143 電撃君臨、レイテちゃん!
「――フム。しかし即日で国を落としにかかれ、とは……」
少々の冷静さを取り戻したところで、セラフィムは口を開いた。
「シャキール王子も無茶苦茶を言うものですな。さすがに急過ぎでは?」
「そうでもないさ」
かつて『地獄狼』に受けた奇襲を模倣した、実質ヴァイス単騎による革命。
それを聖国の王子らが受け入れたところで、ヴァイスはふとしたぼやきに答えた。
「シャキールを舐めるなよ、猫撫で生徒会長」
「ねっ、猫撫で生徒会長……!? レイテ殿はそんなことまで貴殿に報告して……」
「我が友は頭がいい。レイテ嬢から学園の様子を聞いて、安楽椅子探偵よろしく特定していた」
ヴァイスは足元の砂利を一粒拾い、
「セラフィム。貴様、こいつに監視されているぞ」
瞬間、ジュバンッッッッ! と、ヴァイスは亜音速で砂利を弾いた――!
空中で半ば赤熱化する砂利。それは赤い軌跡を描きつつ、意味の分からないコントロール精度で、少し離れたところの岩を過ぎたところでカーブし、
「――うひゃああああ~~~!?」
……死角となる岩陰より、少年の悲鳴を響かせたのだった。
「っ、この声は!」
それはセラフィムにとって聞き覚えのあるものだった。
無表情で岩陰に向かうヴァイスに続き、彼もその背に続いていく。
「お……俺は、いわば人質だった。エルザ兄さんが聖国に手を出したら殺される、そんな条件の……」
ルクレール聖国はどこまでも悪辣で効率的であった。
不死に覚醒したエルザ王子。その命を奪えないなら、即座に『命より大切なものを盾にしてやろう』と思いつく程度に。
「だから……どこかに俺の監視役が潜んでいるとは、思っていたが……」
そうしてセラフィムは見てしまった。
岩陰に潜んでいた者の、柔らかな栗色の髪を。
「おまえだったのか、コルベール」
「あはは……バレちゃったかぁ」
コルベール・カモミール。
同国の出身者にして、学園における外務科トップ。そして生徒会の仲間である少年である。
水着の裾を岩に食い込ませた姿で、彼はそこに立っていた。
「なぜだヴァイス殿……なぜコルベールが……」
「単純に適任だからだろう」
呆然とする若者にヴァイスは語る。
無情な瞳にわずかな憐れみを込めさせて、
「監視者に大事なこと。それはバレないこと以上に、〝なにがあっても排除されないこと〟だ」
「それは……ああ」
セラフィムは思い出した。
広報担当・コルベールの誇る、異様な異能を。
「自身への害を逸らす能力、『死への銀弾』……。それがおまえの異能だったな、コルベール」
「うん、そーいうこと。ごめんね、会長」
気付けば簡単なことであった。
同国で、同世代で、社交的な仮面が被れる上、排除困難。
これほどセラフィムを見るに適した『目』はあるまい。
「……もしも、ヴァイス殿が聖国侵攻を先延ばしにしていたら」
「本国に伝えていたよ。それが僕の役目だからねぇ~」
というか今すぐ駆け出すところだったし、と。コルベール・カモミールは悪びれもせずに言う。
「というわけで、無敵な監視役の僕なのでしたと。けど……うぐぐ」
水着のズボンをひっぱるコルベール。
しかしどれほど砂利は岩に深く食い込んだのか、巻き込まれた布地はまったく外れる気配がなかった。
「どうなってるのさ、ヴァイス陛下……。僕、無敵のはずなんだけど? なんで砂利が当たったんだよ」
「知れたこと。貴様の異能が最大限に効果を発揮するのは、貴様『自身』に害が及ぶときだ。ならば衣服を狙えばいい。異能出力が低い状態なら、あとは膂力で押し切れる」
「なんだこの人ー……」
かくしてあっさりと捕縛された模様。
彼の異能など、今のヴァイスにはそう大したものではない。
「レイテ嬢の側に居ると、妙な異能者たちが次々集まってくるからな」
「あー……あの子、トラブル引き寄せ体質だもんね」
その結果が今の経験豊富なヴァイスである。
栗毛の少年は肩を落とし、「こりゃぁ詰んだかな」と呟いた。
「改めて、ごめんねーセラフィム会長。実は僕は送り込まれた存在で、会長の仲間になったのも、仕事だからでした」
「そうか……」
「怒ってる? 失望してるー? あはは、これでエルザお兄ちゃんと同じく、身内に裏切られ仲間だね~」
「そう、だな……」
「まぁーどれだけキレても無駄だよ。僕を傷付けることなんて無理だからねぇ~。代わりに、恨み言なら好きにどうぞー」
無敵さゆえの余裕なのだろう。
どこまでも笑顔のままで、コルベール・カモミールは、表情を暗くするセラフィムを煽った。
例外的に拘束されても、どのみち相手に攻撃手段は皆無。なによりヴァイスと違い、セラフィムの能力は〝小動物への憑依〟。極めて貧弱で、本当に何もできないだろうと舐め切っていて――、
「ごめんな、コルベール」
「…………え?」
だからこそ。
心からの〝謝罪〟という奇襲には、まったく対処できなかった。
「はっ……え? ごめんって……え? なにがだよ会長? 僕、裏切り者なんですけど?」
「違う。悪いのは全部、俺だろうがよ」
「え……?」
金色の髪を垂れ下げ、セラフィムは真摯に頭を下げた。
