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◆39◆

 銀座にある老舗の真珠屋で、鈴佳のピアスとネックレスを買った。オーソドックスな八ミリパールのネックレスと単球のシンプルなピアス。それに君嶋の見立てで、卵形の鈴佳の顔に合うという、滴型ティアドロップデザインの真珠のペンダントだ。全部で百万ほどだった。


 次に君嶋は、俺たちを青山の裏道にあるショップに連れて行った。ショーウインドウなど無い、外見は住宅を何かの営業所にリフォームしたような場所だ。話によると、女性のブランド物を原価(?)で入手できる、君嶋たちのようなコーディネーター御用達の店だそうだ。


 一時間ほどかけて、プラダの黒い膝丈パーティ・ドレスと同じ黒のフレア・ワンピースを選んだ。二着になったのは夜昼対応ということで、明るい内に会う可能性を指摘されたからだ。


 それから腕がさみしいからと言われ、シャネルのレディース・ウォッチを見せられた。アナログで文字盤にダイヤが使われているのに、バンドとシェルがセラミックのやつだ。新品だと普通五十万以上するらしい。


 これと二着の服に合わせたヒール付きのパンプス二足とクラッチ・バッグ二つで百万は「非常にリーズナブル」だそうだが、君嶋へのバック・マージンも含まれているのは間違いない。あ、靴屋は表通りの、別の店だった。


 何にしろ、君嶋があちこちのこういう店に顔なのは、直ぐに分かった。それから奴のオネエ言葉は、一種の業界アイテムらしい。場面によって使い分けているそうで、そっちの趣味は無いそうだ。


 鈴佳をエステとヘア・カットの店に投げ込んだ後、俺の服と靴をそろえに出かけた。本当は俺にもエステとカットが必要だと言われたが、どうせ鈴佳が明日もエステに行くので、後回しにして貰った。


 ジャケットとドレスシャツにスラックス、そして靴と小物だ。


 灰のチェック柄ジャケット、ネイビーのスラックス、ボルドーのジレ、ワイドカラーのドビー・シャツにダーク・ブラウンの革靴。あとはタイと靴下などで、都心のショップで売っている既製品ばかりだ。


 俺の腕時計は、国産C社のフラッグシップ・モデルの模造品コピーを、どん亀がさらに鬼改造した物があるので、買わなかった。模造したのは無論どん亀だ。


 五時間ばかり経って鈴佳を迎えに行くと、何だかもみくちゃにされたと言うことで、ボヤーッとしていた。高校卒業して一年の『農家の嫁』が、フルコースのエステに放り込まれたら、そんなもんだろ。


 夕方になってやっと、ホテルにチェックインだ。タクシーを降りて君嶋に「今日の分」って、現金二百万を渡す。


「まいど」って言って、ニヤッと笑いやがった。領収書よこせよ!


 エステとかの代金は先払いで、今渡した金に含まれている。まあ、リーズナブルと言われれば、そうかな? 俺が自分でなんやかんやを手配したら、手間が大変ばかりでなく、支払額もこんなものではないだろう。そう言う意味ではプロに任せるのが正解だ。


 だいたい俺、女の服とか靴とか分かるわけないし。



 鈴佳を連れて部屋に入ったら、ベッドにそのままダイブだった。疲れて動く気になれないと言うので、ルーム・サービスでコース料理を注文した。ホテルのレストランから、ワゴンで運んでくれる。


 懲りもしない鈴佳は、ワインを希望するが却下だ。ノンアルコールのシードルにした。


 食事をしたら元気になった鈴佳が風呂に入っている間、俺は持ってきたタブレットを取り出し、ホテルの無線LANに接続した。


 今回会わなければならない相手の情報を、どん亀から送って貰う。俺だけなら心的通話で十分だが、鈴佳にも見せる必要があった。


 鈴佳にはどん亀について教えてないから、こういうことでは面倒だ。どん亀から情報を送りつけることは可能なんだが、突然わけの分からない知識を脳内に解凍・展開されたら、パニックを起こしかねない。


 一応まだ、俺が宇宙人の手先だと言うことは、秘密だ。



 今回の交渉相手はジェニファー・リン・クーネリン、合衆国ステイツのトライトン・マテリアル・インダストリィという、宇宙関連の素材を開発している企業のシニア・マネージャーだ。ポートレートの写真を見る。三十八歳、黒髪痩せ形、頬が削げて鋭い感じの眼をした、アイルランドとユダヤ系の血を統く女である。


 この年齢で、女で、部長職か! 外資では当たり前なんだろうが、それでもやり手なんだろうな。トライトンはその分野でかなりのシェアを持つ、大企業だ。


 週明けの月曜に顔を合わせる予定だが、相手はどの程度こちらを調べてくるだろうか?


 そんなことを考え、次のファイルを開こうとしていたら、鈴佳が浴室から出てきた。タオルを身体と頭に巻き、鼻歌を歌っている。パールとか服とかを買って貰い、エステにも行かせて貰ったことが嬉しかったようだ。こういう物欲に直結したところは分かり易い。


「ねえねえ、見て! 脱毛バッチリだよ!」


 バッとタオルを開いて見せやがった。はいはい、眼福眼福。


「んで? 誘惑してるつもりか?」


「えへ、するぅ?」


 どう考えても、この状態の鈴佳こいつに来週会う相手の事前説明を始めても、耳に入りそうもない。


 まあ、若いし、なんとこいつは女子校に通っていて、耳情報はインプットされていても男女交際の経験がほとんど無いらしい。コンビニバイトを始めた頃、それらしい相手ができたと報告した途端、母親に仕事バイトを禁止されたとのことだ。


 どんだけ箱入り娘なんだよ!


 で、一度経験したら歯止めが……まあ、俺もこの年齢の頃は……盛りが付いた何とかみたいなものか。こんな眼でこいつを見るなんて、俺もアラサーのオジサンなんだなぁ。


 そもそもこれは、どん亀が鈴佳こいつの頭の中をいじったことに原因がある。そう言う意味では、俺には責任が無い。断固として、無い!


 これで相手をしてやらないと、この後こいつはいじけるかふて腐れるか、いずれにしろ機嫌が悪くなって、使い物にならなくなる。そうなってしまってから、機嫌を取って平常運転に戻すのは、大変な手間がかかるんだ。


 結局、このオジサンはブリーフィングを放棄し、鈴佳の相手をすることになった。まあ、あと三日もあるしね。



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