白狐の金の瞳
下では相変わらず、澄真が頑張っている。
目が合うと、更に厳しく、ギリっと睨まれる。
『……っ』
澄真の気迫に押され、僕の毛並みがゾワッと逆立った。……何も、そんなに睨まなくったっていいじゃないか……。
『この分だと、いつ祓われてもおかしくニャいニャん……』
諦めにも似た声で、タマが言った。
『凄い集中力だよね……』
敵ながらあっぱれ……とは、この事を言うのかも知れない。
『ねぇ、タマ……』
僕はタマに声を掛ける。
『ん?』
『澄真ってさ、いったい何なの? 陰陽師ってのは、山で聞いたから分かるけど……』
けれど、今の状況を見ていると、かなりの実力を持っているように見える。ただの陰陽師には見えなかった。
妖怪退治において、適切な指示を人与えたり、僕を目の前にして、それでも怯まず対峙出来たりする人間なんて、未だかつて見たことがなかった。
たいていの生き物は、僕を目の前にすると、恐れて逃げて行く。けれど澄真は、人間なのに僕を捕まえようとする……。
『澄真は、あれで優秀ニャのニャん』
タマがぽつりと呟く。
『瑠璃姫さまが封じられているでしょ? あれを穿ったのは和尚さまだけれど、瑠璃姫さまを押さえつけていたのは、澄真ニャん……』
タマは悲しげに続ける。
『澄真はその時、まだ陰陽生ですらニャかったニャ。……瑠璃姫さまも、封じられるのを拒まニャかったせいもあるけれど、それでも、力がニャければ、押さえつけても弾かれるだけだから』
静かに、僕の首に抱きつく。スリスリと、その鼻面を押し付けた。
そっか……と僕は呟く。
もうそろそろ、僕たちは祓られる。
力の強い澄真なら、封じられてもいいかもしれない。だって、あんなに真剣なんだもん。
僕たちは悪いことしてないって思ってる。
……でも多分、僕たちの存在そのものがダメなんだ。
『……』
どちらにしてももう、逃げられない──。
風がふわりと吹いた。
──パチパチパチパチ……。ゴオォォオォォ……。
風に煽られ、宗源火の鬼火が勢いを増す。
術をかけている澄真が、ぴくりと動いた。
火の勢いを気にしているように見えた。
『……』
けれど諦めたように、術に専念する。
その様子を、僕は静かに見下ろす。
『……ねえ』
僕がタマに尋ねる。
『うん?』
『何で、瑠璃姫さまの鬼火では燃えなくて、宗源火の炎だと木は燃えちゃうの?』
僕の素朴な疑問に、タマが呆れかえる。
『それって、今必要ニャ質問ニャのか?』
言いながら、タマはくすりと笑う。
『まあ、いいニャん。……鬼火はニャん、出した者の想いで燃えるのニャん』
『想い……?』
タマはこくりと頷く。
『そうニャん。燃やそうと思えば燃えるし、燃やす気がニャければ燃えニャいニャん。妖怪は『想い』で出来てるニャん。だから、妖怪の力もその『想い』で操れるのニャん』
面白いニャん、とタマが微笑んだ。
そうなんだ……と僕は呟く。
『ねえ、タマ』
僕は再び、呼び掛ける。
『んもぅ! こんニャ切羽詰まったときに何回も何ニャのニャん!』
プリプリとタマは怒った。
そんなタマに、僕は苦笑いを返す。
『ご、ごめん。でも、これが最後』
言って、にやっと笑う。
──絶対二人で一緒に、……寺に帰ろうね!!
『!』
タマの目が驚いてた。
僕は諦めるのをやめた。
僕は死なない。
タマも死なない。僕が死なせない。
もちろん、陰陽師のみんなだって!
みんなみんな、誰かの為に戦ってる!
怖くても我慢して、必死に立ち向かう。
そんな人たちをなくしたくない。
間違った事をしてないなら、堂々としてればいい。
僕は僕の『想い』で、この力を使おう。
絶対に、後悔なんてしたくない──!
