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桃花を宿泊棟から追い出した後、俺は山城智音に連絡を取り、鈴佳が感情的になって飛び出したので衝動的な行動を取らないよう見守ってくれとたのんだ。どん亀の監視網から得られる位置情報だけでは、回避できないトラブルもあり得る。
あの水着姿だからリゾートの外へは出ていない。着替えどころか財布も持っていないはずだ。ただリゾート内での飲食は、腕に巻いているリストバンドのタグで決済できる。
「痴話喧嘩ですか?」
「まあ、そんなところだ」
「あの専属コンシェルジュですね」
スマホから、面倒臭げな智音の声が聞こえてくる。
「知ってたのか?」
「そちらの宿泊棟周辺を、常に見張っていますから」
まあ、そうだろうな。常時ここの周りをウロウロして怪しまれるようなことこそしないが、警護している以上目を離す訳がない。プライバシーなんて、もう期待してはいないよ。
「あの女、GNペイントから俺の弱味を探るようにたのまれたそうだ。本人がそう言っていた」
「どうしてまた?」
「天秤に掛けて、俺の方から金を搾り取る方が確実だと踏んだらしい。報酬を払うから、向こうに情報を売って金を貰えとけしかけたよ」
「信用できるんですか?」
智音はさすがトライデント社の調査部に属しているだけあり、俺の意図を理解した。しかし賛成できないと言う口ぶりである。確かに情報のコントロールが難しいから、素人には推奨できないやり方かもしれない。
「偽情報を掴ませ、奴らを罠にハメてやるつもりだ」
「相手はイリーガルな連中ですよ。国防総省がらみでゴタゴタしているこの時期に、何もそんな危険を冒さなくとも!」
米国では連邦政府からトライデント社に対し、高機能製品を国防に関する資源として、米国国内に優先供給するように圧力が掛けられている。トライデントは提携企業、つまり六角産業、との契約上それはできないと抵抗していた。
名前も知られていないそんな零細企業に対し何をもたもたしているのかという疑問は大きく、米国政府のエージェントが日本に派遣され、近々日本で調査活動という名の画策を始めるはずだと言う。
この状況下で身辺警護する立場から見れば、面倒なことは避けたいに決まっていた。だが攻撃は最大の防御である。待っているだけではじりじりと余裕が失われていく。多少のリスクは覚悟の上だ。
夜になってどん亀から、松田副大臣と大市警備局長が会食時に交わした密談について報告が入った。明後日六日にも、GNペイントに捜査の手が入る。経産省から渡った情報に基づき掛けられた、不正競争防止法営業秘密侵害罪の嫌疑である。
改正で非親告罪となり、被害企業からの訴えが無くとも司法捜査が可能となっているが、本当に立件されるかどうかは正直言って難しい。だがこれでウーラムやSASFとの間に、僅かでも齟齬が生ずると良い。
何しろ平成二十七年の改正以降、海外の法人への営業秘密不正使用及び開示に対する罰則は、十億円以下の罰金と上限の無い犯罪収益の没収だ。おまけに現在では未遂罪も対象と成り、また民事での損害賠償も被告側が当該技術の不使用の立証義務を負うことになった。
二次以降の取得者も処罰対象に加えられているが、少なくとも国内企業であるGNペイントは、下手を打つと経営破綻の危機に曝されることになる。経営トップ個人への刑事処罰も別に考えられることから、GN経営陣が及び腰になると期待できた。
コーネリンが拉致されたのは合衆国内での事件であり、六角産業から製品に関する情報が漏れる可能性など無いのだから、現在までの所この嫌疑は全くの濡れ衣と言ってよい。しかし後ろ暗い所のある彼らは、官憲の目を意識しないではいられなくなる。
遅い時間になっても、鈴佳は戻って来ない。どん亀と智音からの報告で、時々移動しながらもリゾート内に留まっているのは分かっていた。以前ビーチで知り合った女二人連れの部屋に転がり込み、まだその中に居ることまで確認済みだった。
鈴佳に今後どう接したら良いか、決心できないまま日付が変わる。迎えに行くべきだと思いつつ、踏ん切りがつかない。その時、どん亀が連絡してきた。
「謝花桃花ガ情報ヲGNぺいんとニ売リマシタ」
うん、やると思った。むしろ俺がけしかけたからな。
「警察庁が動くという情報は、伝わったろうな。で、あの女いくらむしり取った?」
「百万デス」
「ん、どんな情報と交換なんだ?」
「不正競争防止法ガラミデ、外事課モ動クヨウダト」
「良し!」
と、こぶしを握った。俺の計画した通りである。
「ソレカラ」
「何だ?」
「はにーとらっぷガ上手クイカナカッタノハ、ますたーガ鈴佳ニべた惚レダカラト弁解シテイマシタ」
「はぁ? 何でそんなことになるんだ?」
「惚レテイルノニ自分デソレヲ認メラレナイ、ショウモナイ男ダト言ッテマシタ」
「ぬぬぬぬぬぬ」
自覚はしていても、あいつに言われると腹が立つ。
「処分シマスカ、アノ女?」
「いや、六角産業に雇うことにした」
「信用デキマセン」
「お前のボットたちが見張っていれば、何もできないさ。違うか?」
どん亀は黙った。肯定と言うことだろう。
俺は夜が明けたら鈴佳を迎えに行き、今後のことを話し合うことにした。
どんな結果になろうと、そうするしかない。あいつは怒って出て行くかもしれない。
いずれにしろ、どん亀に言って、あいつの頭の中のマイクロ・マシンを取り外すか、無効化するかしよう。できなかったら、まあその時は仕方ない。ひたすら謝るだけだ。
多分、俺はどん亀から逃げられない。余計なことを知り過ぎている。鈴佳には最低限の説明に留めれば、何とかなるだろう。都合の良いことに、どん亀については今まで秘密にしていたからな。
あいつは俺と別れれば、普通の人間としての人生を歩むことができる。多少の財産を持たせてやれば、それほど不幸にはならないで済むだろう。金は大事だ。ある程度までなら、助けになるし邪魔にもならない。ある程度までなら。
むしろ謝花桃花のような、自分から進んでトラブルに飛び込んでいくような女でないと、俺が一緒に今後を歩むのは難しいかもしれない。だから桃花の提案も一考の余地はある。
桃花が惚れそうなのは俺の金だけだろうから、気が楽だ。あいつはあいつで自分の人生を歩み、いつまで生きられるか分からんが俺もそうする。
もう決めた。明日に備えて寝よう。そう思った。




