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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第四章 手放せないもの
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白虎の処遇

 

「さて、これは困ったものだ……」


 飛香舎(ひぎょうしゃ)からの帰り道、吉昌(よしまさ)がポツリと呟いた。

「全く宮さまには困ったものだ……」

 はぁ、と溜め息をつく。


 澄真(すみざね)は何とも居心地が悪い。

「申し訳ありません。吉昌(よしまさ)さま……」

 気落ちした声で、謝罪の言葉を述べた。


「……」

 吉昌(よしまさ)は、その言葉に足を止め、澄真(すみざね)を振り返る。

「何を言うのだ。澄真(すみざね)……。お前はよくやったではないか」

 驚いたように言葉を掛けた。


「いえ。結局、私は何も出来ませんでした」

 事実である。


 結局、澄真(すみざね)のしたことと言えば、陰陽生(おんみょうのしょう)たちに、火を消すコツを教えたくらいだ。

 あとの方位結界も防護壁も、なんの役にもたたなかった。


「……」


 黙って項垂(うなだ)れる澄真(すみざね)を見て、吉昌(よしまさ)は袖で口許を隠し、ふふふと笑った。

「いやいや、君は良くやったよ」

 言いながら、澄真(すみざね)の肩に手をかける。


「私も、何もしていない訳ではない。あの時の状況は、私の式鬼(しき)に見張らせていてね」

 吉昌(よしまさ)は、澄真(すみざね)を横目で見る。

「その式鬼が言うには、君は白狐を追い詰めていた……と言うのだ」


 吉昌(よしまさ)の言葉に澄真(すみざね)は目を丸くする。

「し、しかし結局は逃げられています……っ」

 苦し紛れに、顔を背ける。


 けれど吉昌(よしまさ)は、小さく首を振った。

「それを言うのならば、私もだ。君たちが白狐と対峙し、暫くして妖狐は二尾となった。そのことは、式鬼(しき)を通して、私もすぐに分かったのだよ」

「!?」


 思わぬ吉昌(よしまさ)の言葉に、目を丸くする。

(まさか、あの場面を知っていたとは……!)

 澄真(すみざね)は怯む。


 まだ調書は書き終えていない。

 簡単な状況説明だけで、吉昌(よしまさ)にはまだ、白狐が二尾であったことを報告していないのである。それなのにもう、全てを知っている……。


 澄真(すみざね)は慌てて頭を下げ、再び謝罪する。

「申し訳ございません。報告が遅れてしまいました」

 その様子に、吉昌(よしまさ)は苦笑した。


「いや、それはいいんだ……あの時私も驚いた。そこから私は陰陽師たちを編成し直していたのだが、結局間に合わなかった……。君があの時、二尾だからと持ち場を離れていたら、白狐を追い詰めることは出来なかっただろう」


「し、しかし白狐は……っ」

 結局のところ、白狐が原因の火災ではなかった。

 あの時持ち場を離れていたら、白狐は何者にも阻まれず、鬼火を食べ続けていたに違いない。かえってその方が、良い結果になったような気がする。


 けれど吉昌(よしまさ)は首を振りながら、澄真(すみざね)の言葉を遮った。

「君の言おうとする事は分かる。しかし、相手が妖怪であるということは忘れてはならぬ……!」


「!」

 鋭い視線を向けられ、澄真(すみざね)は怯む。


「持ち場を離れ、あの場に陰陽生(おんみょうのしょう)が全ていなくなった時、白狐が暴れ始めたとしたら、それこそ目もあてられなかった」

 吉昌(よしまさ)は額に皺を寄せた。確かに妖怪は気まぐれだ。人間の思い通りに動くとは、限らない。


「君が粘ってくれたからこそ、……君の攻撃が白狐を追い詰めたからこそ、白狐はあの青白い玉を出した。そう、私は思う」


「……」

 思い返してみても、不思議な()だった。


 あれほど高密度の攻撃を受けて、誰一人怪我をしなかっただけではなく、宗源火(そうげんび)の放った鬼火ですら、一瞬に消し去ってしまったのだ。

 どのような力なのか、今の状況では解明もままならない。


「結局のところ、私たちは何も出来なかったかも知れないが、()()()()にはなり得た。そうだろう?」


「……しかし私があの時、引いていても白狐は暴れる事などなかったと、思います……」

 澄真(すみざね)は素直に伝える。


(あの白狐は、私についた火の粉を払ってくれた……)

 陰陽師がいないからといって、暴れるとは到底思えなかった。


 吉昌(よしまさ)は、小さく笑う。

「確かに、暴れはしなかったかも知れない。しかし、鬼火をそのままに帰ってしまう……とは考えられなかったか……?」

「……あ」

 言われて、澄真(すみざね)は黙り込む。


 あの状況で、白狐が取るかもしれない行動。


 集まり来る人を見て、白狐が帰る可能性を澄真(すみざね)は考えていなかった。

(陰陽師が集まれば、自分に不利だとは分かっているはずだ)


 現に澄真(すみざね)が到着してすぐ、白狐は動こうとしなかった。

 集まる人に戸惑い、陰陽師が何をし始めるのか、見定めていたのではないだろうか?


