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◆76◆

 どん亀のことを秘匿するためのカバー・ストーリーとして、亀甲呑舟博士こと六角康平という架空の人物を作り出した。その亀甲博士のことでさえ、トライデントでも一部の人間しか知らない。


 その彼らも博士の背景については、俺が曖昧に伝えた情報を持っているだけだし、カーボン・ナノ素材を製造している場所についても秘密にされたままである。ところがその曖昧な情報までがまた真っ赤な嘘で、そもそも六角康平などという研究者は最初から存在していないのだ。


 万が一誰かがこの道筋を遡って、カーボン・ナノ製品の出所を曝こうとしたとしよう。だがこの手がかりは、まるでロシアの民芸品であるマトリョーシカ人形のように入れ子になっていて、最後の人形の中は空っぽというような結果にしかたどり着くことができない。


 ウーラムのトップにいる海千山千の人物は、恐らく総帥のウー・リンミンか息子のウー・シェーレンのいずれかだろうが、そんなまどろっこしい回り道は無視することにしたようだ。


「それにしても、安西所長の売り込みだけで、どうして俺を狙い撃ちにするように、SASFが動くんだ?」


 俺の疑問に対し、山城智音は言いづらそうに応えた。


「こちらの責任です。実は先週からミズ・クーネリンの所在が分かりません。本国《ステーツ》の調査部が彼女の家を調べたところ、パートナーである男性がSASFに内通していたらしいことが判明しました。彼女が拉致されたのか、自分から寝返ったのかは、まだ不明です」


 ありそうなことだ。ライバル企業の核心情報を得るため、相手の内部に針を打ち込んでおくのは、昔からの常套手段である。男には女、そして女には男ということだ。クーネリンと安西から得た情報を照らし合わせれば、俺という存在が炙り出されるのも当然だろう。


「ミスターLの車も、襲撃を受けました」


「怪我は無かったのか?」


「最近は無かったことですので、少し驚いたと言っていました」


 最近でなければ、あったのかよ! 世界企業の経営陣て、文字通り命懸けなんだ。ひょっとして俺、覚悟が足りてない?


「それだけ圧倒的な意味を持つ製品だと言うことです。何しろあれは、青銅器文明の社会に、鋼鉄で作った商品を安価で大量に売り出すようなものですから、当然……」


「……兵器にも使えると考え、どこかの国が動き出すことも考えられるか」


「それはもう、動き出しています。うちの本社にも国防総省《ペンタゴン》からアプローチがありました。戦略物資としてコントロールする意図が透けて見えます。ドクター亀甲についても、その内何等かの情報を開示しないわけにはいかないでしょう。」


「教えなくともSASFのように、手段を選ばず探り出す。それぐらいなら……ということか」


「情報をこちらでコントロールするのです」


「狐と狸の化かし合いだろう、それは」


「それでも、やらないわけにはいきません」


 山城智音と三人の男たちは、俺の護衛に付くと言う。このヴィラ・リゾートの側にある系列のホテルは、正月をこの島で過ごそうとする客で空き室が無い。別の場所に宿泊し、交代で警備に当たるそうだ。


 スマホを切って考えた。このヴィラは予約客以外には立ち入りが制限されている。気付かれずに近づこうとしても、見張りが付いている限りまあ無理だ。


 ただあと数日とは言え、護衛の男たちを宿泊棟(ヴィラ)の中に入れるのは、鈴佳が嫌がるだろうし、俺だって嫌だ。


 このリゾートは広いので外部から交代で護衛に入るやり方では無理があるし、そもそも出入りすることを経営しているリゾート側が許可するとは思えない。面倒だな。


 困った時の何とかだのみという訳で、俺はスマホを取り上げ、どん亀を呼び出した。


「何デスカ?」


「俺の警護《ガード》がどうなっているか教えてくれ」


「宿泊棟ノ周辺ニ、十二体ノからす・ぼっと、十八体ノ燕ぼっと、三百体ノ昆虫ぼっとヲ配備シテイマス。短艇ニハ同数ノばっく・あっぷヲ乗セ、上空二万メートルデ待機中デス」


「人間型の護衛ボットは、まだ難しいか?」


「違和感無ク人間ニ見エル為ニりそーすヲ配分スルト、戦闘力ガ不十分ナ物ニナリマス」


「どん亀、お前の考える十分な戦闘力って、どこまでの物なんだ?」


「小火器ヲ携帯シタ複数ノ相手ヲ、短時間デ制圧デキルコトガ、最低条件デス」


「おい、それって化け物じゃあないか」


「ソウ思イマスカ? シカシ、敗北スレバぼっとノ正体ガ露見スル結果トナル可能性大デス。ソノ場合、自爆サセルシカアリマセン」


 うーん、負けると爆発する護衛か。そんな人間爆弾、危なくて近くに置けんな。おまけに目立ちすぎて、デメリットが多すぎる。


「俺にしたように、普通の人間を強化して、兵士や護衛に仕立てることはできるのか?」


 俺はあえて非道なプランの可能性を確認した。まあ、できるに決まっているよね。


「可能デス。タダシりすくノアル作業デ、人間ラシサヲ保ッタママ強化スルニハ、時間ガ必要デス。マタ、基本すぺっくガ高イ方ガ、戦闘能力ハ高ク成リマス」


「じゃあ、ウー・シェーレンが連れてくる奴らの中に有望そうなのがいたら、徴(・)兵(・)することにしよう。精神改造はお手の物だろう」


 それも、ランドグレンの例で分かっていた。最悪、失敗すれば処分するだけだ。そうだろう、どん亀。


「ドコマデ強化シマスカ? 人間ヲ改造スレバ、敗北時ニ自爆サセル必要ハアリマセンガ、極端ナ改造ハ、人間味ヲ失ワセマス」


「その辺は任せるよ。無力化されて拘束されたり、屍体になって解剖された時、困らないように配慮すればいい」


「あいあい、ますたー」


 俺の敵に人権なんてものを、俺は認めるつもりは無い。


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― 新着の感想 ―
[良い点] >俺の敵に人権なんてものを、俺は認めるつもりは無い。 うわっ、主人公鬼畜ですね。 だが、それが良い! 改造される覚悟のあるやつだけが改造していいって事ですね!(主人公既にされてますしね…
[良い点] いい感じに壊れて来た。 [一言] 俗っぽいけど、よくsfに出て来る個人用シールドとかバリヤ的な物は無いのかな?
[一言] 主人公 テセウスの船一直線 最初に拉致された不器用で素朴な男は もう 何処にも居ないのですな
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