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◆54◆

 さらに小一時間話し込んだ後、俺たちは店を出た。


 ランドグレンとコーネリンが待たせていたリムジンに乗り込み、俺たちがそれを見送る。店に戻って精算を済ませ、スマホでハイヤーを呼んだ。


 車寄せに着いたと運転手から連絡があったので、扉を開け店を出る。ビルの出口に向かって歩き出した俺と鈴佳の前に立ちふさがったのは、橘夫妻だった。あれから三時間以上になるのに、まだいたのかよ!


「あの女と一緒に来た男は誰なの?」


 イライラした口調で、優奈が詰問する。ああ、待ちくたびれたのね! 別に俺が待っていてくれとたのんだ訳じゃあないよ。こうやって見ると、昔はできる女だと思っていたこいつも、たいしたこと無いな。


「外に車を待たせてるんで、失礼」


 そう言って鈴佳の腕を取り、ビルの出口に向かう。だが夫の橘光一に、前に回り込まれてしまった。しつこいな!


「まあまあ、そう邪険にしなくてもいいじゃないか、岡田君。前は同じ職場に居たんだし」


「昔の話でしょう、橘さん。今は何の関係もありませんし、お話しすることもありません」


「英次さん、こちらの方は?」


 鈴佳が光一をいぶかしげに見ながら、やけにお上品な言葉遣いで聞いてきた。優奈がにらみ付けるが、平気な顔だ。あー、優奈の格好おようふくを値踏みして「勝ってる!」と判断したんだな。女がマウンティングを取ると、怖いねぇ。


 確かに優奈のコーデは、鈴佳のそれに比較すればそこそこ『普通の物』でしかない。


 明るいグレーの生地に黒の草木柄レースを重ねたノースリーブのセミタイト・ワンピース。それに黒いシフォンの羽織ジャケットを重ねたセットアップ。トータル十万するかどうかだろう。長いパールのネックレスを首に二連かけているが、玉が小さいし艶も悪い安物だ。


 ついでに言うと光一は、濃緑のジャケットにカーキのチノパン、右上がりストライプのレジメンタル・タイというアイビー風である。これだけ安っぽいと、ランドグレンたちに無視されても仕方ないな。


「昔いた職場の人だよ」


「あ、そうなの」


 鈴佳のやつ、分かってて聞いてきたな。絶対ホテルで優奈に見下されたことを、根に持ってる。口元が微かにひくついて、今にもニヤリと笑いそうだ。そうしないのはマナー・トレーナーにきつく言われたから、我慢しているだけだ。おい、高笑いなんか始めるんじゃないぞ!


「どうせトライデント社の偉いさんなんだろう。名前ぐらい教えてくれてもいいじゃないか」


 光一は、昔から押しの強い男だった。確か販売部の同期が、こいつの仕事の後始末を押しつけられて愚痴を零していた記憶がある。と言っても、どこの会社にもありそうな事だ。若い内から出世する奴というのは、口八丁手八丁、要領が良くて人使いも強引だ。


 だが、何の義理もない今の俺には通用しない。


「"Not your business"ですよ」


「何だと、誰に向かって言ってる!」


 いきなり胸ぐらを掴んできた。こいつには留学経験は無いはずだが、馬鹿にされたのは理解したんだ。


 確か元甲子園球児で、ずっとスポーツジムに通ってるって話だった。身長は一八〇センチほど。まだ太っちゃあいないし、多分腕力には自信があるのだろう。運動部のノリで俺が若いと見下し、手を出してきた。でも俺は部活の後輩なんかじゃなく、唯々諾々と脅されるつもりも無い。


 俺の後ろに鈴佳がいるので、完全に身をかわすという選択肢は選べなかった。仕方ないので、相手の足首の位置を蹴りながら、掴んできた手を引き落とす。


 身を捻って位置を移した俺の、横の床面にゴロンとひっくり返って、光一は唖然とした表情で俺を見上げていた。背中から落としたから、怪我はしていないはずである。


 店の中から人が出てくる。数時間前に無理矢理入店しようとした件があるので、途中から様子を伺っていたのだろう。


「お客様、大丈夫ですか? 警察を呼びましょうか?」


「どうする? このエントランスには警備用のカメラもあるようだが」


 俺が光一に尋ねると、奴はあわてて起き上がった。事情聴取を受けたら、色々と不都合だと気がついたのだろう。レストランでも騒ぎを起こしているからな。


 謝罪とも捨て台詞ともつかない何かを、モゴモゴと口にしながら奴と優奈は姿を消した。


 俺はわざわざ店から出てきたオーナー・シェフに迷惑をかけたと謝り、ビルから出る。ハイヤーの運転手にも待たせたことを詫びた。やれやれ、災難だった。




 ホテルを引き上げてから三日後、ランドグレンが俺の家にやって来た。一緒に来たのはコーネリンではなく山城智音だ。


 二人が乗ったリムジンの運転手一人。それから護衛だという男たちが別の車に乗って四人ついて来た。それとは別行動でやって来たのが、ランドグレンと智音以外の六人が寝泊まりするための大型キャンピングカーだ。計算が合わないって? キャンピングカーの運転をして来たのが最後の一人だよ。


 これだけの短期間でトレーラーではなくこの自走式のやつを、どうやって調達したのだろう? 屋根には衛星通信用のアンテナまで付いている。ひょっとして、国外から運んできたの? でもその場合、かなり面倒だと言う形式認定や車検はどうやったんだ?


 県道から上ってくる路も幅員だけは十分あるし、元は牛舎などが建っていた家の敷地にも大型バス・サイズのキャンピングカーを置くだけの広さが十分あった。空き地の草刈りなんかは、どん亀がやっておいてくれたしね。


 ランドグレンの身辺警護だけのための随員が、智音を含めると七名。トライデントのCOOってのは、大変なVIPなんだ。


 それにしてもコーネリンは来なかったの? 彼女のことは今後の課題として残されたな。


 課題と言えば、あの後どん亀が「橘夫婦ノ処分方法」について検討しろと五月蠅い。俺は「放置で」と言って忘れようとしたのに、心配性のどん亀は「再検討ヲ」と、何度も言ってくる。


 どん亀にしてみれば面倒の種は予め除いておこうと言うのだろうが、「処分」というのは物騒な内容にしか聞こえない。多分文字通りの意味だろう。でもそんなことしたら、かえって厄介な結果になりかねないと思うんだが……。


 まあそんなこんなで、ランドグレンとの交渉が始まった。



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