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33貴方とエンゲージ

最終話です。お待たせしました。8/20修正。

33.



 出口に向かって駆け出せば、軽く明滅はするものの充分な明るさに舞子は身も心も軽く駆け出した。


 自由だ!今こそが『あたし』だ‼︎


 軽やかに駆ける彼女の白いドレスの裾が翻って。その先に───────






「レイク‼︎」





 愛しい娘が黒髪を靡かせて駆けてくる。

 慌ててグローブの電源を切ると、レイクは大きく手を広げて彼女を懐深く受け止めた。


「遅いよ!」

「済まない」


 しゅたん、と着地すると甘い雰囲気は一瞬で。


「逃げるよ!」

「了解」


 素晴らしい速さで通路を駆け抜けた。


「いい?話を合わせてね?ヴィンスのあの部屋に手練れを集中させる演技をします。詳しい事情を何処まで知ってるか分からないけど、あの先に見られては拙いもの(・・)があるから足止めは出来る筈。で、私達は上に?それとも下に?」

「分かった。───── 一旦は上に」


 簡潔な答えに舞子は力強く頷くと、声を張り上げた。


「ひぃいいいッ!誰か、誰か居ないの⁉︎」


 通路入口で窺っていた士官達が慌てて飛び込んでくる。

「フィメール!如何されました⁉︎」

「フィメール、御無事で!」


 舞子はレイクに目が行かぬよう、先頭を切って己に辿り着いた親衛隊の一人の首にたん、と跳んでしがみ付いた。


「ふ」「フィ、フィメール!」


 壮絶な顔をしたレイクが気配を消し、彼らの背後に回った。ちょっとその刺す様な一瞬の視線に演技抜きでプルプル震えてしまったのはご愛嬌だ。


「たい、大変なの!貴方達の主人が!ヴィンス君とキャサリンさんが‼︎あ、あこれ以上は…早くッ人手は多い方がいいわ!お願い助けてあげて‼︎」

「フィメール、一体何事が「早く行ってッてば!間に合わなくなるッ‼︎」」


 すかさず言い募れば、彼等は躊躇いながらも競って奥に走り出した。

 それを見届けてから、舞子の護衛の為に訝しみながら残った二名程の美形士官をレイクがあっという間に昏倒させた。


 下へは警戒されても上に対する注意は薄い。


 最上階に至る数階手前で爆発らしき振動に舞子の身体が揺れる。

 予測していたレイクがそれをしっかりと支えて抱え込んだ。


「道すがら俺が仕掛けておいたモノだからな」


 事も無げにそう抜かすと危なげなく舞子を誘導して進んでいく。


「ま、まあ追っ手を振り切れるならいいわ」

「追っ手?────やはり、『作っていた』んだな?」


 つ?作る?

 頭の中をはてなマークで埋め尽くした舞子に、レイクは獰猛に笑ってみせる。



「─────あんた(まいこ)新しい(・・・)僕の事だ」


 数秒、舞子側では時が止まった様だが、勿論レイクはその手を休めない。そのエリアに納入させておいた『資材』を見つけ出し、ガラスばりのフロアで何やら組み立てている。


「『追っ手』は何人だ?」

「…………お一人様です」

「なら、相当な強敵か」


 こちらの工作のベース上ではあるが、一人でここまでタワーを揺るがした手腕は侮れない。


「もう、駄目だな」


 組み立てた様々なそれを『カチャン』と置いて、レイクは独り言ちた。


「え?────な、何?え?」


 あまりにも絶望的な発言に舞子は詰め寄った。


「や、嫌いに?やだ!やだやだっ‼︎」


 焦るばかりでまともな言葉を紡げない外見少女をレイクは深く抱き込んだ。


「相変わらず思考が明後日な女性ひとだ。俺が舞子を嫌う?天地がひっくり返ったってそれは無理な話だろう」


 耳に髪に小さな接吻を落として、生まれる熱を共有する。


「『駄目』なのは、もう何一つ己さえも騙せない俺の心の事だ」

「だ、騙す?」

「あんたを唯一と定めた男がいて、今まで当たり前の様に傍に居て、あんたに触れていたなんてどうしてそんな事を仕方無いと思えたんだろう。耳にしただけでこの指の先までもが怒りに震えて全身の血が煮え滾る有様だというのに」


