16話:帰るまでに
コレカはシオンの世話とイジドールの協力があり、学園生活を再開した。
攻略対象とのイベント回収も、その時だけイジドールを通してつき合ってくれるようお願いしてコレカのモチベーションを落とさずにしてる。
そんなホワイトデーのある日、何故かイジドールからお菓子を貰った。
私、バレンタインあげてないよね?
「バレンタインのお返しの数を間違えていたみたいなんだ。あまり物で悪いけれど、貰ってくれないか?」
「そうなの? だったら遠慮なく。ありがとう、イジドール」
「マリー、俺のことはイースと呼んでくれないか? 人前では今までどおりでいいから。二人きりの時くらい」
お菓子を受け取った手を握られそうになった途端、後ろから肩を引かれた。
「ダイザーくん、私のメイドに贈り物をありがとう」
「先生?」
いつの間にいたのか、シオンが隣に並んで作り笑いを浮かべる。
応じるイジドールも貴族としての作り笑いで首を傾げてみせた。
「以前から思っていたのですが、フォルライン先生。マリーはあなたのメイドではありませんよね? フォルライン卿のメイドと言うにも権限が強すぎる。いったい、マリーはどのような立場の方ですか?」
「君が知る必要はないよ、ダイザーくん」
「おや、彼女ほどの才能を、このまま飼い殺しになさると?」
「それこそ君が関知すべき事柄ではない。私たちの問題だ」
二人とも笑ってるのに、喧嘩してるみたいに見えるのなんでかな?
イジドールは私の魔力量とか七属性とかを知ってるから、メイドだと言っているシオンに飼い殺しなんて言ったんだと思う。
で、シオンは私を異世界人だって言えないから、あんなつんけんした言い方する、と。
「イジドー、じゃなくて、イース。私、魔王の再封印が済んだら遠い国に帰らなきゃいけないの。先生たちは保護者みたいなものだから、心配しなくても大丈夫だよ」
帰る先が異世界ってことをぼかして言うと、イジドールは信じられないようにシオンを見る。シオンはすっごい顔を顰めて小さく頷いた。
なんで?
「…………帰すんですか? 彼女を、このまま? 手放すと?」
「待て、ダイザーくん。こちらにも事情がある。詳しくは言えないが、我々はマリーに何ごとも強要はできない。すべては彼女の厚意による協力関係なのだ」
「そんなに硬く言わなくても。コレカのこと放っておけないのは私の意志だし」
って言ったらなんだかイジドールが納得したように頷いて、すっごいキラキラした笑顔で私を見た。
「つまり、マリーが望むなら、この国での滞在は長くなると?」
「え、うーん? 帰るタイミングっていうのがあるから、滞在は伸ばせないかな」
シオンに目を向けた確かめると、渋い顔のまま頷いた。
やっぱり、聖女召喚の儀式関係は、私の一存でどうにかなることじゃないよね。
「そうかい…………。なら、またこの国に来ることは?」
「ない、ねぇ。そこは私の意志での行き来はできないんだよ」
「…………国交のない国ということか」
なんか、イジドールが密入国とか呟いてる。
誘拐みたいなものだけど、確かに密入国って言えなくもない。
シオンも明後日の方向見てる。
じっと横顔見つめてたら、なんか頬染めて見つめ返してきた。被害者に対してばつが悪いんだろうけど、なんか可愛い。
これで自然にエスコートして来り、跪いたり、手にキスしてきたりするなんて、ギャップがすごいよなぁ。
「マリー、文通をしよう」
「はい?」
突然イジドールが私の手を両手で掴んでそんなことを言った。
「国に帰るまででいい。いや、可能なら帰ってからも文通をしてほしいけど」
「無理、かな?」
「なら、俺が卒業したら、文通をしてくれ」
「うん、まぁ、コレカのことで相談あったら手紙でやり取りするだろうし、定期連絡はしたほうがいいだろうし」
「違う、文通だ。そんな事務的な報告じゃなくて、個人的な親交を図りたい」
「却下です」
私が答える前にシオンが言った。ついでにイジドールの手も払いのける。
「仮にマリーが良いと言っても、マリーはまだ読み書きが完璧ではないので、私かもう一人のメイドが代読もしくは代筆します」
「えーと、確かにそうなるね」
さすがに侯爵家に出す手紙がふにゃふにゃの文字じゃ恰好がつかない。
「だから代筆でいいなら帰るまでくらい、文通しても」
いいよと言おうとした途端、背後から両肩を掴まれ、くるりと回される。
そこには、泣きそうな表情のシュピーリエがいた。
シュピーリエはいつも黙って一緒にいてくれるんだけど、え? なんで泣きそうになってるの?
