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日曜日は比較的のんびり、と言っても鈴佳はエステとマナーのトレーナーの所へ行き、俺はトライデントとの交渉に備え資料検討をしながら、過ごした。
昼は俺はホテルの部屋でルームサービスの軽食、鈴佳は君嶋及びマナー・トレーナーとランチだ。君嶋にはトライデントと話し合いを持つことと、俺たちの表面上の立ち位置を伝えてあるので、鈴佳にいろいろアドバイスしてくれるだろう。
後で鈴佳に見せる資料を画面上でチェックしながら、どん亀から俺の頭の中にアップロードされた知識と比較し見直す。
現在、単層カーボン・ナノ・チューブの生産では、日本は世界のトップランナーだ。米国や中国でもベンチャーが乱立し、大型投資で研究開発を進めているが、未だに一歩のリードを保っている。それは昨晩俺が会った宮村を初めとする日本の研究者たちの、今までの努力と研鑽の成果だと言えた。
経産省とその下部組織である技術開発機構の支援投資により実証プラントで積み上げたデータを基に、研究時のパートナーであった日本の企業が量産工場を稼働させ、トン単位の製品が市場に供給され始めていた。ただ長さは最も長尺な物で数ミリ位まで、また高純度になるとグラム当りの単価が数十万円から数百万円にもなる。
つまり買い手がいさえすれば現在流通している製品でも、重量当たりの価値は俺が売りまくった黄金以上という商品なのだ。
またカーボン・ナノ・チューブは、その曲面を構成する六角格子構造の配列により、金属型と半導体型の違う特性を示すことから、印刷による電子部品の構成から電源供給用の高圧電線まで多様な用途が模索されている。
要するに今後巨万の富を生み出すであろう夢の工業製品であり、高度な産業の基礎素材として戦略物資ともなる存在でもあるのだ。
俺が(正確にはどん亀がだ)トライデントに提供したサンプルには、長さが数十センチにも及ぶ超長尺で、純度が九九・九九パーセントの、しかもカイラル指数(六角格子構造の配列を決定する指数だ)が揃った、それぞれ五グラムずつの単層カーボン・ナノ・チューブを入れたガラス容器が含まれていた。
これの意味する内容はこうだ。実験室レベルであろうと、現在世界最長尺の単層カーボン・ナノ・チューブ(多分数センチ程度で達成純度はせいぜい数パーセント。あんざい新素材研究所が実現している)よりも十倍以上長尺で、しかもそれを高度に分散分離し、超高純度で選別採取して提供できる技術が存在する。しかもサンプルの分析結果からは、欠陥成分をほぼ完全に除去できるか、あるいはそもそも最初から生じさせていないかの、いずれかであると考えられる。
このような成果物を供給できるラボの知見と技術開発力を活用し、大規模な資源の投資を行えば、革新的な効果をもたらす多くの要素技術を開発し、第三者の侵入を防御できる膨大な知財網を構築することができるはずだ。
勿論、実験室で開発された技術を工業化することは、製造に当たってのプロセスと技術要素が異なる上に、過程の一つのステップでも開発に行き詰まれば量産化は失敗するという、ハイリスク・ハイリターンの側面を抱える。
ただ、その部分は実験室段階の基礎研究が高いレベルに達していることから見て、人的資源の投資と資金及び時間をかけることで、間違いなく解決できる問題だ。
トライデントの技術者はそう評価したはずだ。
実際には、トライデントに提示した成果物を生み出した手法は、どん亀にとって何百世代も前の、非効率なために廃れた技術だ。しかも製造過程で無重力と超真空を必要とするプロセスを含んでいた。つまり今のところ、その技術を使って工業的に安定して生産できるのは、どん亀だけということである。
無論、人類が持つ現在の宇宙技術を使えば、必要な無重力や超真空という環境を用意することは不可能ではないだろう。ただ、何百トンものペイロードを十分な高度まで打ち上げ、その環境で製造システムを運用した後、成果物を回収するまでのトータル・コストを考えると、とても現実的ではない。
どん亀の計画では、開発する製品の方向性をこちら側のリードで決定した後、かなり多くの区画に切り分けた技術知見を、段階的に伝達することになっていた。この初期の導入段階の内にトライデントの経営陣と技術研究スタッフを掌握し、傀儡化する予定である。
無重力と真空を必要とするプロセスについては、実験段階ではブラックボックス化し、工業化段階ではダミー会社から成果物を供給する形をとる。最終的にはトライデント一社だけではなく、この業界全体の首根っこを押さえるのが、この作戦での到達目標だった。
「これだけ見れば、これから産業の基礎資源になるカーボン素材の供給源を独占支配して、莫大な利益を上げることが、お前の目標だと思い込んじゃうよな、どん亀」
俺はスマホもタブレットも放りだして、そう呟いた。
「アナガチソレモ、間違イデハアリマセン」
心的通話でどん亀が応える。
「本当はあの安西の研究を潰したいんだろう。カーボン・ナノ素材の多様な活用法、特に『制御された構造を持つ』成果物のもたらす方向性を」
「例エバ、ばっくみんすたー・ふらーれんトカばっきー・ぼーるトカ呼バレルC60ふらーれんハ、なの・ましんノ可動部ノ基礎部品トシテ重要デス。安西ノ研究ガ、ソノ方向ニ進メバ、イツカハ人類モ自前ノなの・ましんヲ開発スルデショウ」
「トライデントがお前の提供する成果物を利用して成功すれば、世界中の企業や研究者がそれに追従して利益や学術的な実績を得ようとする。つまりお前は、安易に得られる利益で人類の欲を満たし、お前の望まない方向に資本や人的資源が投入されることを妨げようとしてる訳か……、何故だ?」
そう言えば地球の歴史でも、南の島を植民地化し、例えばサトウキビのような単一作物だけ栽培させるプランテーションとかいう手法があったな。ひょっとして、あれなのか?
いや、それで何の利益をどん亀が得られる? 何しろ『我々』は千年の時の向こう側にいる。まさか、どん亀の『個人的』理由とか利益とかだとでも言うのか?
面倒になった俺は、そこまでで考えるのを『一時停止』した。要するに棚に上げたのだ。中途半端な俺の頭脳には、ちょっと負荷がかかりすぎだ。
「ますたーガ未ダ気付イテイナイ資産ヲ地球人類ハ持ッテイマス。『我々』ノ代理人トシテソレヲ理解スルコトガ、マズ必要デス」
「いや、気付けって言うならその前に教えろよ!」
「月ヲ指サス指ノ先ヲ視ルノデハナク、ソノ前方ニアル輝キヲ探シテクダサイ」
「考えるのはやめて、感じろってか!」
ますます俺には無理だ。俺は安西やその研究所にいるような、優秀な人間じゃあない。いや、あの宮村だって過去にはこの国のカーボン・ナノ素材分野の発展をリードし、現在の位置にまで育て上げた輝かしい実績を持っているのだ。俺の何倍もの努力と持って生まれた才能の両方が無くては、達成できなかったろう。
それに比べたら、俺は凡庸以下。偶然山の中にいて、どん亀に拾われた存在だ。俺でなくてはならないという理由がない。何故俺なんだ!
「ますたート他ノ人間トノ間ニハ、越エラレナイ差ナドアリマセン」
「つまり誰でも良かったのか? 例えば鈴佳でも?」
どん亀からの返事は無かった。それは肯定ってことじゃないだろうか?
Don't think! Feel. (Feeelって聞こえる)
It is like a finger pointing away to the moon.
Don't concentrate on the finger, or you will miss all of that heavenly glory.




