白虎の処遇
「さて、これは困ったものだ……」
飛香舎からの帰り道、吉昌がポツリと呟いた。
「全く宮さまには困ったものだ……」
はぁ、と溜め息をつく。
澄真は何とも居心地が悪い。
「申し訳ありません。吉昌さま……」
気落ちした声で、謝罪の言葉を述べた。
「……」
吉昌は、その言葉に足を止め、澄真を振り返る。
「何を言うのだ。澄真……。お前はよくやったではないか」
驚いたように言葉を掛けた。
「いえ。結局、私は何も出来ませんでした」
事実である。
結局、澄真のしたことと言えば、陰陽生たちに、火を消すコツを教えたくらいだ。
あとの方位結界も防護壁も、なんの役にもたたなかった。
「……」
黙って項垂れる澄真を見て、吉昌は袖で口許を隠し、ふふふと笑った。
「いやいや、君は良くやったよ」
言いながら、澄真の肩に手をかける。
「私も、何もしていない訳ではない。あの時の状況は、私の式鬼に見張らせていてね」
吉昌は、澄真を横目で見る。
「その式鬼が言うには、君は白狐を追い詰めていた……と言うのだ」
吉昌の言葉に澄真は目を丸くする。
「し、しかし結局は逃げられています……っ」
苦し紛れに、顔を背ける。
けれど吉昌は、小さく首を振った。
「それを言うのならば、私もだ。君たちが白狐と対峙し、暫くして妖狐は二尾となった。そのことは、式鬼を通して、私もすぐに分かったのだよ」
「!?」
思わぬ吉昌の言葉に、目を丸くする。
(まさか、あの場面を知っていたとは……!)
澄真は怯む。
まだ調書は書き終えていない。
簡単な状況説明だけで、吉昌にはまだ、白狐が二尾であったことを報告していないのである。それなのにもう、全てを知っている……。
澄真は慌てて頭を下げ、再び謝罪する。
「申し訳ございません。報告が遅れてしまいました」
その様子に、吉昌は苦笑した。
「いや、それはいいんだ……あの時私も驚いた。そこから私は陰陽師たちを編成し直していたのだが、結局間に合わなかった……。君があの時、二尾だからと持ち場を離れていたら、白狐を追い詰めることは出来なかっただろう」
「し、しかし白狐は……っ」
結局のところ、白狐が原因の火災ではなかった。
あの時持ち場を離れていたら、白狐は何者にも阻まれず、鬼火を食べ続けていたに違いない。かえってその方が、良い結果になったような気がする。
けれど吉昌は首を振りながら、澄真の言葉を遮った。
「君の言おうとする事は分かる。しかし、相手が妖怪であるということは忘れてはならぬ……!」
「!」
鋭い視線を向けられ、澄真は怯む。
「持ち場を離れ、あの場に陰陽生が全ていなくなった時、白狐が暴れ始めたとしたら、それこそ目もあてられなかった」
吉昌は額に皺を寄せた。確かに妖怪は気まぐれだ。人間の思い通りに動くとは、限らない。
「君が粘ってくれたからこそ、……君の攻撃が白狐を追い詰めたからこそ、白狐はあの青白い玉を出した。そう、私は思う」
「……」
思い返してみても、不思議な玉だった。
あれほど高密度の攻撃を受けて、誰一人怪我をしなかっただけではなく、宗源火の放った鬼火ですら、一瞬に消し去ってしまったのだ。
どのような力なのか、今の状況では解明もままならない。
「結局のところ、私たちは何も出来なかったかも知れないが、きっかけにはなり得た。そうだろう?」
「……しかし私があの時、引いていても白狐は暴れる事などなかったと、思います……」
澄真は素直に伝える。
(あの白狐は、私についた火の粉を払ってくれた……)
陰陽師がいないからといって、暴れるとは到底思えなかった。
吉昌は、小さく笑う。
「確かに、暴れはしなかったかも知れない。しかし、鬼火をそのままに帰ってしまう……とは考えられなかったか……?」
「……あ」
言われて、澄真は黙り込む。
あの状況で、白狐が取るかもしれない行動。
集まり来る人を見て、白狐が帰る可能性を澄真は考えていなかった。
(陰陽師が集まれば、自分に不利だとは分かっているはずだ)
現に澄真が到着してすぐ、白狐は動こうとしなかった。
集まる人に戸惑い、陰陽師が何をし始めるのか、見定めていたのではないだろうか?
