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強面のする外見のランドグレンが、中身もかなりヤバい奴だと何となく分かった。これって『鑑定』? いや、そんなことは取りあえずどうでも良い。多分どん亀が俺に施した『戦闘能力強化』の一環なんだろう。それより問題なのは、ランドグレンがやけに用心深いことだ。
向こうが今まで手にした情報だけで、俺とどん亀が一服盛ってランドグレンたちを味方に『改造』してしまおうとしていることを、明確に察知したはずはない。
だがランドグレンは屈従とも見える態度を、一見して分かる根拠も無く、のっけから取ってきた。いったい何故、そんなに下手に出る? 生存本能? 第六感? まさかそんな、超能力まがいな!
しかし、十三世紀頃の南アメリカでどん亀が出会ったというあの男の例もある。程度や種類の違いはあれ、常識から外れた能力を持つ人間が存在しても不思議ではない。
俺は焦った。もしランドグレンにそんな超自然の能力があるとすれば、どん亀の力に支えられた俺のアドバンテージがどこまで通用するのか、自信が持てない。臆病な俺に、突然途方もないストレスがかかってきた。
何としても、相手の手の内を探り出さねば!
まずは、腹の探り合いだな。
『それは、CEOのグリーンさんも、承知していることだろうか?』
『いや。だが彼には利を説けば承諾させられる。むしろ喜んで受け容れるだろう』
『万が一、グリーンさんが否定的な態度を取ったら?』
『その場合には、誰かと交代して貰う。何、前にもあったことだ』
コーネリンの顔が蒼くなった。今ここで、必要ならナンバー・ワンの首をすげ替えると、ランドグレンが宣言したからだ。下手に巻き込まれたら、彼女の運命は燃えさかる炎に投げ込まれる乾燥した豆殻も同然だろう。
俺としては、二人がどんな態度に出ようと、ランドグレンとコーネリンのどちらも逃がすつもりは無かった。どうやって誘導すればいい?
『ハンス、君が彼と交代するつもりか?』
『できればそれは避けたい。株主たちも銀行団も、自分がCEOでは納得しない可能性がある』
『分かった、ではこの後食事しながら、その辺のことを詰めよう。できればグリーンさんが、納得してくれて、今の地位に留まってくれるのが望ましいんだが』
鈴佳には、二人をこっちの味方に付けるのに、ぜひ我が家に招待したいと言ってある。だがこの状況で、彼女に通り一遍以上のアシストを期待するのは無理だ。そもそも俺の抱いている危機感を共有していないからな。今まで鈴佳に対して取ってきた俺の中途半端な態度の、報いだな。
食前酒はご婦人たちにはシャンパンとオレンジジュースのカクテル、俺はランドグレンに合わせてスーズ・トニックだった。
この店は北海道産の食材を使った料理が売りだ。
前菜四品は、スモークしたサーモンと山菜のマリネ、トリュフを添えたシャコ・ボタン海老・北海シマ海老のサラダ、ペルノーソースで仕立てた穴子と蝦夷アワビのミルフィーユ、毛蟹・ポワロー・玉葱のムースに雲丹とキャビアを添えて、である。
グラン・クリュのシャブリで口を改め、主菜二品へ移る。
最初にサヴァイヨン・ソースをかけてオーブンで焼いたホタテ・アワビ・北寄貝。それから赤ワイン・ソースでグリルした蝦夷鹿のロースだ。鹿肉は丁寧に処理されたジビエで、肉の味がしっかりしている。
主菜の肉の前にブルゴーニュの赤ワインを出させた。ソムリエがテイスティングにとボトルを持ってきてくれたので、ラベルを確かめるふりをして瓶の口からカプセルを入れる。カプセルは一瞬で気化し、中のナノ・マシンたちは瓶底に沈んでいく。
ランドグレンとコーネリンがこのワインを飲んでくれさえすれば、第一段階突破だ。うん、俺が飲んだのを確かめてから、二人とも口をつけたな。
『それで、あなたのラボのお仲間は、どんな人たちなの?』
コーネリンが膝からナプキンを取り上げ、口を拭ってそう尋ねる。今夜の彼女は、黒地のシルクに粗く太い金糸が入った、膝丈より少し短いワンピースに、金のネックレス、ピアス、腕輪、アンクレットと金尽くし、爪先が露わになったピンヒールまで金だ。このスタイルは、貫禄が足りなくて鈴佳には無理だろう。
『宮村には連絡を取ったんだろう?』
『彼の名前が載ったあの論文はアウトラインに触れているだけで、中身は無いってうちのスタッフが言ってた。出来上がった成果物についての言及や数値はあっても、製造過程や原理についての説明はぼやかされている。電話越しでも、あいつと話してみて直ぐ分かった。宮村の名前が載っているのは、フェイクね』
『あの資料が、偽物だとでも?』
『現にサンプルが存在するのだから、そんなことは言わないわ。あれが量産化され、単価が下がれば、軌道エレベーターの建設だって十年以上早まるでしょう。ただ私は、宮村の名が見当違いさせるために使われている、と言っているの』
『なかなか鋭いな、ジェニファー。ではこうしよう。山奥のあばら屋だが、今週我が家へ招待することにしよう。ご希望であれば、こちらのスタッフにそこで引き合わせる、というのはどうだ?』
『招待?』
『ああ、ただ山奥の不便な場所だし、ゲストルームも一部屋しかないから、二人までだ』
『ベッド一つで寝ろと言うの?』
『いや、ベッドは二つ入っている。同室で良ければ二人だ』
赤ワインのボトルに投入されたナノ・マシンは、瓶の底で二つの群に別れ、瓶の中の液面に細かな泡のように浮かび上がる。そしてランドグレンとコーネリンに注がれるワインと一緒に、それぞれのグラスに流れ込んだ。
ナノ・マシンというのは、一個一個はそれ程複雑な機能を持っていない。だから多様な役割を分担した個体が統制のとれた群として投入され、初めて目的を果たすことができる存在なのだ。
今回投与したマシンがそろそろ効果を現せば、二人とも俺の示唆や提案を肯定的に受け止めるようになってくるはずである。コーネリンの顔が紅潮してきた。酔いが回る程の量は飲んではいないはずだ。
ランドグレンは変化が見られないが、抵抗しているのだろうか?
料理の方は、デザートになった。
まずハスカップの水信玄。こいつは餅と名前が付いているが、口に入れたら直ぐ無くなる。寒天・水・砂糖だけで作って、透明な中にハスカップの実が入っていた。次いで苺を添えた山栗のモンブラン。そして珈琲が出て終了だ。
『セキュリティのルールで、自分の移動には常にガードが付く』
ランドグレンがそう言った。俺は心的通話でどん亀に問い合わせる。
「店ノ中ニ一人、近クニ駐車シテイルりむじんノ中ニ二人イマス」
治安の良いこの日本の街中で、そこまでするのか。……護衛無しは無理のようだ。
『そのひとたちには、家の外にテントを張って野宿するか、納屋に寝て貰うしかないな』
『ふうむ、方法を考えるよ』
ランドグレンがそう言った。どうやら招待に応じてくれるようである。




