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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第三章 襲い来る物の怪。
35/50

白狐の金の瞳

 下では相変わらず、澄真(すみざね)が頑張っている。


 目が合うと、更に厳しく、ギリっと睨まれる。

『……っ』

 澄真(すみざね)の気迫に押され、僕の毛並みがゾワッと逆立った。……何も、そんなに睨まなくったっていいじゃないか……。


『この分だと、いつ祓われてもおかしくニャいニャん……』

 諦めにも似た声で、タマが言った。


『凄い集中力だよね……』

 敵ながらあっぱれ……とは、この事を言うのかも知れない。


『ねぇ、タマ……』

 僕はタマに声を掛ける。

『ん?』


澄真(すみざね)ってさ、いったい何なの? 陰陽師ってのは、山で聞いたから分かるけど……』

 けれど、今の状況を見ていると、かなりの実力を持っているように見える。ただの陰陽師には見えなかった。



 妖怪退治において、適切な指示を人与えたり、僕を目の前にして、それでも怯まず対峙出来たりする人間なんて、未だかつて見たことがなかった。


 たいていの生き物は、僕を目の前にすると、恐れて逃げて行く。けれど澄真(すみざね)は、人間なのに僕を捕まえようとする……。


澄真(すみざね)は、あれで優秀ニャのニャん』

 タマがぽつりと呟く。


『瑠璃姫さまが封じられているでしょ? あれを穿(うが)ったのは和尚さまだけれど、瑠璃姫さまを押さえつけていたのは、澄真(すみざね)ニャん……』

 タマは悲しげに続ける。


澄真(すみざね)はその時、まだ陰陽生ですらニャかったニャ。……瑠璃姫さまも、封じられるのを拒まニャかったせいもあるけれど、それでも、力がニャければ、押さえつけても弾かれるだけだから』

 静かに、僕の首に抱きつく。スリスリと、その鼻面を押し付けた。

 そっか……と僕は呟く。


 もうそろそろ、僕たちは()られる。

 力の強い澄真(すみざね)なら、封じられてもいいかもしれない。だって、あんなに真剣なんだもん。

 僕たちは悪いことしてないって思ってる。


 ……でも多分、僕たちの存在そのものがダメなんだ。

『……』


 どちらにしてももう、逃げられない──。





 風がふわりと吹いた。




 ──パチパチパチパチ……。ゴオォォオォォ……。




 風に煽られ、宗源火(そうげんび)の鬼火が勢いを増す。

 術をかけている澄真(すみざね)が、ぴくりと動いた。


 火の勢いを気にしているように見えた。

『……』

 けれど諦めたように、術に専念する。


 その様子を、僕は静かに見下ろす。



『……ねえ』

 僕がタマに尋ねる。


『うん?』

『何で、瑠璃姫さまの鬼火では燃えなくて、宗源火(そうけんび)の炎だと木は燃えちゃうの?』

 僕の素朴な疑問に、タマが呆れかえる。


『それって、今必要ニャ質問ニャのか?』

 言いながら、タマはくすりと笑う。

『まあ、いいニャん。……鬼火はニャん、出した者の想いで燃えるのニャん』

『想い……?』

 タマはこくりと頷く。


『そうニャん。燃やそうと思えば燃えるし、燃やす気がニャければ燃えニャいニャん。妖怪は『想い』で出来てるニャん。だから、妖怪の力もその『想い』で操れるのニャん』

 面白いニャん、とタマが微笑んだ。


 そうなんだ……と僕は呟く。

『ねえ、タマ』

 僕は再び、呼び掛ける。


『んもぅ! こんニャ切羽詰まったときに何回(ニャんかい)(ニャん)ニャのニャん!』

 プリプリとタマは怒った。


 そんなタマに、僕は苦笑いを返す。

『ご、ごめん。でも、これが最後』

 言って、にやっと笑う。




 ──絶対二人で一緒に、……寺に帰ろうね!!