僕はそう言って、驚くタマを背に乗せた、ふわりと空に駆け出した。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
時折、激しい風が吹いた。
風が吹く度に、木々についてる鬼火が勢いを増す。
「……っ」
火の勢いが強くなれば、いずれ民家が犠牲になる。
出来れば、それを食い止めたいかったが、それは澄真の仕事ではない。
動きたいのをぐっとこらえ、自分の仕事に専念する。
ここで動けば、陰陽生も生きる道を失う。
陰陽生が倒れれば、火事どころの騒ぎではない。
(早く決着をつけたい……!)
澄真は、白狐を睨んだ。
「……っ」
白狐は静かに、澄真を見下ろし、相変わらず青い鬼火を吐いている。
近くの木がパチパチと燃え始める。
火の粉がパラパラ……と、澄真を襲った。
チリチリと髪が焦げた。
「……っ」
熱さに身を捩りながら、けれど澄真は動けずにいた。
あと少し……あと少しで結界を張り終える……そしたら──。
「!」
突然、白狐が動いた!
澄真は身を強ばらせる。
(結界は、まだ張り切れていない……っ)
焦りが畏れとなって、澄真を襲う。
けれど護りの風式神を呼び出している。滅多なことではやられない。
「……っ、」
グッと自分の恐怖に耐えた。
(まだ、大丈夫だ……)
多少の攻撃には、自力で耐えるしかない。
(風式神がいるのだ。結界を張るまで、自力でも何とか耐えられるだろう)
しかし、他の者を襲うようであれば、そちらへ向かうしかない。
「……っ」
(どう出る……?)
澄真は身構えた。
そんな澄真を嘲笑うかのように、白狐はトンっと軽い音を立てて、目の前に降り立った。
「なっ!」
澄真は目を見張った。
何故か、自分を護るように召喚した風式神が、全く動かない。こんな事は今まで、一度も経験したことがない。
風式神はそれでも、じっと白狐を見てはいる。が、敵視していないようだ。攻撃しようとはしない。
(……っ、どういう事だ!?)
澄真は身を強ばらせる。
(……っ、近い!)
気づけば白狐は、風式神を軽く飛び越え、目の前にいる。
金色の目が、じっと澄真を見た。
(……っ、金……の目……?)
どこかで見た……。
けれどそれは、どこでだったか……。
思いもよらぬ近さに、澄真は息を呑んだ。
これ程の大ギツネ、噛みつかれでもしたら、一貫の終わりだ。
ぐっと身を強ばらせていると、白狐の二本の尾が動いた。
──パタパタパタ……。
「……っ!?」
澄真の思考が止まる。
(こいつ……何をしてる!?)
白狐はこともあろうに、澄真にふりかかった火の粉を、自分のしっぽで叩いている。
「な……!?」
明らかに予想外の、白狐の行動に、澄真は動揺する。
そんな澄真をよそに、火の粉を叩き終わった白狐は、何を思ったのか、澄真の頬をペロリとひと嘗めた。
「……っ!」
嘗められて、澄真は戦慄いた。
まさか、嘗められるとは思わない。
驚いて、空いた手で、舐められた頬に触れた。
ザラっとした舌の感覚が、未だその頬に残っている。
次は何をする気だと睨むと、白狐は興味を失ったように、木の上に戻って行った。
木の上に戻った白狐は、今度は、その木を嘗めた。
「……」
澄真は、眉をしかめ、白狐の様子を窺う。
白狐は飛び火したその炎を舐めていた。
炎は特殊な炎で、水を掛けても消えず、護符を浸したもので、やっとどうにか勢いが収まる程の威力だった。
(……舐めて、どうしようと言うのだ……)
澄真は眉を寄せる。
けれどその炎は、白狐が舐めとると、簡単に消えた。
どうやら火を消しているようだ。
(……いや、食べている……?)
軽い驚きが、澄真を包む。
火をつけたのは、白狐ではなかったか?
(何故、自分でつけた火を舐めとる……?)
よく見ると、白狐は鬼火を口の中に入れていた。
ペロリペロリと白狐が鬼火を食べると、火は消えていき、代わりにその体が少しずつ光り始める。
(……!? 何かの術か?)
澄真は、目を見張る。
「澄真さま! 四方の守りは完了しました!」
蒼人が戻って来た。
白狐の様子が気になるが、迷っている暇はない。
(一気に決着を決める……!)
澄真は心を決めると、蒼人に指示を出した。
× × × つづく× × ×




