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第7話「存在することの意味を知らされるのは、幸福とは言えないかもしれない(4)」

「……俺も、莉雨のこと撮ってみたい」

「許可なんて取らなくても、勝手にどうぞ」


 再び指定された舞台の上へと向かう。

 貸し切りの屋上って、なんて開放感溢れる場所なんだろう。


「適当に動いてみればいい?」

「カメラに目線、欲しい」

「表情はどうする……」


 子役時代、私は舞台の経験を積んだことがなかった。

 でも、舞台の上に立つって、こんな感じなのかなって心臓が高鳴った。


「って、ごめん!」


 蒼に謝るのも、これで何度目になるだろう。

 こっちが悪いなって思っていることも、蒼ならなんでも許してくれそうな気がしてしまう。

 だから私の口は休まることなく、蒼に不快な話を持ち掛けてしまう。


「何? どうした?」

「……しい……」

「聞こえないんだけど……」

「恥ずかしいって言ってるの!」


 見た目も、声も、言葉選びも、全部が優しい有栖川蒼。

 優しさというものに包まれて、私はすべてを彼に委ねたくなってしまう。

 でも、それが許されない関係性だから、私は自分の感情を閉じ込めてしまう。


「カメラなんて慣れっこだろ」

「慣れてない! 慣れてない! カメラに視線を向けることなんて、ほとんどない!」

「いや、さすがにそれは嘘……」


 急いで、屋上から撤収する準備を整える。

 カメラに目線を向けることが、こんなにも恥ずかしいことだったなんて知らなかった。


「莉雨のこと撮るまで、帰したくないんだけど」


 帰路を塞がれる。

 屋上と校舎を繋ぐ出入り口は一つしかなくて、そのたった一つを蒼に奪われてしまった。


「無理!」

「なんで!」

「無理なものは無理!」


 レンズ越しに、蒼がいるって気づいてしまった。

 レンズの向こう側に、蒼がいることを知ってしまった。

 蒼の視線が私に注がれていると意識した瞬間、これはもう撮影どころの話じゃないって思った。


「莉雨が子役だったことに気づかなかったのは悪かったけど、俺も莉雨のことを撮りたい」


 私が被写体になることで、蒼が幸せになれるのなら頑張ろうかなとか思ってしまう。

 でも、蒼の視線を自分が独り占めしているんだっていう意識が私に羞恥をもたらす。


「部長ばっかり狡くない?」

「いや、狡いとか言われても……」


 嘘じゃないよ。

 本当だよ。

 私は、蒼の幸せを、ずっとずっと願っている。

 それなのに、肝心の蒼に私の気持ちは伝わっていない。


「俺、部長よりも先に莉雨のことを見つけた」


 私が言葉にしない限り、蒼に私の気持ちは届かない。


「俺が誰よりも先に、莉雨のこと撮りたいと思ってた」

「蒼の希望って……そういうことだよね」

「莉雨の写真を撮りたい」


 蒼の顔すら見られなくなっていた自分。

 でも、蒼の表情を見たいと思った。


「初めて莉雨と一緒に屋上来たとき、結構、感動した」


 蒼が、どんな表情で、その言葉を向けてくれているのか。

 知りたいと思った。


「レンズの向こうに、莉雨がいるんだなーって」


 逸らしていた視線を、蒼に戻す。

 すると、彼はやっぱり……。


「結構どころか、かなり感動してた」


 綺麗な笑みを浮かべていた。


「その感動を、もう一回味わいたい」


 人の心を惹きつけるほど綺麗に笑うには、どうしたらいいのか。

 小さい頃の私は考えに考えて、最終的にはよく分からなくなった。

 笑顔って、なんなのかなって。


「でも、俺がもらってばっかりになるか……」


 私が考えて答えを出すよりも先に、蒼は答えをくれる。


「俺が、莉雨の友達になる」


 何それって茶化したくなるくらい顔に熱が宿り始めるのを感じるのに、蒼の言葉を適当に受け流すことができない。

 言葉たちは飲み込まれてしまって、世界から消失してしまう。


「莉雨」


 彼が、私を呼んでくれる。


「ごめん」


 私たちは向かい合って、笑みを浮かべた。

 綺麗な笑みになれているかは分からないけど、蒼の綺麗さに負けたくないって思った。


「巻き込んで、ごめん」


 温もりを感じる何かが、私の頭を掠った。


「うっすらだけど、蒼に頭を撫でられている感じがする」

「……そっか」


 蒼の右手が、私の頭を撫でる。

 視界に映る光景は蒼がここにいるって真実を告げてくるのに、私は頭に触れる蒼の温かさを感じることができない。


「蒼が指を握ってくれたときもね、なんとなく風が触れたみたいな感覚があるんだよ」

「……そっか」


 往復する手の温もりがあるはずなのに、私は蒼の温もりを感じることができない。

 すべてを委ねてしまいたくなるのに、それは許されないって私たちは知っている。


「莉雨は、莉雨の世界を魅了できるよ」


 物語の結末が目に見えているからこそ、私たちは悲しみながらも笑顔を作り込んだ。


「……恥ずかしい」

「莉雨が照れてる顔も残したい」


 蒼が消えてしまったあと、蒼が撮影した数々の写真は残りますか?

 それとも、この世界から消えてしまいますか?

 誰にも分からない問いかけを空に投げて、どうか神様に届きますようにと祈りを込めた。


「もっと早く出会いたかった」

「クラスだけは、ずっと一緒だったんだけどな」

「ずっと他人だったから、仕方ない……ね」


 大切なものを大切だと気づいた瞬間には、すべてのことは終わっている。

 取り返しができないとことまで物事は進んでいて、現実の修復は思っていた以上に難しくなってしまう。

 私は今度こそ、彼と新しい関係を築くことができるのか楽しみでもあるけど不安でもある。


「蒼の声も、言葉も、凄く綺麗だから……」


 私が言葉を切り出そうとした瞬間、灰色に澱みかけた空から一筋の光が差し込んできた。まだ、曇り空に染まりたくないと太陽が抵抗しているのかもしれない。


「……蒼こそ、蒼の世界を魅了できると思うよ」


 私たちの会話が乱れていく。

 気持ちと言葉が乱れ合って、どれが本物なのか見失いそうになる。

 でも、自分の気持ちをちゃんと掴んで、絶対に離さないと覚悟を決めて、私は自分の気持ちを自分の中で大切に抱え込む。


「一緒に、未来に行こう」


 未来への希望を抱くだけなら、いくらでもできる。


「最後が、最高っに幸せな人生だったって終わろう」

「莉雨……」


 未来に夢見るだけなら、いくらでもできる。


「独りだけ幸せになるなんて、絶対に嫌」


 だって私は、もっと彼と話をしてみたい。

 だって私は、もっと彼の話を聞かなきゃいけない。

 言葉を交わすことをやめてしまったら、蒼と過ごす時間が終わってしまう。


「泣くときは、最高に幸せだったって叫ぶときだけにしよう?」


 空の青色を、探したかった。

 雲の向こうにしか見えない色がだんだんと見えてきて、彼に似合う空の色と再会することができた。


「いっぱいのうれし涙、探しに行こ?」


 彼の優しい笑顔には、やっぱり青い空が似合っている。


「うれし涙とか、いいな」


 青い空と別れるのが寂しい。

 青い空だけを置いていくのが辛い。


「幸せなときに、俺も泣き叫んでみたい」


 屋上を出るとき、外に広がる蒼に目を奪われた。

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