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やがて、僕たち勇者は殺しあう  作者: いろはに
第1章 竜装・火竜篇
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7話 意地

長い黒髪を揺らしながら、夜の町の中を進む少女。

彼女の名は風流楓。


異界の地に似つかわしくない制服姿で夜の町を一人行く。その足は予め決めていた宿へ向かっていた。


風流楓は歩きながら先ほどの出来事を思い出す。


喧嘩。


先ほど風流楓はある男と喧嘩をした。


と言っても、こちらから一方的に嫌味を言っただけだったが、それでも風流楓はそれを喧嘩と捉えていた。何故なら、風流楓は生まれて一度も喧嘩らしい喧嘩をしたことがなかったから。17歳の彼女にとってそれは致命的だ。


風流楓には弟や妹、姉、兄と言った存在がいない。故にそれは当たり前と言えば当たり前の話だ。


友達も沢山ではないけれど、それなりにいた。ただ、風流楓にとって友達とは自分の位置を安定されるための存在。故に意見など言わずに愛想笑い。相手に合わせることしかしなかった。喧嘩なんて以ての外だ。


「……はぁ」


何てことをしてしまったのだろう、という後悔がため息となり口から漏れた。


脳裏にチラつくのはあの男──甘木夏の顔だった。


「……合わせる顔がないじゃないですか」


初めての喧嘩故に、仲直りの術を知らない風流楓。

だが、よくよく考えてみるとあの男は風流楓にとっての何なのか。


恋人? 違う。

友達? 違う。

ライバル? 違う。

戦友? 違う。

仲間? 違う。


どれも当てはまらず、困惑する風流楓であった。

では、何故こんなにも心苦しいのか。風流楓自身、それすらもわからず、足取りは依頼人ユーリが休んでいる宿へと向かっていた。


ユーリにはこんな弱気な姿を見せられない、と風流楓は自身の頬をバシッと叩き、曇り切った気持ちを晴らす。







風流楓は予め決めていた指定の宿に辿り着く。

宿は庶民や冒険者御用達のようで、ゲームに出てくるようなザ宿という感じで何処となく質素ながらもワクワク感を覚える。


風流楓は一階の受付を横切り、隣の階段へ。建物は三階建てとなっている。二階に部屋を借りている旨を予め聞いていたので、そのまま二階へ上がる。あまり運動などしていなかった風流楓は多少の息をあげ、やっとの思いで二階に辿り着く。そして、目当ての部屋の前へ。


「ユーリさん、ちょっといいですか?」


風流楓はユーリが休んでいるであろう部屋の扉をノックし、暫し返事を待つ。


「あ、はい」


一秒くらいの間を経て、ユーリから返事が返ってきた。


そして、扉が開けられる。

そこにはパジャマ姿の依頼人──ユーリがいた。


同じ女であるのにも関わらず、風流楓は彼女のその姿に妙なエロさを感じながら、軽く会釈をする。その時に垣間見えたユーリのそれは自分のと比べてかなり大きく、妙な劣等感を覚えたのはここだけの話。今年17歳になった風流楓の未来は暗かった。


しかしながら、凄い成長ぶりである。風流楓が17歳に対して、ユーリは二つ上の19歳くらいだろうか。たった歳が2つ違うだけでここまで色気というか女の魅力が違うなんて。あと2年でこんな風になれるのか、と思う風流楓であった。


「夜分遅くすみません、ユーリさん」


「いえ、そんな。お食事は済まされたのですか?」


「ええ、まぁ、はい」


先ほどの喧嘩のことを思い出しながらもそれを打ち明けれず、視線を逸らす風流楓。当然ながらまともな食事を済ましていないため、小腹が空く。


「ところで、夏様は……?」


「えっと」


思わず言葉が詰まる。


思い出されるのは喧嘩の原因。

甘木夏がやっぱりユーリの依頼は無しにしよう、と言いだしたことが原因だったのだが、当然そんなことユーリには言えない。


後ろめたい気もするが、


「知りませんよ。どうせその辺をプラプラしてるんでしょう」


精一杯の誤魔化しで顔を背けた。


風流楓の反応にユーリは察しの悪いことにただただポカーンとしていた。


「そ、それでユーリさん」


「どうされたのですか?」


ややうつむく風流楓にユーリは頭を傾げた。


よく見ると風流楓の拳は何やら開いたり閉じたりして迷いが生じていたが、やがて、


「魔人の居場所を教えてください」


決意を固めたように握られた。


怖いのだろう。恐ろしいのだろう。逃げ出したいのだろう。けれど、風流楓はそれらを捨て、改めてユーリを見やる。


「今から魔人の討伐に行きます」


「何を言っているのですか。今日はもう夜遅いですし、何より、町の外は真っ暗で歩けるような環境ではないのです。こちらからお頼みしたのもなんですが、楓様。今日はゆっくりと休んで明日にでも……」


当たり前のことを言って諭すユーリの言葉に風流楓は聞く耳を持たず、


「それじゃあダメなんです!」


言いかけたユーリの言葉に風流楓は思わず声を上げた。


気まずい沈黙が訪れる。


が、すぐさま正気に戻った風流楓は「あ、いや、その……」と気まずそうに訂正した。


そして、続ける。


「お願いですユーリさん。どうしても私は今から魔人の討伐に行かなければならないんです」


「ですが……」


「お願いです!」


「何故、そこまで……」


強いて言うならば意地。


確かに風流楓の正義感や義理の深さは人一倍と言っても過言ではなく、今回の魔人の討伐の件だって、風流楓のそれらが作用して引き受けたに過ぎない。


だが、先ほどの甘木夏との喧嘩のせいで、意地が生じてしまい、今の彼女を強く駆り立てている。


今の風流楓に正義感や義理深さはあれど、そんなものは意地の足元にも及ばない極僅かなものでしかない。もはや、正義だの義理だのどうでもいい。


風流楓の目には意地しか見えなくなっていた。意地に囚われていた。


だが、それをユーリに言ったところで意味なんてない。


「それを聞くのは野暮ってもんですよ」


故に誤魔化した。


当然ながらユーリは「は、はぁ……」と小首を傾げた。


「ま、女にはやらなきゃならない時があるんです。その辺は気にしないでください。さ、ユーリさん。魔人の居場所を教えてください」


「……わかりました」


ユーリは風流楓に気圧され折れる。ため息まじりに頷いた。


そして、渋々ユーリの口は開かれる。


「まずはこの町から東に位置するハラヤ村へ。そこから更に北へ。すると、小高い丘の上に聳え立つ古城が見えてきます。恐らく、魔人はそこを拠点に活動しているのでしょう」


「ありがとうございます」


「ですが、楓様」


言いながら、ユーリは風流楓の手を握る。

ユーリは不安気な双眸で風流楓を見つめ、握った手を自分の胸に押し当て、目を瞑り旅の無事を祈る。


「くれぐれも無理はなさらずに。楓様のその強大な力を信じています」


「あ、はい」


その行為に恥ずかしさを覚える風流楓の頬は妙に紅潮していた。柔らかい、と素直な感想を持ったのはここだけの話。改めて、自分の胸の強調性のなさにげんなりする風流楓であった。


「では、ユーリさん。行ってきます。あ、それと、夏さんのことは頼みましたよ」


クールに。爽快に。まるでヒーローのように、風流楓は何かを言いかけたユーリの前を後にした。

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