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◆74◆

 正月早々、実兄の栄太郎から電話が入った。


 出たとたん新年の挨拶もなく、初っ端からの嵩《かさ》にかかった詰問口調に、俺は不愉快になった。実母《おふくろ》も歳だし、何かあった時にと教えた携帯の番号を、変えていなかったことを後悔する。


「英次、GNペイントの秘書室から問い合わせがあったぞ。お前、仕事を辞めて三年も過ぎてるはずだよな。あそことはどういう関係だ?」


「GNペイント? 知らないなあ」


 惚《とぼ》けている訳では無い、本当に一面識も無いのだ。


「何だ、その口の利き方は! 何にも無い相手が、何で取り次ぎを依頼してくる! 誤魔化すな!」


「どうもこうもないだろ。二度と連絡して来るなと言ったのは、あんたの方だったはずだ! 今さらどういう顔して電話してきたんだ?」


「それが兄に対する口の利き方か!」


「確か兄弟の縁も切ると言ったよな」


「それはお前が母さんに!」


「あの女《ひと》が何か関係あるのか?」


「な、何だと!」


「生んで貰った以外に何の恩も無いし、それも親父《おやじ》の財産の相続放棄でチャラだ。育てて貰った恩とか言うなよ。俺が物心付く前にも、あの女が俺のために指一本動かさなかったことは、聞いて廻って知ってるんだからな」


「誠次叔父か! まったく、何を吹き込まれたか知らないが……」


「俺を実際に育てた人や他の人にも聞いたさ。あの女が何故俺にだけ冷たいのか、分からなかったからな。ひょっとして血が繋がってないのかと疑ったけど、そんな事実は無かった。いっそ、その方が納得できたんだけどな」


「自分の腹を痛めて生んだ子だぞ! 母さんだってお前のこと愛してたに決まってる」


「随分ひねくれた愛し方だったな。まあ、それは過ぎたことだ」


 兄姉が生まれた頃は母も若く、子育てにも関心を持ったのだろう。俺の頃には嫌気が差していたようだが。その辺のギャップが、十五歳も年齢差のあるこいつには見えていない。


 俺が冷たく遮ると、こいつは説教でも始めそうな声色になる。毎度のことだ。


「何言ってるんだ! 親子の縁て言うのは切れる物じゃあないんだ!」


「随分都合の良い話だ。兄弟の縁とか言うものを切ったのは、あんただろう。あれだけの啖呵を切ったことを忘れたのか? いいか、吐いた唾は飲み込めないんだぞ!」


 前に兄たちと喧嘩別れした時はお互い激昂していたこともあり、俺も何でそこまで実母を嫌っているのか詳しい話はしなかった。いやそもそも、そんな説明をする気にはなれなかった。だから兄も、俺がこのことをどれだけ考えているかなど知りようも無かったのだろう。それまでも、年齢が離れ俺を見下していた兄は、俺と深く話したこともなかったし。


 いずれにしろ、今さら仲良くするつもりは無い。


「取りあえず母さんのことはいい。とにかくGNペイントからお前に話があると言ってきている。損にはならない話だ。都合を付けて出てこい」


 らちが明かないと見たらしく、口調を少し抑えたが、まだまだ上から目線だ。これでどうやって相手を説得できると思うのだろうか?


「何のメリットも無いのに、何でそんな必要がある?」


「GNペイントだぞ! うちの社長も秘書から聞いて、驚いてたくらいだ。お前の前職と同じ化学製品の製造業だろう。再就職できるかも知れん」


「へー、そんな話があったのか?」


 兄が少し口を噤《つぐ》んだ。相手から何も聞いていないのだ。それではまるで子どもの使いだろう。


「いや……その辺、説明が無かった。お前、心当たりは無いのか?」


「無いなあ。それに今は家にいないし、暇も無いし興味も無い」


「何だと、今どこにいるんだ?」


「南の方さ」


「出稼ぎか。そんなことだから、母さんに見放されるんだ」


 いや休暇中なんだけど。勝手に思い込んで決めつけるのは、相変わらずだ。


「二人であの女に、いろいろ吹き込んでくれたようじゃあないか。俺は別にあの女の金なんか欲しくないけどな」


「ふん、貧乏人が! どうせ母さんが亡くなっても、お前の取り分など残っちゃいないぞ」


「生前贈与でもして貰ったか?」


 図星だったようで、スマホ越しに息を呑む気配がした。多分施設に入って、自分の存在感が薄れたと感じた母親が、兄たちの関心をひくため、そんな話を持ち掛けたのだろう。この兄も、余計なことを喋り過ぎなのは昔と変わらない。


 四十五歳になる兄の岡田栄太郎は、仙國食品という地方では大手の会社に勤めていた。同族会社で設立が一九四八年、その更に前は江戸時代にまで創業が遡るという仙台商人の資本だ。


 兄は東京の一流私学の政治経済学部に進学し、その頃現社長の次女と知り合い結婚した。当時は俺の親父の会社の建設部門が業績を上げていて羽振りも良く、そこそこ釣り合いのとれる相手だったこともある。


 仙國家の長女と入り婿の形で結婚した男が次期社長とされているが、次女はそれが気に入らなくて、追い落として経営を引き継ぐよう実兄《あに》の尻を叩いている。というのが、三年前実姉(あね)から聞いた話だった。


 同族会社ということもあり、兄は営業本部副部長兼営業業務担当部長とかいう肩書きで、執行役員に名を連ねていた。その上には、義兄である次期社長(専務執行役員営業本部長兼卸事業部長)と、非常勤の外部取締役二人、同じく非常勤の監査役、それに現社長の義父だけだ。


 資本金五億、従業員数約三百の会社の役員なら、十分な地位だと俺は思う。でもまだ、金が欲しいとか、地位が欲しいとか、あるのかね? それともかみさんに、やいのやいの言われているのか……。


「今、どこにいるんだ?」


「沖縄だよ」


 あ、俺も余計なこと喋っちゃった。居場所を教えるつもりは無かったのに。まあGNPやウーラムの側には、もう知られてるだろうけど。


「何だって! 沖縄のどこだ?」


「教えない」


 俺はそう言って通話を切り、実兄と実姉の番号を着信拒否に設定した。



 あの二人は仲が良いわけでもなく、あの頃実姉は俺を罵倒する合間に、平気で実兄の家庭事情を俺に喋りまくっていた。俺から実兄にその話が漏れる可能性は無いと思ったのだろうし、それは間違いではなかった。


 そう言えば、橘光一が俺の家がどこにあるのか実姉から聞き出したと言っていたな。だとしたら、警察が実姉にたどり着き、どんな情報を得ようとするか知れたものではない。それを言えば実兄からもだけど。


 まったく厄介な柵《しがらみ》だ。どうしよう?


 俺は再びスマホを取り出した。


「どん亀」


「何デスカ?」


「俺の兄と姉の近くに、スパイ・ボットを置いているか?」


「配置済ミデス」


「兄にGNペイントから接触があったそうだ」


「処分シマスカ?」


「そっちは構わないで良い。それよりGNPホールディングにボットを入れてくれ」


「承知シマシタ」


 さて、奴らはどう攻めてくるのか?



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― 新着の感想 ―
[一言] ドン亀さんならスマホやハッキングで相手会社のメインサーバーに潜り込んで監視カメラやスマホの裏機能使った盗聴やメール奪取をすれば情報取り放題でしょう? ドン亀自体がどうも量子コンピューター上の…
[一言] フィクションでの会社名は実在しないもののほうがよろしいかと、面倒ですが社名の一部は伏字を推奨いたします
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