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当家の番犬であるドーベルマンは、普段ほとんど吠えないよう訓練されている、という設定だ。何しろ本当の犬ではなく、ボット・ドッグなので、特殊設定山盛りである。
被毛が短くて硬いことからも分かるように、本来ドーベルマンは屋外飼育には向かない犬種である。温度や湿度の影響を受けやすく、屋内で人間と同様な環境で生活させるのが望ましいのだ。
また大型犬の常として、毎日一・二時間の散歩など、運動時間を確保してやらないと体調不良を起こしがちである。ただ牧羊犬とは違い、長時間走らせる必要はないらしい。
当然これらのことは『本物の』ドーベルマンについての話であって、ボット・ドッグにはそんな制約は無い。
ただしドーベルマンは、ほとんどの自治体で『特定危険犬種』に指定されていて、檻の中で飼育することが義務づけられており、また特定犬を飼育していることを示す表示を、飼育場所周辺の見やすい箇所に掲示しなければならない。
つまり、いくら他人がめったに近づかない広い私有地だと言っても、放し飼いなどは認められない犬種なのだ。こいつは鑑札の問題とも絡んで、都合の悪い問題である。
「だって護衛犬として役立てるのに、吠えさせない、放し飼いにしないって、何の縛りだよ!」
「コノ国デハ、見張リ犬ハ認メラレテイテモ、攻撃犬ハ駄目ナノデスネ。一番近イノハ警察犬デショウガ、ソレモ『急所』ヘノ噛ミツキハ許サレテイマセン。ソモソモ国民ガ武装スルコトヲ認メテイナイノデスカラ、飼イ犬ヲ武器トスルコトヲ許容デキルハズガアリマセン」
朝、寝ぼけ眼で起きてきた鈴佳は、いきなり「これからお世話になります」と言って、ペコリと頭を下げた。
「本当に覚悟がついたのか?」
俺がそう尋ねても、覇気の無い表情で頷くだけだ。
「家族に紹介しておこう」
そう言ってハテナ・マークを浮かべている彼女を倉庫の裏に連れて行くと、驚きで口がOの字になった。
ケージの鍵を開けて、尻込みしている鈴佳を引っ張り込む。
「来い!」と命じると、六頭のドーベルマンが走り寄って来てじゃれようとする。
「止まれ!」で急ブレーキ、「座れ!」で腰を落とす。
俺だって少し前にどん亀に紹介された犬たち(?)だ。正直ボットだと知っていなければ、こんなに落ち着いて接していられない。ちなみに命令語は、心的通話で教えられた台本そのままだ。
「ゆっくりしゃがんで、俺の横の位置まで近づけ。後ろを向いて逃げ出したら、ケツを囓られるぞ! 俺の側で大人しくしてれば大丈夫だ」
「ホントに噛みつかない?」
「ああ、だから落ち着け」
中腰で俺の横まで来た鈴佳に、ドーベルマンたちが低いうなり声を上げる。思わず立ち上がろうとする彼女の頭を、上から押さえつけてしゃがませた。
「間違えるなよ、こいつらの主人は俺だけだ。一応お前を襲わないように言うが、お前の順位は一番下だ。おかしなことをしたら、どっちが上か思い知らせるのに、こいつらが黙っていない」
「あたし人間なのに、ドーベルマン以下だってこと!」
「お前、犬を飼ったことないだろう。犬ってのは、そんなもんだ」
絶句している鈴佳の頭をもう一度押さえ、「友達」「友達」と犬たち一匹ずつに紹介した。
ケージを出てから、もう一度釘を刺す。家のドーベルマンは。いわゆるペットとは違うこと。勝手に餌をやろうとしたり、ケージに入って触ろうとしたりしない。視線を合わせたり、大声で脅かしたりすると、敵対したと誤認するから気を付ける。特に、俺を攻撃したとみなされると、六頭の群れ全体の攻撃対象になってしまうので絶対に避けること、などである。
これで鈴佳の選択肢を、一つ潰した。少なくとも犬(本当はボット・ドッグ)の目のある範囲で、彼女が俺を襲ってくることは無くなるだろう。
えっ、二十歳にもならない小娘一人に、何をビビってるんだって? 俺は人間が、特に女が、怖いんだよ。悪いか!
朝食は厚さ一センチに切ったベーコンをフライパンで温め、目玉焼きに添える。あとは塩味に茹でた絹さやを大皿に山盛り。それに厚切りのフランスパンをトースターで焼いて、ガーリックバターを塗った。飲み物は薄いコーヒーで、これは味より香り優先である。ただのお湯、ではないという程度ね。
もう一度鈴佳の意思確認をして、ここに住むつもりならということで、荷物整理をさせた。
彼女にあてがった部屋について、「ここは元々お前が住むはずの場所だった」と、教えてやるか迷ったが、結局やめておいた。いつか別の機会にしよう。
犬型の警備用ボットは発注(?)から一晩で納品されたが、人型のボットはそういかない。理由は他人の表情や身振りに、人間の感性が非常に敏感だという点にある。多分種としての進化の過程に原因があると思われるが、バーチャル環境で作られた動的モックアップを見せられた俺は、いつまでたっても承認を出すことができなかった。
「ムムム、普通ノ人間ニ見セカケルノガ、コレホドノりそーすヲ投入シテモ実現デキナイトハ! 人類ヲ甘ク見テイマシタ。どーべるまんデハ問題無カッタノニ!」
「普通の人間は、同じ犬種の犬の顔なんて見分けないし、ましてや表情なんてな……ドッグ・トレーナーとか獣医とかなら別なんだろうが」
「デハ、ソノ種ノ専門家ナラ、ぼっと・どっぐニ違和感ヲ感ジル可能性ガアリマスネ。ぼっと・どっぐニツイテモ、ばーじょんあっぷヲ考エマス」
「えっ、必要ある?」
「備エアレバ、患イ無シデス」
鈴佳のキャリーケースに入っていた衣類は、町場の女の子御用達のチャラいデザインばかりだったので、二時間かけて近場の町にあるファストファッションの店に連れて行くことにした。
納屋のシャッターをガラガラ開けると、俺の軽を見て「小さ!」と馬鹿にしやがった。
それから隣にあるピックアップを指さして、「こっちの方が、まだいい」と言う。
「そっちは燃費が悪いんだよ! 乗り心地も、軽の方がマシだぞ」
そう言うと「ケチ!」と口を尖らせた。
「この悪い口には躾が必要か?」
俺がほっぺたを引っ張る真似をすると、逃げ出そうとする。首根っこを摑まえ後ろの座席に押し込んだ。
「狭い!」と、また不平を言うから、無視して車を出した。
えっ、シャッター? 自動だよ、自動。改造後はどん亀が閉めてくれる。
主人公『俺』の鬼畜化スタートしました。恐怖の対象を克服しようと考え、無意識に『支配』しようとするのが原因のようです。この『俺様問題』、現実にもあり得るのか? 要検討ですね。ただし、この作品はあくまでフィクションです。そこんとこ、よろしく。




