捕縛符か式鬼か。
そんな狐丸を見ながら、澄真はふふふと笑い、狐丸の背中の方から腕を廻し、捕縛紐が巻き付いてる左手を掴む。
「それにほら、よく見てごらん……痛くはないだろう?」
言われて、狐丸も自分の腕を見る。
「……うん」
それはもう、既に気づいていた。あんなに痛かった腕は、もう痛くない。紐の間から見えた赤黒く腫れた肌も、今は少し赤みを残すだけで、ずいぶん楽になっている。
「もう、『呪』を弱くしているから、痛くはないだろう?」
「うん……」
言って、捕縛紐を剥がそうと狐丸は右手を伸ばす。
──バチッ!!
「!?」
右手を激しく弾かれて、狐丸は動揺する。
澄真は、弾かれた右手を優しく掴む。
「取ろうとすると弾かれる。でも、取ろうと思わなければ、触れられるから」
言って狐丸の左手を、右手に重ねる。
「!」
一瞬、弾かれるっと身を強ばらせた狐丸だが、何事もなく、捕縛紐に触れられた。
「え……?」
「ね?」
にこりと笑う澄真。
一瞬、その笑顔に見とれる。しかし、ハッとなってブンブンと首を振った。
「……いや、いやいやいや。そうじゃなくて、これを、外して!」
結局、外してもらえるどころか、弾き返される威力が増している。巻いてて痛くなければいいと、言うわけではない。それに何故、呪を替える必要がある?
よく見れば、捕縛紐は邪魔にならないように、綺麗に巻き直されていた。
「……っ」
その事に気づいて狐丸は、キッと澄真を睨む。金の目が細く尖った。すると澄真は、困った顔で笑った。
「だから、外すのは『式鬼』になってから。……一応君は危険視されているから、解放は出来ないよ……?」
言って、後ろから抱きすくめる。
「『式鬼』はね、術者の命令で仕事をするんだ」
言いながら、澄真は狐丸の髪に、頬を擦り寄せる。
「けれど、君は私の命令で動く必要はないから……。私の傍にいてくれるだけでいい……そのように契約する」
呟くように囁く。
「……それは、どう言うことなのだ?」
澄真の言葉に、眉根を寄せて瑠璃姫が反応する。主人の命令を聞かなくていい式鬼など、聞いたことがない。
「……」
しばらくの沈黙のあと、澄真は口を開く。
「……狐丸は、子どもを助けただろう……? あの方は、今の帝の第一皇子敦康さまだ」
「!」
瑠璃姫が、目を丸くする。
「宮さまからの命令で、『白狐』には手を出すなと言われた……」
顔を上げながら、澄真は続ける。
「しかし人の命を助けはしたが、その『白狐』が悪さしないとも限らない。私たち陰陽師は、それは承服出来ないと伝えた」
「……そうであろうな」
瑠璃姫が、呆れたように声を出す。
「すると、お前たちには『式鬼』がいるだろう、と仰せられ、ならば白狐に式鬼にすることを了承させ、護れとお命じになられた……」
「……。また、極端な」
瑠璃姫が情けない声をあげる。
「だから、私がお前を『式鬼』にするのは、仕方がないことなのだ」
嬉しそうに笑いながら、狐丸を抱き寄せる。
「……『仕方がない』ようには見えぬがな……」
瑠璃姫が、呆れて目を細める。
「しかしそれならば、狐丸が了承せねば、式鬼には出来ぬということではないか……?」
その言葉に、澄真の肩がピクリと動く。
「……そうだ。だが、目の前にいる。こうして、掴んでいるのだから、逃がす訳はないだろう? 捕縛紐は呪をかえて、巻き直してあるから、私の式鬼になるまでは、外すことは出来ないし、私以上の陰陽師もそうはいない。解除は、まず出来ないよ……」
言って、魅惑的に微笑む。
「それに、これのお陰で、ある程度狐丸の居場所も把握出来る」
「……最悪だな」
瑠璃姫は、グルルと喉を鳴らす。
「……何が最悪なものか。私以外の陰陽師の式鬼になれば、こき使われるのがオチだぞっ」
澄真が瑠璃姫に異論を述べる。
(……確かにそうかも知れぬ)
瑠璃姫は唸りながら、チラッと狐丸の様子を見た。
身動きがとれないのが不服のようで、どうにか澄真の手を逃れようとするが、なかなか上手くいかないようだ。
時々、ふぅ……と休息をとっている。
「しかし、あれだな。よく皇子に目通り出来たな……?」
帝にはなれないと言っても、第一皇子である。普通ならば役職の高い者にしか、目通りは許されないものだ。
「あぁ、陰陽頭である吉昌さまも一緒であったからな」
「ふー……ん。と、言う事はだ。その吉昌と言うヤツでもいいと言うことか……」
瑠璃姫の言葉に、澄真はピクリと反応する。
「……何が、だ?」
「……狐丸を『式鬼』にする人物」
言われて澄真が青くなる。
ギュっと狐丸の腕を掴んだ。
「痛い痛い! もう離して!」
ジタバタと暴れるが、やはり離さない。
それを冷ややかに見つめて、瑠璃姫は続ける。
「吉昌とは、あれであろう? 例の力の強い陰陽師……名はなんと言ったか。その、息子であろう?」
瑠璃姫の言葉に澄真は、歯噛みする。
確かに、吉昌は力が強い。
さすがに、陰陽頭を務めるだけのことはある。しかも、魔を祓う力の強さのみならず、人をまとめる力にも長けている。
吉昌であれば、もしかしたら捕縛紐も解除出来るかもしれない。
「……っ」
(……そこは盲点だった。しかし)
澄真は思う。
(狐丸を渡すつもりはない……)
渋い顔をしながら、澄真は呟く。
「狐丸を最初に見つけたのは私だ。私の式鬼にする」
狐丸は相変わらずジタバタともがいている。が、何故か逃げられない。相手は、人間だというのに……!
「もう! 僕は『式鬼』には、ならないってばっ!!」
必死になって叫ぶ。
けれど二人は聞いてはいなかった。
陰陽師吉昌──。
力の強さは随一である。
が──。
(確か、大の妖怪嫌い……)
瑠璃姫は唸る。
(やはりなるのであれば、澄真が適任……か)
横目で、暴れる狐丸を見ながら、瑠璃姫は唸った。
「……」
瑠璃姫は小さく溜め息をつく。
(どの道、コイツはまだ子どもだ。なんと酷な事を……)
瑠璃姫は目を閉じる。人間のする事は、いつの世も我儘だ。
(さて、どうしたものか……ん?)
見れば澄真が、何やら想いに耽りながら狐丸を抱え込んでいる。
「……」
澄真は澄真で、狐丸の事を想っているのかも知れない。
(けれど狐丸は、一筋縄ではいかぬぞ……?)
ふふっと笑みを浮かべる。
ひとまず、澄真に託すのが一番だと、瑠璃姫は思った。
「もう! 澄真! 離してってば! ねぇ、聞いてるの!?」
澄真の腕の中で、狐丸の叫びがむなしく響いた。
× × × つづく× × ×
通常版ではないやつを元に書き直しているので、
澄真が少し甘めになってます。
ちょっと違和感も感じるこの2人。。。
またいつか、書き直すかも。