 煌めく青い瞳が宝石の様に切なく瞬き、舞子の萎えかけた恋心を再び強く、強く惹き付けていく。結び付けていく。


「レイク。怖いけど、貴方があたしをどう思っているのか、知りたい。

 でも、まだあるじだなんて、忠誠だけを捧げるなんて馬鹿な事を言うのなら、あたしは今度こそあたしの全てを賭けて貴方を誘惑してあげる」


 綺麗な、しなやかな、あたしだけの獣。



「貴方を愛しているの、レイクラス」



 やっとここまで来た。

 出会って、別れて、惹かれて、焦がれて。

 恋がやっと愛に追い付いたのだ。


「俺を選ぶと言うのか?至高の存在であるあんたが」

「あたしは唯の『深水舞子』よ?貴方もさっきそう呼んだじゃない(・・・・・・・・・)

「一生逃げ回る生活の中で、それでも人の理から外れた存在おれに骨の髄まで愛される覚悟があるのか?」

「寧ろ、それしか欲しくないんだってば」


 もう、舞子にもレイクが何を『諦めた』のかが分かった。

 美しい笑みが、髪を梳く指が、この男の本気の愛を教えてくれたから。



「俺はあんたのものだ」



 かつて聞いた忠誠を誓う宣誓が、今は違う響きを持って耳を打つ。

 ああ、女なら恋しい男が注ぎ込む生涯唯一つの愛を望まない筈がない。



「ここを出たら覚悟をしておくんだな。俺の本気は重くて熱いぞ?

 ──────さて、そろそろか。陽動の為に一部この階も吹き飛ばす。舞子、此方に」


 言葉の終わらぬ内に壁を背に組み立てられた楯の陰に引き寄せられる。





 ドォグォオオオオオーン!ズガグァアーァン‼︎





 あっという間に瓦礫の山が目と鼻の先に生まれた。割れたガラスの壁から粉塵の舞う室内に強い風が吹き込んで来る。


 その先に───────



「マイコ様!そこにお出でですか⁉︎」



 カインの茶髪が風に靡いていた。

 顔は焦燥に駆られて、彼も唯一つ舞子の存在だけを追い求めて駆けて来たのだ。


 その時、更に大きな振動が来て、フロアに大きな亀裂を作った。

 その向こうに、憎い男とその腕に収まった愛しくて堪らない主人が居た。



「──────マイコ様ッ!」



「うん。カイン」


 大きく呼び掛けるといつもの様に応じる、彼のフィメールは優しく微笑んでいた。


「このしもべをおいて、何処に行かれるのです!」


 風が彼女の長い黒髪を攫った。


「『ここに居る間は』とあたしは言ったね。約束は守ったよ。さよなら、カイン。恋人が迎えに来てくれたから、もう行くよ」

「馬鹿な!その男の何処が私に優るというのです‼︎そこまでタワー(ここ)がお嫌だと仰るなら、この身が果てるまで何処までもお供しましょう。同じ優れた犬種ならお護りするのは私でも構わない筈だ!

 私に、この私にこそ貴女様を護れと命じて下さい‼︎」


 必死にそう言い募るカインの視線を遮る様にレイクの広げた掌が覆った。


「あれか。見るな、─────妬ける」


 その睦まじい様子に茶髪の青年が知らず歯ぎしりをしていた。


「おのれ、トール・レイクラスッ!」

「大層な鼻息だが、飼い犬に甘んじるお前は俺に勝てん。大人しくキャサリンに仕えておけ。

 禁断の蜜を味わった後には物足りなかろうが、これからあの女に仕えたがる犬種も劇的に減る筈だ。お前達が育てた女だ。最期まで支えてやるんだな」


 淡々とそう言うと目の高さまで上げた右腕が発光した。薄い膜が互いを隔てた。

 霧散する飛び道具のエネルギー弾。話す隙を見て、カインが放ったそれをレイクが看破したのだ。


「カイン、君の事はずっと忘れないよ。あたしが唯一進んでしもべに堕とした男だもの。この先レイクと逃げ延びても…何処にいても覚えている。

 だけど、あたしも『護られる』だけでなくて『護りたい』。そしてそれが愚かだとは思わない。あたしにはこの世界で一緒に生きていきたいのはこのひとだけなんだ。

 謝らないよ。あたしは自分が酷い女だと知っている。忘れない。それがあたしの罰だ」


 舞子は泣きそうに微笑んだ。


「でも、君は忘れていいんだ。そして、自らを誇りに思え。君ならこの囚われの地でこの身の楯として堕としたいと、この唯一のアジア種がそう望んだ。他の誰でも無かった。そう…君は被害者だ。あたしを恨んで、君こそがあたしを捨ててしまえ」