「ス、スピちゃん、どうしたの? 何処か痛い?」
「痛いです。…………胸が、痛いです。マリーさま、帰るなんて言わないでください」
普段冷静沈着なシュピーリエが、本気で泣きそうな声で訴えた。
シュピーリエは本人が気にするほど感情表現が下手で、言葉で気持ちを言うこともほとんどない。なのに今、シュピーリエは震える指で私の肩を掴んで、泣きそうになっていた。
「私、私…………! 生涯マリーさまにお仕えしたいんです!」
「スピちゃん、落ち着いて。私、別にお仕えされるような身分じゃないって」
肩から手を放そうとした途端、焦ったように抱き締められた。
私の耳元で、シュピーリエは切実な声で訴える。
「身分ではなく、マリーさまというお方にお仕えしたいと私が願っているのです。あなたのために働き、あなたのために生き、あなたと共にいたいと」
シュピーリエのことはもちろん友人として好きだ。
正直、私がこの世界で一番仲がいい人として名前を上げるならシュピーリエだ。そんな子に涙ながらに帰らないでと訴えられると無碍にできない。
ただ、帰らないと言うには、ちょっと覚悟が決まらないし、勢いで答えるべきだとも思えない。ひとまず慰めるために抱き締め返すべき?
「スピちゃん…………、うん?」
なんて迷った瞬間、私はシュピーリエのエプロンのポケットにある小瓶を見つけた。
小瓶なんて日本人の私からすれば珍しかったから、何か聞いたら、確かシュピーリエは目薬だと言っていたはず。
思わずシュピーリエを引きはがして顔を見ると、頬に一筋涙が流れてる。
ただし、濡れた瞳に宿る感情はいつもどおり冷静沈着なもの。
「スピちゃん? なんでこんな演出したの?」
「さすがはマリーさま。ご明察でございます」
「いや、切り替え早いな。ほら、先生やイースはまだびっくりして固まってるのに」
シュピーリエが私に涙ながらの訴えをする間、シオンとイジドールは目も口も開きっぱなしで見ているだけだった。
戸惑った表情から、シュピーリエの嘘泣きにも気づいてない。
まぁ、演出が過剰なだけだし、騙されるの無理ないか。
「私に帰ってほしくないのが本気なのはわかったけど、泣き真似って必要だった?」
泣いてないことに安心してたら、シュピーリエは頬を染めて横を向いた。
「本当に、マリーさまの慧眼は、私の胸の内をいとも簡単に見抜いてしまうのですね。…………そんなあなただからこそ、私は…………」
「いや、スピちゃんって嘘吐くの嫌いでしょ? けどその割に、なんか芝居がかったことしたからなんでかなって」
「マリーさまは、普段との差異が激しいほど、惹かれて、目が離せなくなるのはわかっていたので…………。良いお返事をいただけるかと思ったのですが、浅慮でございました」
「いや、すっごい危なかった。あのまま押されてたら、頷いちゃいそうだったもん。まぁ、次があったら疑ってかかっちゃうけど」
って言ったら、何故かシオンとイジドールが残念そうに溜め息をついた。
あれ、そう言えば普段との差異が激しいほど惹かれるって、いわゆるギャップ萌えってことだよね。
…………私、ギャップ萌えだったの?
うわ、異世界で自分の知らない一面知ったかも。
「…………シュピーリエ、何故今それをしたんだ?」
ようやく正気を取り戻したシオンが、こめかみを揉みながら問い質した。
「一番最初が最も印象深く、また記憶にも刻まれると判断いたしましたので。マリーさまに初めて告白するなら私がと」
「なんっでだ!?」
シオンが珍しくやるせない様子で叫んだ。
コレカ相手に疲弊してても仕事だって言って我慢してたのに、どうしたんだろう?
