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◆30◆

「しっかり掴まってろ!」


 スポーツ・タイプというコンセプトで売られているけど、法規制の関係で俺の車の安全ベルトは普通の三点だ。シートも見掛けは初期装備の純正品である。こいつはサイドの張り出しが大きく、下半身までフィットしてサポートという感じではあるが、軽自動車の室内サイズに納めるためか若干窮屈なのが難点だった。


 それで俺はどん亀に改造をたのむ時、素材を変えることで座面を数センチ下げ、ついでに緊急時は牽引ビームで身体を固定するようにしてくれとお願いした。どん亀は、「デハ超小型ノ慣性中和装置モ付ケマショウ。コレデ百G位マデハ余裕デス」と、世話焼きの親戚みたいな口調で引き受けてくれた。


 ただしこれらの『特別装備』は、搭乗者に危険が及ばない範囲の急加速急減速では稼働しない。だから、タイトなコーナーに後輪の片方が浮き気味に入って出ようと(イン・アンド・アウト)する時などは、助手席の鈴佳は座面の端に片手を掛け、あるいは足を突っぱって身体を背もたれに押しつけていた。


 一般道から外れた俺の車は急ブレーキで減速し、時速三〇キロぐらいで高速インターのETCレーンを抜ける。そしてその後から、赤いスポーツカーが、バーを撥ね除けて通過した。もっと車を大切にしろよと言いたい。


 いくら高トルクとは言え、所詮六百六十の排気量しか無い軽である。改造前の俺の車は、百キロを超えようとしたらアクセルをベタ踏みしなければならなかった。だから高速の直線に入った時点で、軽が相手なら余裕で追いつけるはずと男たちが考えたのは当然だ。


 だが煽りを掛けようとして追いすがっても、なぜか前を走る車の姿は小さいままだ。焦ってシフトをミスし、コースがぶれる。更にペダルを踏み、時速百四十キロ、百五十キロ、百六十キロと加速するが、まだ追いつかない。軽のリミッターは時速百四十キロに設定じゃあ無いのか? とか、考えてるんじゃないか? いや、その冷静さは無いか!


 あくまで『自主的な取り組み』ではあるが、日本メーカーが製造する車は、普通車が時速百八十キロ、軽自動車時速百四十キロのスピードリミッターが、パワートレインの制御に組み込まれていた。(もっとも、GPS位置情報を基にサーキットでの走行でリミッターを解除する機能を、スポーツカーの一部に与えているメーカーも存在するという)


 それを考えると百七十キロを超える時速を余裕でたたき出し、前方をかっ飛んでいく軽は、異常だった。整備がよろしくないせいで、もう青息吐息のスポーツクーペを運転している男の心には、怯えが忍び込んでいるのだろう。車間距離の取り方に、ブレが見える。


「な、何、これ! スピード、出し過ぎじゃない!」


 俺の車のメーターパネル、回転計、速度計、それ以外と、三つの丸が並んだデザインの計器の中央の針は、時速百四十キロで振り切れている。


 鈴佳のいる助手席からは、右側の丸の中にはめ込まれたデジタル表示の『百七十八』の数字は見えないだろう。


 だが前方からの視野が狭まるほどの速度に、最初は面白がっていた鈴佳の顔も、引き攣りっぱなしだ。


「後ろの奴ら、意地になっていてきているぞ」


「だからって! 危ないから!」


 鈴佳の心臓がバクバクいっているのが聞こえそうだ。魔改造された俺の軽は、この速度でも少しのブレも無く、軽快なエンジン音が聞こえるだけなんだが。この足回り、凄いな!


「お前が、あいつらに甘い顔をするからだぞ」


 本当は、俺も最初から面白がっていたんだけどね。ここは鈴佳を責めておこう。


「そんな! ……ごめんなさい、もうしないから!」


「反省したか? じゃあ、仕上げだ」


 おれはアクセルをちょっと緩めた。こっちの減速で、いきなり俺の車に迫ってしまった後続車の男は、あわててブレーキを踏む。この速度での接触事故は、致命的な結果しか思い浮かばない。


 瀬戸際の数秒間。


 何とかコントロールを取り戻した運転席の男が、カッとなって追いすがって来る。時速百八十キロギリギリだ!


 俺がほんの僅かステアリングを切って、ペダルを操作する。俺の軽はミズスマシみたいに斜めにスーッと、追い越し車線にズレた。そして超加速! 文字通りぶっ飛んで、()()()()()()()前へ進む。


 その時俺の軽の前にいた車にも、俺が追い抜いたのは認識できなかったろう。ドライブレコーダー? うん、ちょっと干渉こざいくさせて貰った。


 その直後、あの馬鹿野郎二人の乗った赤いスポーツカーは、さっき前方を走っていて俺に追い越された灰色の面パトの後部ケツに、時速百八十キロで突っ込んだ。


 悲惨な事故を超高空から見下ろしていたどん亀から知らされた俺は、気の毒な交通機動隊員が無事であるようにと、心から願ったよ。うん、お巡りさんには別に恨みなんて無いもんね。職務を忠実に果たしていたのに、災難だったね。


 覆面パトカーは、時速百キロぐらいで巡行していたらしいから、速度差は八十キロか。赤い車の二人は、まず助からんだろう。


 そんなことを知らない鈴佳は、俺が速度を落として時速九十キロくらいにすると、ホッとした顔になった。


「もう終わった? 怖かった-。それにしても最後のあれ、凄かったね」


 五秒くらいで千メートル進んだから、時速七百二十キロメートル。第二次世界大戦のプロペラ機であれば余裕で勝てるね。敵わないのは、ナチス・ドイツのフォッケウルフTa一五二か、アメリカのP五一Dマスタングぐらいか? 


 それに戦闘機は、高速道路を走ったわけじゃないし。急加速時の衝撃波の問題とか、どん亀がどう対処したのか、俺にも分からん。『超小型ノ慣性中和装置』とかだけでは、無理だな。


 すでにケラケラ笑っている鈴佳を見て、「心臓にまで毛が生えてる?」と、ちょっと怖くなったのは秘密だ。こいつ切り替え早過ぎ!


 多分、あの面パトには後方カメラの付いたドライブレコーダーが、間違いなく装備されていた。事故後の調査で解析されたら、事故直前の記録に画像の乱れが見つかるだろう。不審がられても証拠は無い。どん亀が事前に面パトが先行しているのを見つけ、道路上のカメラが無い区間を選んでくれたからだ。


 うん、不幸な事故だ。暴走した二人は薬物でもやっていたんじゃなかろうか?


 俺は高速から下り、チンタラと運転して、家へ向かった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 心理学的には ケラケラ笑っているのは 不安な気持ちから思考を遠ざける為…
[一言] 人を殺しても何とも思わない… 順調に改造されてますね
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