 それを聞いて、これ以上どう手を尽くしても舞子が戻らないと理解したカインは亀裂の手前でくつくつと嗤い出した。


「─────もう手遅れだ。俺はもう爪の先までマイコ様、貴女のものだから。そう貴女が私を捨てると言うのなら、私自身も要りません。不要な道具はそこから身を投げるのみ」


 彼が指差した壊れたガラス壁にレイクが舞子の腰を抱いて移動した。


「死ぬと、言うの?」

「生きる意味がありませんから」


 レイクを振り返れば、緩く首を横に振った。


 これで『終わり』と、男二人が思ったその時。



「─────じゃあ、殺しにおいで」



 こてん、と外見少女が首を傾げた。


「な、に…を」

「死んだ後なら『身体』をあげる。裂くなり、保存するなり君のものにしていいよ」

「舞子、何を言い出す!」

「あたしより先に死なないで、って言ったじゃない。報酬も払ったわ。忘れたの?」

「忘れて、など…、ですが、本当に御自分が…何を仰っているのか、お分かりなのですか?」



 遺伝子に組み込まれた禁忌を越えて、『捕まったのなら』『どう殺されても良い』と。

 愛しい主人はそう微笑んでいる。



「うん。進んで捕まるつもりは無いから、レイクには凄い迷惑掛けちゃうけど。面倒臭い女に引っ掛かったと、これこそ諦めて貰うしかない。他の誰でもあたしを殺せないだろうから。

 君になら、殺されてもいいよ」


 絶句して、眉根を寄せたレイクが今度こそタワー壁面から舞子ごと外に身を踊らせた。


 魂が抜けた様にそれを見送るカインに小さく舞子は手を振って。

 風を切って自由落下すると同時にレイクは背負い込んだ機材の一部を引いた。




 バンッ‼︎




 一瞬の浮遊感。そして一面の緑と都市の街並みを足下に、風圧を感じて風に乗る感覚。見れば彼の背中に何と即席のグライダーが翼を広げていた。


「舞子」

「はいィ」


 風がひゅんひゅんと音を立てている為に、レイクの声が短いワードで耳に届いた。





「地上に、着いたら、唯じゃおかない」





 やらかした自覚のある外見少女は彼の腕の中で縮み上がる。

 問いたい事も言いたい事も互いに山の様にある。だけど、今は空の上。

 ニ対の腕の中には本来なら決して出会う事の無かった『愛』が今、そこに在る。



 界と時を越えて、二人は出会った。

 女は誰もが自分を知らぬ何処かに行きたくて、男は己の核というものを喪って、虚ろに犬生じんせいをただやり過ごしていた。


 抱え込んだこの無性にどうしようもなく己を駆り立てる想いが『愛』だと言うのなら、今度こそ互いに己の全てを晒して二度と捕まえたものを離さない。



「レイク」

「言い訳なら、聞かないぞ」

「貴方で、良かった」


 初めてこの世界で出会って、そして────愛した男が、貴方であって。


 今を正しく理解したレイクが一瞬、呆けてそして、にやりと凶悪な笑みを浮かべた。




「この、『天然男殺し』がッ!」




 息も出来ないくらいにきつく抱き込まれて、舞子は不安定な体勢のまま、初めて『彼から』唇を奪われた。深く。



 それは互いの心を結ぶ『契約の印』の様に。






【エンゲージ】

 ─────『約束』と『契約』の意味を持ち、『婚約』の色を併せ持つ。

 同時に戦いの場面では『特別な状態に入る』と

『エンゲージ‼︎』と叫ぶのだ。


 あの砂漠の中で独りの男と女の目があったその時に、それはきっと成されてしまった。

 舞子はレイクを芯から求め、レイクは舞子をどうしようもなく愛している。

 それは世界に満ち溢れている程の恋人達だけの『奇跡』。






「三日は絶対、寝かせない」

「ヒィいいいぃ、どうかお手柔らかにィ〜」





 甲高い悲鳴が、形の良い唇に再び吸い込まれて空を飛ぶ番いの鳥の様に街並みに消えて行った。






  fin.

読了お疲れ様でした。紆余曲折を経て完結まで辿り着けました。

結末のイメージはちゃんとあったのですが、そこに至るレイクと舞子の気持ちははっきりしていなくて。書いていて気付く事の多い作品になりましたが、何故か続編の原稿が結構あります。

更にレイクが霞むサブキャラが目白押しです。

余力のある方は宜しくお願いします。


ひとまず、完結です。 2017/06/14葉室ゆうか拝

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