「シュピーリエ、私に脅し紛いに言っていたこととだいぶ違うじゃないか」
「いえ、予想以上に及び腰なので、発破をかけるついでに私も美味しい思いをと」
「そこは譲ってくれ!」
「横から奪われるくらいなら私が奪います」
「なんて真っ直ぐした目で言うんだ!」
会話の意味は良くわからないけど、シオンはシュピーリエに翻弄されてるっぽい。
いつも先生らしくキリっとしてるのに、たまに慌てるシオンって、可哀想だとは思うんだけど見てて楽しいんだよね。
そろそろ止めなきゃと思ったら、イジドールが息を呑んだ。
「く、メイドが言ったのはこのことか」
なんかイジドールが悔しそうに言った。
なんで私を見てるの? シュピーリエのことじゃないの?
「マリー、俺はまだ、諦めないから」
こっちも真っ直ぐした目で言ってくる。
えーと、文通のこと? だったら頷いておこう。
「いけない、マリー」
シオンが頷こうとした私の顎を、指で掴んで止めた。
「全く、目が離せないな。君が他人の機微に聡いのは確かだが、その能力をもう少し己の価値を知ることにも生かしてくれ」
シオンは優しく諭すような声で言う。さっきまでシュピーリエに翻弄されてたとは思えない切り替え。
しかもこれ、私アゴクイされてない?
うっわ! 恥ずかしい!
こういう少女漫画的な定番って、実際されるとめっちゃ恥ずかしい!
「シオンさま、私のマリーさまに軽々しく触らないでくださいませ」
「フォルライン先生、今のはマリーの意志を無視したことにはならないんですか?」
私が固まってる内に、シュピーリエが引きはがして、イジドールがシオンに文句を言う。
自覚できるくらい熱くなった頬を両手で覆うと、シュピーリエが覗き込んで来た。
「せ、先生って誑しだよねぇ。勘違いしちゃいそうになるよ。貴族でもないのにそういう扱いされるとさぁ、恥ずかしくて、あは、あはは」
笑って誤魔化す私を見つめて、シュピーリエは一つ頷いた。
「身体接触はお嫌いかと思っていましたが、慣れずに恥ずかしいということだったのですね。では、勘違いしてよろしいのではないでしょうか」
「はい?」
「シオンさまはお好みに合いませんか?」
シオン? え、だってシオンって先生で、真面目で、扱い丁寧で、その割にたまに可愛く思える時もあって、シュピーリエに翻弄されてて。
あ、あー! ギャップ萌えか!?
誤魔化しようもなく真っ赤になった私に、シュピーリエは嬉しそうに微笑んだ。
なんで?
「えっと、どうしよ、スピちゃん」
「マリーさまの、仰せのままに」
「じゃ、じゃあ、一旦保留で。秘密ね、秘密!」
「マリーさまがお望みならば、ご協力いたしますが?」
「な、何する気なの。いいよ、何もしなくて。それに、ほら。今はコレカのことを考えなきゃ。魔王の再封印を成功させなきゃでしょ、ね? あとは、イースとの連絡とか、他の攻略対象との交渉とか、あ、あぁ! イベント、卒業パーティに向けて確認もしなきゃ。だから私忙しいから、ね? ね?」
シュピーリエは無表情になったけど、明らかに不満そうな雰囲気が出てるよ。
実は恋バナ好きなの? いやー、けど今はそっとしておいてほしいかな? ギャップ萌えとか私も初めて知ったし。自分の好み。
「どうやら、もう少し押させたほうがいいようですね」
「スピちゃん? 今の呟き何?」
「…………マリーさま、お部屋に戻ってお茶にいたしましょう。冷えておいでのようですから、紅茶にはシナモンをお入れいたします」
誤魔化し方雑じゃない!?
私がシュピーリエに手を引かれて歩き出すと、シオンとイジドールが追って来た。
「マリー、報告のついででいいから文通をしよう」
「許可しないと言っているだろう、ダイザーくん」
なんだかシオンとイジドールはお互いに遠慮なくなってる気がするけど、仲良くなったって言っていいのかな?
って、なんかシオンばっかり見ちゃう。
しっかりしろ。シュピーリエへの言い訳だけじゃなく、本当にこれから忙しくなるんだし。
私の大変な異世界生活は、まだまだ続く。
うん、そういうことで、今は保留! この異世界生活を楽しもう! 帰るまでにはまだ時間があるんだし!
…………それに楽しむなら、ちょっと恋愛要素入っても、まぁ、いいか。
そして本当に、私の大変な異世界生活は、まだまだ続くのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




