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謝花桃花は少し首を傾げて考え込む。それから髪を首の後ろでまとめているピンを外して解き、俺の胸に手を当てて微笑んだ。
「そう。もう少し条件を詰めたいんだけど、ベッドがいい? それともソファでする?」
あちゃーっ、さっき桃花の髪に取り付いたマイクロ・マシンども、振り落とされなかったかな? それにしてもこの女、天性の役者というか、あざとい。演技しないではいられない性分なのかも知れない。あの「できる女」風の振る舞いも、演技なんだろうか?
「あー、大変魅力的なお誘いだが、鈴佳が何時帰ってくるかも知れないんで、パスだ」
「あら、そんなこと気にするの? もっとワイルドな男かと思った」
鼻で笑いやがった。思いっきり「女」を使う気だ。でも、まだまだ経験不足だな。男に「危険を冒してでも」と、その気にさせる肝心の何かが足りない。
「さっきも言ったけど、俺は単に物を作り、それを売って稼いでいる、それだけの人間だよ。それでだな、この後のことだけど、当面好きにしてて良い。金を貰えそうだったら、GNペイントの奴らに何を喋っても構わない。ただし相手に喋った内容、それから相手がどう反応したかは、後で俺に報告するんだ」
「それだけでさっきのお金が貰えるの?」
「んな訳ないだろう。あれは雇用条件だ。このリゾートから桃花を引き抜いて、うちの会社に勤めて貰う。福利厚生も保険もあるぞ。仕事内容は応接と接客、要はお茶くみだな」
「お茶くみで一千万円?」
当たり前だが、信じていないって顔だ。問題は、お茶くみ以上の何が桃花にできるかってことなんだよ。役に立たないようなら、次年度の契約は無しだ。取りあえず今は、桃花をこっち側の手駒として押さえておきたい。
「年俸な」
「いつくれるの?」
「四半期ごとに四分割して支給」
「一回目はいつ?」
「一月。おや今月だな。契約する気になったら、言ってくれ」
「もう、なってるわよ」
「よく考えないで良いのか? GNペイントの方は二千万円なんだろ。うちに、六角産業に就職することになったら、真面目に働いて貰うからな」
正直、今の俺には一千万なんて端金だが、桃花にとっては違う。かなりのリスクを冒すだけの価値がある金額なはずだ。じゃあ何故、金額の少ない方を選ぶ?
「どれだけ大きなお金が手に入っても、そこで命を失くしてしまったら意味が無いでしょ。だから正直に教えて。私に何をさせるつもりなの?」
「リスクを計算して、無謀な行動を避ける判断ができる所は良いと思うよ。判断の基準が何なのか、説明してくれたら俺も教えよう」
「岡田さんの方が、間違いなく支払ってくれそうだから……じゃあ、ダメ?」
そう言いながら桃花は、解いた髪を手早くまとめ、鮮やかな手つきで元の髪型に戻した。何か、もったいなかったかな? いや取りあえず、仕事は仕事、遊びは遊びだ。
「ってことは、GNペイントの方は当てにならないと見てるんだ。その根拠は?」
「女の勘よ」と、そっぽを向いて項を見せ、髪を調整する。やっぱり鏡無しでは、ぴったり元通りとはいかないようだ。
「何か理由があるはずだろ」
「あの二人、私のことを馬鹿にしてたわ。言葉は丁寧だけど、下に見てた。沖縄の、さらに離島で生活しているこんな小娘、甘い言葉を掛ければいくらでも騙せるって。見え見えよ。自分が賢いと思い上がって……本土の人間の抜けている所ね」
「俺だって、本当のことを言っているとは限らないぞ」
「でも、私を馬鹿にしてはいないでしょ。子どもの頃苦労したから、そういう相手には敏感なの。口では良いこと言っても、裏で私を虚仮にして、陥れようと立ち回るような奴らにはね」
俺は今の桃花の歳くらいまでは、会社勤めをしていた。出世したいとか、会社のために業績を上げたいとまでは、正直なところ考えていなかった。だが与えられた自分の職務には真面目に取り組んでいたと、自分では思う。それでもあの頃の俺より、今の桃花の方がましな人材なのかもしれない。
「何か資格を持っているか?」
「レストラン・サービス技能検定三級。サービス接遇検定、ホテル実務技能検定、秘書検定も取ったわ。それにワードの日本語ワープロ検定にエクセルでの情報処理技能検定。最初のは国家資格だけど、残りは全部民間の検定。専門学校だから仕方ないでしょ。あと技能士が三級なのは実務経験が足りないせい。一年だけレストランの接客の仕事をして資格を取り、直ぐにコンシュルジュの見習いに移ったのよ」
「事務仕事は?」
「担当する宿泊棟の管理文書や顧客についてのレポートを作って提出する、ぐらいの経験しか無いわね。即戦力とはいかないけど、機会を貰えるなら勉強するわ」
『フランス語は話せるか?』
『少しなら話せるわ』
『英語は話せる?』
『英語の方がマシね』
「なるほど、勉強家だな」
「国家資格の一級を取るつもりだったのよ。でも女が就ける仕事に役立てるのが難しいって段々分かってきて、途中からコンシェルジュに転向したの」
当たり前のことだが、こいつの人生にも、紆余曲折があったってことだな。全ての人間が先々まで見通して学んだり仕事を選んだりできる訳じゃあない。体当たりでぶつかって撥ね返され、新しい進路に進む。ピンボールかビリヤードの球のような生き方に見えるのは、彼女の持って生まれた性格のせいだろうか。
まあ、俺だって他人のことをどうこう言えるほどご立派じゃあない。行き当たりばったりという面では、彼女より数段上だ。
「うちの会社が生産する製品は高機能な分、高価だし、製造上の秘密も多い。君に接触してきた奴らを見れば分かると思うが、うちは他の企業や組織から狙われている。だから身内になる人間には、それなりの条件を保証し報酬を支払うつもりだ」
「買収されて裏切るのを防ぐためなんでしょうけど、私は岡田さんの個人情報をお小遣い程度の金額で一度売り渡しているのよ。どうして信用できるの?」
「まあ、男の勘だな」
「自惚れているとその内、足をすくわれるわよ」
「その時はその時のことさ」
腹立たしげに言う桃花に、俺はそう答えた。




