9話 混沌の城 その1
血塗られた刀は光に包まれ何処へと消滅してゆく。
風流楓は消滅してゆく刀に対して敬意と感謝の意を込めて──また、亡骸に変わり果てた化け物に対して弔いの意を込めて目を瞑り、ハラヤ村を後にした。
その時、彼女を見送るのは唐突に吹いた風のみだった。
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風流楓は再び、月明かりに照らされた平原を行く。相変わらず足元は暗く歩きづらさを感じる。それに加え、先ほどの戦闘により疲労感に襲われる。
確かに相手は大したことのないただの化け物だった。だが、死に直面したり、思いの外やり過ぎた感もありどっとした疲れが襲ってくる。これから待ち受ける魔人との戦闘を考えると先が思いやられる。
「ま、弱音なんて吐いてられませんがね」
そうこうしている内に辿り着いたのは古びた城の前。
城は植物に覆われ今にでも崩壊しそうなほどに酷く朽ち果てていた。その外観と周りの環境と相まってか、とても恐ろしく思わず身震いしてしまうほどだった。
こんなところが魔人のすみかなのだろうか、という疑問はあれどこんなところだからこそか、と納得する風流楓。
「まるでゲームみたいですね」
思わず、そんな当たり前な感想が漏れた。
普段あまりゲームなどしない風流楓でも、この先に何が待ち受けているのか大体の察しはついている。城内にはボスの手下やらがウヨウヨいて襲い掛かってきたり、小賢しいトラップ類が至る所に張り巡らされているのだろう。考えただけでも面倒臭い。それはもう進むのを躊躇うほどに。
だが、それはあくまでゲームの中の話だ。今は現実。紛うことなき現実なのだ。ゲームではない。ゲームの歩く度に敵とエンカウントしては倒しての繰り返しのゲームとは根本的に違うのだ。
そこで風流楓は考えた。現実ならではのことをしようではないか、と。
「最初から全力で行かせてもらいますよ」
瞬間、目を瞑る風流楓。
「──鬼装」
言うと同時に紅い炎が風流楓を纏った。
「赤鬼──!」
次の瞬間、解き放たれた紅い炎は散り失せ例のごとく風流楓の変身した姿が露わになる。
赤い和服のような鎧を身に纏い、その手には一本の刀。
綺麗な黒髪は簪で結い上げられている。
鬼装──赤鬼。
これは風流楓が神様から貰ったこの世界で恐れられている最強魔法──魔装。
この世界でも使える者は限られており、使用者は全魔力を消費し、引き換えに自身の力の限界以上に引き出すことが出来る。言わば、リミッター外しに近いもので、使用時間は3分と限られ、それを超えると魔力切れと共にリミッター外しの代償としてしばらく身動きすらとれない。諸刃の剣である。
しかし、風流楓はそんな魔装を使った。最終手段である魔装を使って変身した。魔装の使用時間は3分である。眼前に敵はおらず、どうしてもという状況ではない。眼前に立ちはだかるのは禍々しい雰囲気の門一つだけなのである。
なのに、何故。
答えは簡単だった。
魔装でいっきに魔人のところまで行き、討伐するため。
「道中1分、討伐2分──こんなところでしょうか」
今の風流楓は自信に満ち溢れていた。やはりいざ魔装で変身すると何かが滾る。故の豪語である。
風流楓は城門を眼前にクッと睨みつけ、フーッと息を吐く。
「まぁ、何はともあれここから魔人討伐まで3分以内に片をつけます!」
まるで、ホームラン宣言をするバッターのような所作で風流楓は、刀を城門に向け宣言した。