待ってても帰ってこない。聞いた話では、知り合いの所へ転がり込んで、酒を飲んでたと言うじゃあありませんか。帰ってこないあいつに俺が腹を立てて、気分を晴らすのに出掛けたのが、そんなに悪いことですか?」


「酒を飲んでたんだなんて、どうして知ってるんだ?」


 疑わしげな目付きで、今度は初老の刑事が尋ねる。


「朝になっても帰ってこないんで限界だと思い、専属のコンシェルジュにたのんで調べて貰ったんですよ。そしたら、女性二人で泊まっている部屋から、ルーム・サービスでワインや料理を注文していることが分かりました」


「コンシェルジュって、そんな探偵まがいのことまでするのか?」


「これを見て下さい」


 俺は右手首に巻いたリストバンドを見せた。


「カード・キーと同じ機能があって、これでリゾート内での食事や買い物のサービス決済もできます。あいつこれを使って、高いワインを九本もその部屋に届けさせていました。夜間の割増料金も含めて三十万近く。全部俺の払いですよ」


「んん、あー」


 刑事が気の毒な相手を見る目になり、口ごもった。


「俺が謝花さんにたのんだのは、晩飯をどうしたのかとか、知りたかったからです。その結果分かったのは、二時過ぎまでにルームサービスで酒と料理を何度も注文し、その部屋で酒盛りをしてたってことでした。あいつのことを一晩中心配していた俺が、それを知って腹を立てたのがそんなに責められることですか?」


「いや、まあ、それは……」


 刑事は一緒に来た婦警と視線を交わす。バトンタッチで、今度はおばちゃん婦警の方が質問する。


「その謝花とか言うコンシェルジュのことで、喧嘩になったのよね。不倫してるとか?」


「どっからそんな話が出たんですか? ああ、鈴佳と酒盛りしてた女性二人ですね。それにしてもお巡りさん、これ尋問なんですか、まるで芸能人のスキャンダルのレポみたいだけど? 俺、どっちかというと被害者の側のはずですよね。もう、その二人を訴えていいかな? だいたい不倫だなんて、俺と鈴佳は一緒に暮らしていますが、結婚はしてませんよ」


「あら、そうなの」


「籍は入ってません。その位、宿泊者名簿を見たなら分かるでしょう。まさか、見てないんですか?」


「でも、同棲してるんでしょう」


「それが犯罪だとは知りませんでした。あいつ十一月生まれだから、もう成人してると思いますが、違うんですか?」


「そうねぇ」


 何が「そうねぇ」だ! 確かに俺と鈴佳は十歳近く歳が離れているけど、ロリコン疑惑か? えっ、そうなのか?


 そこへ備え付けのルーム・ホンが鳴った。リゾートのフロントからだ。本来なら明日チェック・アウトの予定だったが、鈴佳の事件が解決するまで延泊できるようたのんであったのだ。


 警察の捜査も入るので、さすがに直ぐ出て行けとは言われなかった。何度も言うようだけど、俺は被害者なのに、リゾート側は迷惑そうだ。しかもこの調子だと、桃花も専属を外される可能性が高い。


「いや、だいたい、海に逃げたという犯人の捜査はどうなってるんです?」


「そう言われても、うちには二十一トンの警備艇が一隻あるっきりだからねぇ」


 まあ、最初から当てにはしてないけど。


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