◆69◆
いくら沖縄でも十二月末になると肌寒い日が多い。特に北から風が吹くと、半袖では寒いのだ。事前に聞いていたので、俺たちは家を出る前、ウインドブレーカーを荷物に入れてきた。
早速それが役立った。クリスマスの次の日から曇りが続き、時々雨も降った。気温はせいぜい十五度までしか下がらなかったが、風が当たると寒くて海に入るなんて無理だ。
それで俺たちはレンタカーを借り、朝から観光に出かけた。先ず北上し、宮古島の北端まで行く。
宮古島の北端から池間島へ海の上を渡る池間大橋は、長さ一・四キロ以上。奇跡的に訪れた晴れ間に、エメラルドグリーンの海と島々が美しかった。
橋の宮古島側に展望台があったので上がり、鈴佳と写真を撮った。自画撮りの後、近くにいた人にたのんでシャッターを押して貰う。
「あれ? 珍しい機種ですね。中国製ですか?」
その男はスマホ・ショップに勤めてると言い、どん亀謹製ニュー・ヴァージョンのそれをしげしげと眺めてから俺に返した。ちょっとゴツいデザインで、いろいろ新機能が搭載されている。
「米国の陸軍規格品ですよ」
「へー、初めて見ました」
俺が誤魔化すと男は、俺の手にあるそれにまた目をやる。
「沖縄じゃあ、珍しくないと思ってたんですけどね」
「いやー、基地にいるのはほとんど空軍・海軍と海兵隊ですから」
沖縄に駐留する米国陸軍は、小規模な通信施設の関係者と返還が予定されている港湾施設・貯油施設の保守要員の、合計数百名だけである。
それから橋を渡って池間島に着くと、宮古島が綺麗に見えた。橋を渡ってる間は両側に防風壁があって、景色が良く見えなかったんだ。また写真を撮って、片側一車線の橋を通って戻る。
大きな風車が三つ並ぶ西平安名崎、ガラス窓から本物の海の中が観察できる宮古島海中公園を廻る。そこから南下して長い長い伊良部大橋渡り、伊良部島にたどり着く頃には、もう昼過ぎだった。
島内にあった白い箱のようなデザインのホテル&カフェに入り、二人でランチを食べた。鈴佳はこの休暇に入ってからずっと機嫌が良い。それに気付いた俺は、少し不安になった。だって出会った頃のこいつは、怒っているかイジケているかで、終始不安定だった。
それがガラッと変わった。あの頃の鈴佳に戻れとは思わない。俺の所に押し掛けてきた鈴佳は、近くにいるだけで俺を苛つかせた。ところが今は、こいつが傍に居るのは、何と言うか、自然だ。しかし、人間て、そんなに変われるものなのか?
鈴佳が変わったのか、俺が変わったのか、両方変わったのか、本当のところは良く分からない。どう変わったのかも……、分からん。
そんなことを考えていると、スマホに呼び出しがあった。山城智音からだった。
「安西所長も沖縄行きの便に乗りました。うちの者が空港で確認したところでは昼過ぎに着く便です」
「宮古ではなく、那覇行きか?」
「ええ、そうです。あと、もう一つ気になることが」
「何だ?」
「安西はSASFアジア・パシフィックの関係者と何度か会っています。ペーター・フェデルという、シンガポールから来た人物です」
「?」
「本来は本社の人間で、アジア・パシフィックでは人事担当のはずなのですが……」
「何かツテがある関係かも」
「そう言えば、あんざい研から何人か、SASFに人材が流れています」
「わざとだと思うか?」
「安西は面倒見が良いので、部下が他社に移るということは少ないのです。人心掌握も上手く、信長型というより秀吉タイプの経営者だと思います。ただ、この場合は移籍先が世界トップのSASFですから、当然条件も相当良かったはずですが……」
「判断に迷うな。だが、安西があえて自分の子飼いを送り込んだという可能性も、否定できない。こいつは安西の奴、甘く見たら拙いか」
「そんなに肝が据わっているでしょうか? 単なるスケベ親爺に見えますが……」
どうも智音は、安西が橘夫婦とのスワッピングに参加したことにこだわりを持っているようだが、そんなことはどうでもいい。それが安西の弱点として利用できるなら、俺にはむしろ好都合なのだ。そう上手くいくとは限らないが。
引き続きトライデントの調査部に、安西と橘優奈を追ってくれるよう依頼して、通話を切った。それから鈴佳とカフェを出て、三九〇号線を南下し来間島に向かう。季節柄、ビーチで水遊び系のイベントは無しだ。
来間大橋を渡って、つくづく沖縄は長い橋が多いと実感する。それも河を渡る橋じゃあなく、島へ渡る橋だ。
竜宮城展望台なんて観光客受けする名称の場所で、また自画撮りする。それからレンタカーに乗って、今日最後の目的地「うえのドイツ文化村」に移動だ。ドイツの古城を模した展示館とかを見学したが、通り一遍で、八階地上四十二メートルの展望室からの眺めの方が印象に残った。
こう書き連ねていると、ただの観光だ。冬でなければ海に入る選択肢があり、大分違ったと思う。でも鈴佳が一緒にいなければ、俺は即日帰った自信がある。休むって、難しい!
リゾートに戻ってレンタカーを返した。ちなみに借りた車はM社の二人乗りオープンカーだ。六速マニュアルで運転するのは面白かったが、自分で欲しいと思うほどではなかった。夏の盛りだったら、また違うのかも知れない。でも日焼けしそうだ。
お疲れ気味の鈴佳を、温泉スパに送り出したところに、どん亀から連絡が入った。
「くりすます・ぷれぜんとヲ送リマシタ」
「贈り物?」
「調査用ぼっと、鳥類たいぷ二種ト昆虫たいぷノ、ソレゾレ一とんズツ計三とんヲ、短艇ニ運バセマス」
「鳥と虫? それがクリスマスの贈り物なのか?」
「イイエ、ぷれぜんとハ短艇ノ方デス」
「?」
「短距離輸送用ノかったーぼーとノヨウナモノデス。宇宙ヲ見タイト言ッテイタデショウ。ますたーノ希望通リ、宇宙空間デ外ガ見エルヨウ窓モ付ケマシタ。惑星間旅行ハ無理デスガ、月マデナラ往復デキマスヨ」
突然の話に、俺は訳が分からなくなった。
どん亀は宇宙船を造り、俺にプレゼントしてくれるらしい。いったいどれだけ俺を甘やかすつもりなんだろう?