「……」
口許に手をあて、考え込む澄真を見て、吉昌は口を開く。
「あの鬼火は特殊だっただろう? 護符を浸した水でも直ぐには消えなかった。白狐のあの玉がなければ、今頃都は火の海だ」
「吉昌さま……」
澄真は、なんとも苦い顔で吉昌を見る。吉昌も、やはり同じ苦い顔で口を開く。
「認めたくはないが、私たちは白狐に救われたのだ。そして、そこまで追い詰めたのは、近くにいた君なんだよ」
「……」
吉昌は、静かに歩を進め始める。
澄真もそれに習い、歩き始める。
「確かに敦康さまの命は、いささか我儘ではあるが、全てが間違いではない」
「……はい」
それは、澄真にも分かる。
白狐を追い詰めるのは、筋が通らない。
けれど、治安を護る陰陽師たちの立場も理解して欲しい。
しかし敦康はそこまで考えられるほど、大人ではない。幼いがうえに、臣下に対する言葉の重みが、まだ理解出来ていないのだ。
「……」
澄真も吉昌も、複雑な表情を見せる。
吉昌は、ホッと息を吐き、言葉を続けた。
「幸いにも白狐には、君の放った捕縛符がついている。焼ききれた所もあるようだから、追跡は難しいかも知れないが、不可能ではない」
そしてこれは言いづらいが……と言いつつ言葉を続ける。
「運悪く見つけられなかったとしても、君の捕縛符だ。……確実に白狐の息の根を止める事が出来るはずだ……」
「……」
「ご下命には背くかも知れないが……それもまた、我々の仕事の一つだ……」
吉昌はポツリと呟く。
「あの時、私の式鬼に白狐の後を追わせられたら良かったのだが、あの光にあてられ、動かせなかった……、すまない」
「な! 何を言われるのです……っ」
吉昌に頭を下げられ、澄真は動揺する。
「……今後も、後処理で大変な目に合うと思うが、よろしく頼む」
「分かっております」
吉昌と澄真は顔を見合わせ、小さく苦笑し、飛香舎を後にした。
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日も明けきれぬ早朝、澄真は青くなって、馬を駆っていた。
昨日、火事騒ぎがあった後、敦康に呼び出され、陰陽頭である吉昌と共に飛香舎へと出向いた。
その後、事後処理や何やらで、結局帰るのが遅くなってしまったのだ。
遅いというより、たった今帰って来たのである。
(まさか黒孤寺から、伝令が来てるとは思わなかった……)
家の者の話だと、伝令が来たのは昨日の夜遅く。
小さな可愛らしい女の子だったので、心配して泊まるように言ったのだが、すぐに帰ったとのことだった。
(……タマだな。こんな町中に下りて来るなんて珍しい)
タマは陰陽師をとても嫌っている。
大好きな瑠璃姫を封じた、嫌な生き物と認識しているのだ。その『嫌な生き物』の巣窟へ、わざわざ伝令となって来たのである。
──狐丸という者の容態が思わしくない。
と、一言残して。
(容態が思わしくない……?)
あんなにも跳び跳ねていた、あれがか? と、澄真は頭を捻る。
しかし体重は、とても軽かった。
風邪でも拗らせたのだろうか? 馬で駆けながら、澄真は思う。
(やはり、連れて帰ればよかった……)
あの荒れ寺では、健康な者も体調を崩すというものだ。
ましてや、あそこには物の怪が棲んでいる。免疫のない人間ならば、妖力に当てられ、倒れることもあるかも知れない。
澄真は歯噛みする。
(よほど悪いのだろうか……)
タマが、わざわざ来るくらいだ。悪いのだろう。
簡単なものであれば、自分にも対処出来る。
陰陽師は悪鬼を祓う他、簡単な医術、薬学、天文学に精通している。
ひとまず、一般的な薬を持ち出し、仕事帰りのまま、馬を走らせた。
色々なことがあって、疲れているはずなのだが、不思議と眠気はない。
(様子を見るまでは、安心できない……)
嫌な予感が払拭出来ない。
血の気が引くとはこの事なのかと、妙に納得しながら、馬を駆った。
次第に夜が明ける。
ピチュピチュピチュ……。
鳥たちが起き出し、愉しげにさえずり始めた。
寺が建っている山の麓につく頃には、柔らかな梔子色の日の光が、木々を明るく染めていた。
× × × つづく× × ×




