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◆50◆

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 トライデントのクーネリン女史からメールで連絡が入って、事前に一度顔合わせをしたいと申し入れてきた。どうやら君嶋の予想が当たったようだ。


 ディナー当日の昼前に電話してくるあたり、契約の話になる前に俺を牽制しておこうという腹づもりだろう。調査員の山城智音からは、邪魔が入って家の中の調査はできなかったことと住居の外観や環境について報告が届いているはずだ。


 それと俺の経歴などの情報に基づき、自分で直接当たりをつけ、可能ならば脅しておこうというのが、クーネリンの考えだと思う。まあ、パワープレイが当たり前の合衆国の企業だからな。


 相手に合わせる義理も無いので、ホテルのロビーで立ち話程度ならと返事をした。


 あちらの国のスタンダードに準拠すれば、俺は山奥のちっぽけなあばら家に住む貧乏人だ。学歴だってMITとハーバードの両方を卒業しているクーネリンとは比較にもならないし、仕事でこれと言った業績を上げている訳でもない。


 無い無い尽くしの俺を、彼女が甘く見てアプローチして来てくれれば、俺にとってはもっけの幸いという所だった。


 だが敵もさる者、『雌狐』なんて二つ名を頂戴しているだけあって用心深い。多分これは、軍隊で言えば小隊による威力偵察のつもりなんだろう。隙を見せれば直ぐさま噛みついてくるに違いない。


 そんなことを鈴佳に話して部屋から出た。


 ロビーで待っていると約束の五分前にベルボーイに案内され、彼女は現れた。黒地に濃い青の糸が粗く入ったツイードのジャケットに黒い膝丈のスカートという姿でトートバッグを携えている。なんかプラダ揃えっぽいな。


 長袖のジャケットの左腕を上げ、時間を確かめた。あ、時計はゴールドなのね。


 最近、知らない内にブランドとかファッションが気になるようになったと思ったら、どん亀が圧縮してパケットにしたデータを送りつけ、俺の中のアプリが勝手に解凍していたらしい。どん亀にかかっては、服飾品から相手の能力を見定めることも、戦闘機能の一部ということだ。


『こんにちは、クーネリンさんですね。私が岡田英次です。あなたの会社にあのサンプルを送ったグループの代表です(Hello! Nice to meet you. I think you are Ms. Connellin. I’m Eiji Okada. I am a representative of the group that sent the sample to your company.)』


 俺が立ち上がって近づくと、相手はぐるっと方向転換し身体をこっちに向けた。うーん、骨張った膝頭が突き出すようにスカートから姿を現し、何だか攻撃されてるみたいだ。ジャケットの袖は長く、膝から下の脚以外は露出が少ない。


『私の名前は「コーネリン」です。ジェニファと呼んで下さい(My name is "Connellin". Call me Jennifer.)』


 どうやらアイルランド式の「クーネリン」ではなく、合衆国式に「コーネリン」と呼ぶらしい。安西のやつ、会ったことがあるなら教えてくれてもいいのに。わざとだな!


 どん亀の翻訳アプリのお陰で、俺の言葉も通じている模様だ。俺自身は日本語喋っているつもりなんだけどね。これ、ニュアンスとか大丈夫なのか?


『分かった。俺は英次で。それから、こっちが俺のパートナーの鈴佳だ』


 「俺」とか、どう訳してるんだろう? 鈴佳があわてて前に出て、頭をペコンと下げる。コーネリンと十二センチも身長差があるから、その身振りで余計子どもっぽく見えた。


 それでも肩先まで隠れる黒のプルオーバーとゼブラプリントのロングフレアスカートに低いけどヒールのあるパンプスで、女らしくはなっているはずだ。あ、駄目か? コーネリンが鼻先で笑った。


『初めまして、鈴佳です。彼の秘書をしています』


 おや、発音はまあまあかな?


秘書セクレタリー?』


下働き(アシスタント)だ』


 俺は鈴佳の言葉を訂正した。本当は「サーバント」だけど。


『で、コーネリンさん、わざわざ来たのは、今夜の打ち合わせか?』


 『そうね』と、太い眉の下の灰色の瞳が、俺を試すように見る。削げた頬の表情は、あんまり好意的ではないな。言葉が通じるかどうか、確認しに来ただけか?


『実は今夜は、私の上役が同席することになったの。突然のことで私も予想外だったのだけれど、一応あなたの承諾を貰おうと思ってね』


『上役と言うと?』


『ルドルフ・ランドグレン。うちのCOOよ。これは凄いことなの。普通、彼が直接出向くなんて無いわ。今回の投資話に相当乗り気だということよ』


『COOって言うと、トライデントの組織で言うとCEOの次のポスト、つまり君の上の上の上ってことか』


 CEOが社長ならCOOは副社長あたりだ。財務以外の全てを統括する総責任者のはずである。会長職が置かれていなければ、ナンバー・ツーということになる。


『どういう人物なんだ?』


『そうね‥‥』と、少し考えた後、唇をほころばせたコーネリンが、『ちょっと迫力のある男ね。あなたがビビらなければいいけど。今回のプロジェクトの成功は、私の実績にも関わって来ることだし』


 どん亀からデータ・パケットが届いて、俺の中で展開された。「チン」という音が聞こえてきそうである。


 ハンス・ルドルフ・ランドグレン、五十二歳。トライトン・マテリアル・インダストリィのCOO。身長一九八センチ、体重一〇九キロ。スウェーデン王立工科大学卒、シドニー大学で学んだ後、MITで物理化学数学の修士号を得る。空手四段。


 添付された映像資料を確認する。太い腕、逞しい肩、背が高いヘビー級ボクサーか剣闘士のような、凄みのある身体付き。角張った顎、金壺眼、暗緑色の瞳、頑丈そうな額。


 うーん、これは熊と、どっちが怖いかな?


『親しいのか?』


『まさか! 雲の上の人よ!』


『そんな、偉い人と食事するんですか?』


 俺の目配せで鈴佳が恐る恐る聞くと、コーネリンがその顔を嬉しそうに見て答える。


『大丈夫。仕事に関わらない女性には優しいから』


 あ、鈴佳は完全に戦力外判定(みそっかすあつかい)された。無理もないけど。


 コーネリンが鈴佳に気を逸らされた一瞬の間に、俺は彼女が下げたトートバッグの中に、小さなカプセルを放り込む。


 そのカプセルは数秒で気化する。中から跳び出したマイクロ・マシンのコマンドたちは散開し、バッグの内張のあちこちにある隙間に身を潜めた。


 もしバッグを開けて上からその様子を見ている人間がいたとしても、細かい糸埃か何かが飛び散ったようにしか見えなかったろう。


 鈴佳、ナイス・ジョブ!


 ついに、ロック・ボールに追い付かれました!

 それと体調不良により、次回から更新ペースを二日に一回にさせて頂く予定です。

 回復しましたら、また頑張りますので、お見捨て無きようお願いいたします。

  2020.05.23. 野乃

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― 新着の感想 ―
[良い点]  この時期に体調不良はヒヤッとします……。持病があって体温をよく計るんですが、37℃近くになるとビビります。  早く体調が戻りますように。
[一言] ご自愛くだせぇ。
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