◆34◆
次の日、俺は熊肉でカレーを作った。
熊肉は余分な脂を削ってから三センチ角に切り、長ネギやショウガ、野菜の皮なんかと一緒に二十分くらい下茹でする。ザルにあけ野菜を捨てて、肉をしっかり水洗い。圧力鍋に入れるがまだ蓋をしない。
赤の調理用ワインをドバドバ投入。水も同じくらい入れる。蓋を開けたまま中火で。沸騰してきたら、月桂樹の葉、ニンニク、赤唐辛子を適量入れ、アクを取りながら一時間煮る。
その間に、玉葱を好きなだけ沢山微塵切りして中華鍋に入れ、無塩バターで色が付くまで炒める。多分、だいたい十分間くらいかかる。
炒めた玉葱をボウルに取りのけて、黒コショウ、ナツメッグ、コリアンダー、クミンシードを中華鍋に投入、無塩バターで炒める。中火だと三分もすれば、香りが立ってくる。
飴色に炒めた玉葱を中華鍋に戻し、さらに炒めながらスパイスと混ぜる。よく混ざったら、それを熊肉を煮ている圧力鍋に入れる。まだ蓋はしない。
空いた中華鍋で、今度は細かく切ったトマトを炒める。中火。煮立って三分ぐらいしたら、これも熊肉の鍋に。さらにターメリックとチリペッパーを加える。
一煮立ちしたら市販のカレールーを投入。いよいよ圧力鍋の蓋をしてロック。強火で加熱。
圧力が掛かったら(家の鍋は赤いマーカーがニュッと出る)、弱火で二分加圧。火を消して、約三十分放置。
蓋を開け、かき混ぜながら中火。グツグツいいだしたら火を消し、中身を別の鍋に移す。
野生の獲物はもっとアク取りを繰り返した方が良いと考える料理人もいそうだが、カレーだし、かなり新鮮な肉だし、処理も良いんだしということで、家の場合はこれでオーケーだ。
実際、臭みは特に感じなかった。圧力鍋のおかげで、柔らかに煮込まれているって感じなのに、飼育した家畜とはまた違う噛み応えというか、肉の味わいがあった。
例によって鈴佳は、お代わりもしてバクバク食べる。本人に言わせれば、「働いてるからお腹が空くのは当たり前」なのだそうだ。
で、調理の後片付けをする時、俺はうっかり調理用ワインをしまい忘れた。なにしろ三リットルも入る紙箱(ポリ製のパックが内蔵されている)のワインだ。いくら鍋にドバドバ注いだとは言え、まだ半分以上は残っている。
めざとくそれを見つけた鈴佳は、そのワインの盗み飲みを始めた。俺に隠れてのつもりなら一杯で止めておけば良いのに、鈴佳は予想通り、飲み出したら止まらないタイプの女らしかった。
ほんの一時間もしないうちに、ベロンベロンに出来上がった鈴佳は、食卓にうつ伏せになりそうになりながら、管を巻いていた。
「はー、あんたがご主人様だってぇ? ちゃんちゃらおかしいわよ。もー、訴えてやるんだから。み、未成年者略取誘拐よ。警察に百十番すれば、一発よ。ろーやに、ぶち込んで貰うんだから。な・に・が、ご主人様よ。ヘソが茶をわ・か・す・わ! へ、へへへ、へってなもんよ。どーなの、ご、ご主人様、あ?」
何か、若い娘の台詞とは思えないな。誰の影響なんだろう? 中年過ぎ、というか昭和のサラリーマンが、場末の酒場で酔っ払ってるみたいだぞ。
完全に酩酊しているのを確認した俺は、鈴佳にそっと近寄り、その前のコップに半分残っているワインに、小さな錠剤を落とし込んだ。
「鈴佳、お前、何飲んでるんだ?」
「えへ、何にも飲んでなんか、いま、いませんよ」
「それ、何杯目だ?」
「は、は、……さぁて、何杯目でしょう? ふ、ふ、ふ、ふ、あててみたらぁ」
「その辺で止めとけ。そのグラスをよこせ」
「やーだ。取り上げられるものなら、取り上げてみーたら、ご・しゅ・じ・ん・さまー」
そう叫ぶと鈴佳はコップを掲げてみせ、残ったワインを一気に飲み干してしまう。あーあ、分かりやすい女だ。
完全に意識を失っている鈴佳を、俺は抱き上げた。こいつ重い!
「意識ヲ失ッテイル人間ハ重イモノデス」
いや、絶対こいつ食い過ぎだと思うんだが。
「手助ケガ必要デスカ?」
「最近鍛えてるから大丈夫だ」
「ヤセ我慢シナイデイイデスヨ」
俺は意地を張り、お姫様だっこで鈴佳を書斎兼俺の寝室に運び込んだ。ベッドに下ろして、ウォークイン・クローゼットの扉を開け、掛かっているジャケット類などをずらす。
もう一度抱き上げても、鈴佳はウーンと唸るだけだ。こいつ、酒くせー。どんだけ飲んだんだ? そんなにストレス溜まってたんだろうか?
クローゼットの中に踏み込むと床の一画がズレて、秘密の階段が姿を現す。地下一階に降り、照明に照らし出された小部屋を見廻した。これだけだと『地下の秘密の小部屋』でしかないんだけど……。
降りてきた階段が天井に収納された。今度は壁の一つがスライドし開く。そこから、さらに下に降りる螺旋階段だ。鈴佳を抱いて降りると横の手すりに頭をぶつけそうなので、肩に担ぎ直す。
下まで降りると高いアーチ型の天井に照明が灯され、見えるのは空調された広い空間だった。
奥の方にはパネルで組み立てたサーバールームや金庫室などがあるが、俺は出口側のスペースに置かれた作業台(?)に鈴佳を横たえる。完全にホラー映画の『掠われた美女』のノリだな。俺、ベラ・ルゴシか?
多関節の脚が付いた移動式の台座に載って大小六本の多関節腕と半球状の頭部を具えたボットが、音も無く近寄ってくる。うーっ、昆虫っぽい動きだな。不気味! わざとこのデザインか、どん亀?
半球形の頭部は大小のレンズだらけで、昆虫の複眼を思わせる。フレキシブルな支持架が屈曲し、のぞき込むようにボットは頭部を傾けた。アームが伸びる。
ここでB級映画なら、確実に鈴佳は着衣を剥ぎ取られる場面だが、ボットがアクセスしたのは鈴佳の頭部の方であった。
<<ご注意>> ◆34◆の文中で主人公の『俺』がカレーを作る際、「市販のカレールーを投入」した後、「圧力鍋の蓋をしてロック。強火で加熱」しておりますが、これは単に主人公が『カレールーを入れてから圧力を掛けて煮た方が味が染みこむ』という、多分間違った認識に基づいてやっている、大変危険性の高い行為です。
感想でご指摘頂きました通り、このようなやり方をすると、「ルーは粘度が高いため鍋のノズルが詰まってしまい爆発する恐れがあります」ので、よい子は絶対に真似しないで下さい。
正しい手順は「カレールーは、加圧後、ふたを外して最後に入れる」です。
2020.05.21. 12:25
後書きに<<ご注意>>を追加させて頂きました。 野乃