――青春を奪ってしまって、すまないと。
「俺が全ての元凶だろうが……。俺が人質にならなければ、エルザ兄さんは好きに復讐できたし、おまえだって監視役になることはなかった。自由に青春できた」
「おい……」
「若くして仕事を押し付けられ、学園に押し込められるのは嫌だったろう。好きでもない俺と仲良くしなければいけないのは、ストレスだっただろう……!」
「おい、待てよ……」
「だから、俺は! おまえの時間を奪ってしまったことが、心から申し訳なくッ――」
「だから待てよッ! ちょっと黙れよ!」
そこで、飄々とし続けていたコルベールが、初めて声を荒らげた。
「くそっ……勝手に色々決めつけんなよ」
「コルベール……?」
「無駄な時間だけ過ごしてきたように言うなよ……。それ、失礼だぞ」
「だ、だが」
「うるさい。解釈違いで頭さげんな」
柔らかな栗毛をクシャクシャと掻き、コルベールは吐き捨てるように続けた。
「そりゃぁ面倒なこともあったさ。僕は人を騙すことは好きだけど、仕事を押し付けられるのは嫌いだからね。ほとんど嫌々な日々だったけど……」
顔を背けながら、ぽつりと。
「でも……少しくらいは楽しかったよ、会長」
「っ、コルベール……!」
「だからもう謝んなよ……っ。好きに革命でもなんでもして、偉くなっちまえよ! バーーカ!」
侵攻の容認。
それは、事実上の裏切りの宣言だった。
今度はセラフィムに対するものではない。
自身を使役する聖国に対し、監視者は二重の裏切りを仕掛けたのだ。
栗毛の少年は、友の味方になる道を選んだのだ。
「――決まりだな」
若者たちが言葉を尽くしたところで、最後にヴァイスが締めくくる。
「これで好きなだけ暴れられる。革命後にも国際バランスを維持できる、優秀な外務担当を確保できたからな」
「な、なんだって……?」
「コルベール・カモミール。働かされるのが嫌なんだったな。ならば、取引しよう」
拳を突き出し、ヴァイスは告げる。
「おまえを聖国の、次なる『外務大臣』にしてやる」
「!?!?」
「指折りの大権力者だ。これでおまえに嫌な仕事を押し付ける者はいなくなるだろう。代わりに」
それから王は、泣きそうなセラフィムに目を向けて。
「このブラコンを支えてやれ、コルベール。俺にとっての極悪令嬢がごとく、小さくても頼れる背中になってくれ」
「……うるせーよ」
コルベールはぶっきらぼうに吐き捨てると、突き出された拳に、自身の小さな拳をおもいっきりぶつけて、
「言われなくてもやってあげるさ。セラフィムは……僕の友達は、頼りないからね」
あと小さい言うなと、栗毛の少年は笑いながら言うのだった。
◆ ◇ ◆
で、夜!
「うええええええーーーーん! 海賊のお宝も異能具も、ぜんぜん見つからないんだけどぉ~~~! このレイテ様がめっちゃ必死で探したのにぃ!」
臨海学校も一日目終了。夕食のバーベキューイベントで焼かれた肉をはぐはぐしつつ、わたしはぼやいていた。
「はぁ~~あ。あれからドクターはお父さんのラインハート先生に見つかって、なんか耳引っ張られながらどっか行っちゃうし。幼馴染と変態執事は相変わらずわたしの心動かそうと、なんか魚とか獲ってくるし」
全員、宝探しする気がない模様。
わたしの身が無事ならそれでよくて(給料あげてるからかしらね)、わたしが万能変身野郎に負けたら〝世界的聖女にされちゃう〟って罰ゲームについては、
『まぁ、別にいいのでは……?』
って感じだし! ぐぎいいいいいいーーーーー!!!
「くそぉ。わたしが真剣にそこらへんの浜辺掘ったり、ちょっと息抜きに砂でお城作ったり、野生の猫ちゃんと遊んだりして一生懸命に宝探ししてるあいだに、男共ときたらぁ~……!」
と、わたしがぐぬぐぬしながらお肉食べていたときだ。
不意に、「レイテ嬢」と聞き覚えのある声が。
「あっ、ヴァイスくん!」
「すまんなレイテ嬢。野暮用で少し消えていた」
現れたのは長身金眼の水着国王様、ヴァイスくんだ。
「いいのよいいのよっ。ヴァイスくんのことだから、どこかで真剣に宝探ししてたんでしょ!?」
「あぁうむ。宝と言えばまぁ手に入ったな」
やっぱりーーーー!?
きゃーーーーーっさすがは頼りになるヴァイスくんさん! やるー!
それで、海賊のお宝はどこどこー!?
「喜んでくれ。ルクレール聖国の宝物庫は、いずれキミのものになる」
「……………えっ?」
聖国の、お宝……?
え、なに言ってますの? えっ?
「手短に言おう。実は、ルクレール聖国でちょっと革命を手伝ってきてな」
ファッッッッッ!?
「セラフィムが王となり、エルザが次期国王となった」
「会長が王様でエリィが次期国王!?」
お昼の間になんでそんなことに!?
「だがセラフィムは権力に固執する気がないらしく、在位期間を十年以内にするとのこと」
「いやまってまってまってまって」
「そしてエルザも乗り気じゃないらしく、『できればお嬢にあげてください』とのことだ。数年後、考えておいてくれ」
「待ってーーーーー!?」
ヴァイスくんさんは、いったいどこで宝探ししてきてるのぉーーーーー!?