「……」

 口許に手をあて、考え込む澄真(すみざね)を見て、吉昌(よしまさ)は口を開く。


「あの鬼火は特殊だっただろう? 護符を浸した水でも直ぐには消えなかった。白狐の()()()がなければ、今頃都は火の海だ」


吉昌(よしまさ)さま……」

 澄真(すみざね)は、なんとも苦い顔で吉昌(よしまさ)を見る。吉昌(よしまさ)も、やはり同じ苦い顔で口を開く。


「認めたくはないが、私たちは白狐に救われたのだ。そして、そこまで追い詰めたのは、近くにいた君なんだよ」

「……」


 吉昌(よしまさ)は、静かに歩を進め始める。

 澄真(すみざね)もそれに習い、歩き始める。


「確かに敦康(あつやす)さまの命は、いささか我儘(わがまま)ではあるが、全てが間違いではない」


「……はい」

 それは、澄真(すみざね)にも分かる。

 白狐を追い詰めるのは、筋が通らない。


 けれど、治安を護る陰陽師たちの立場も理解して欲しい。


 しかし敦康(あつやす)はそこまで考えられるほど、大人ではない。幼いがうえに、臣下に対する言葉の重みが、まだ理解出来ていないのだ。

「……」

 澄真(すみざね)吉昌(よしまさ)も、複雑な表情を見せる。


 吉昌(よしまさ)は、ホッと息を吐き、言葉を続けた。

「幸いにも白狐には、君の放った捕縛符がついている。焼ききれた所もあるようだから、追跡は難しいかも知れないが、不可能ではない」


 そしてこれは言いづらいが……と言いつつ言葉を続ける。

「運悪く見つけられなかったとしても、君の捕縛符だ。……確実に白狐の息の根を止める事が出来るはずだ……」

「……」

「ご下命には背くかも知れないが……それもまた、我々の仕事の一つだ……」


 吉昌(よしまさ)はポツリと呟く。


「あの時、私の式鬼(しき)に白狐の後を追わせられたら良かったのだが、()()()にあてられ、動かせなかった……、すまない」

「な! 何を言われるのです……っ」

 吉昌(よしまさ)に頭を下げられ、澄真(すみざね)は動揺する。


「……今後も、後処理で大変な目に合うと思うが、よろしく頼む」

「分かっております」

 吉昌(よしまさ)澄真(すみざね)は顔を見合わせ、小さく苦笑し、飛香舎(ひぎょうしゃ)を後にした。




 ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤✤••┈┈┈┈••✤••┈┈




 日も明けきれぬ早朝、澄真(すみざね)は青くなって、馬を駆っていた。


 昨日、火事騒ぎがあった後、敦康(あつやす)に呼び出され、陰陽頭(おんみょうのかみ)である吉昌(よしあき)と共に飛香舎(ひぎょうしゃ)へと出向いた。


 その後、事後処理や何やらで、結局帰るのが遅くなってしまったのだ。

 遅いというより、たった今帰って来たのである。


(まさか黒孤寺から、伝令が来てるとは思わなかった……)


 家の者の話だと、伝令が来たのは昨日の夜遅く。


 小さな可愛らしい女の子だったので、心配して泊まるように言ったのだが、すぐに帰ったとのことだった。


(……タマだな。こんな町中に下りて来るなんて珍しい)

 タマは陰陽師をとても嫌っている。


 大好きな瑠璃姫を封じた、嫌な生き物と認識しているのだ。その『嫌な生き物』の巣窟へ、わざわざ伝令となって来たのである。




 ──狐丸という者の容態が思わしくない。




 と、一言残して。


(容態が思わしくない……?)

 あんなにも跳び跳ねていた、()()がか? と、澄真(すみざね)は頭を捻る。


 しかし体重は、とても軽かった。


 風邪でも拗らせたのだろうか? 馬で駆けながら、澄真(すみざね)は思う。


(やはり、連れて帰ればよかった……)


 あの荒れ寺では、健康な者も体調を崩すというものだ。

 ましてや、あそこには物の怪が棲んでいる。免疫のない人間ならば、妖力に当てられ、倒れることもあるかも知れない。


 澄真(すみざね)は歯噛みする。

(よほど悪いのだろうか……)

 タマが、わざわざ来るくらいだ。悪いのだろう。


 簡単なものであれば、自分にも対処出来る。

 陰陽師は悪鬼を祓う他、簡単な医術、薬学、天文学に精通している。


 ひとまず、一般的な薬を持ち出し、仕事帰りのまま、馬を走らせた。

 色々なことがあって、疲れているはずなのだが、不思議と眠気はない。


(様子を見るまでは、安心できない……)


 嫌な予感が払拭(ふっしょく)出来ない。

 血の気が引くとはこの事なのかと、妙に納得しながら、馬を駆った。



 次第に夜が明ける。


 ピチュピチュピチュ……。

 鳥たちが起き出し、愉しげにさえずり始めた。


 寺が建っている山の麓につく頃には、柔らかな梔子(くちなし)色の日の光が、木々を明るく染めていた。





 × × × つづく× × ×


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