『!』

 タマの目が驚いてた。

 僕は諦めるのをやめた。

 僕は死なない。

 タマも死なない。僕が死なせない。


 もちろん、陰陽師のみんなだって!


 みんなみんな、誰かの為に戦ってる!

 怖くても我慢して、必死に立ち向かう。


 そんな人たちをなくしたくない。


 間違った事をしてないなら、堂々としてればいい。

 僕は僕の『想い』で、この力を使おう。

 絶対に、後悔なんてしたくない──!



 僕はそう言って、驚くタマを背に乗せた、ふわりと空に駆け出した。




 ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤✤••┈┈┈┈••✤••┈┈




 時折、激しい風が吹いた。

 風が吹く度に、木々についてる鬼火が勢いを増す。



「……っ」


 火の勢いが強くなれば、いずれ民家が犠牲になる。

 出来れば、それを食い止めたいかったが、それは澄真(すみざね)の仕事ではない。


 動きたいのをぐっとこらえ、()()()()()に専念する。


 ここで動けば、陰陽生も生きる道を失う。

 陰陽生が倒れれば、火事どころの騒ぎではない。


(早く決着をつけたい……!)


 澄真(すみざね)は、白狐を睨んだ。


「……っ」

 白狐は静かに、澄真(すみざね)を見下ろし、相変わらず青い鬼火を吐いている。


 近くの木がパチパチと燃え始める。

 火の粉がパラパラ……と、澄真(すみざね)を襲った。


 チリチリと髪が焦げた。

「……っ」


 熱さに身を捩りながら、けれど澄真(すみざね)は動けずにいた。

 あと少し……あと少しで結界を張り終える……そしたら──。



「!」


 突然、白狐が動いた!

 澄真(すみざね)は身を強ばらせる。


(結界は、まだ張り切れていない……っ)

 焦りが畏れとなって、澄真(すみざね)を襲う。

 けれど護りの風式神(ふうしきしん)を呼び出している。滅多なことではやられない。


「……っ、」

 グッと自分の恐怖に耐えた。

(まだ、大丈夫だ……)


 多少の攻撃には、自力で耐えるしかない。

(風式神がいるのだ。結界を張るまで、自力でも何とか耐えられるだろう)


 しかし、他の者を襲うようであれば、そちらへ向かうしかない。

「……っ」


(どう出る……?)

 澄真(すみざね)は身構えた。



 そんな澄真(すみざね)を嘲笑うかのように、白狐はトンっと軽い音を立てて、目の前に降り立った。


「なっ!」

 澄真(すみざね)は目を見張った。


 何故か、自分を護るように召喚した風式神が、全く動かない。こんな事は今まで、一度も経験したことがない。

 風式神はそれでも、じっと白狐を見てはいる。が、敵視していないようだ。攻撃しようとはしない。


(……っ、どういう事だ!?)

 澄真(すみざね)は身を強ばらせる。


(……っ、近い!)

 気づけば白狐は、風式神を軽く飛び越え、目の前にいる。

 金色の目が、じっと澄真(すみざね)を見た。

(……っ、金……の目……?)

 どこかで見た……。

 けれどそれは、どこでだったか……。


 思いもよらぬ近さに、澄真(すみざね)は息を呑んだ。

 これ程の大ギツネ、噛みつかれでもしたら、一貫の終わりだ。


 ぐっと身を強ばらせていると、白狐の二本の尾が動いた。




 ──パタパタパタ……。




「……っ!?」


 澄真(すみざね)の思考が止まる。

(こいつ……何をしてる!?)


 白狐はこともあろうに、澄真(すみざね)にふりかかった火の粉を、自分のしっぽで(はた)いている。


「な……!?」

 明らかに予想外の、白狐の行動に、澄真(すみざね)は動揺する。


 そんな澄真(すみざね)をよそに、火の粉を(はた)き終わった白狐は、何を思ったのか、澄真(すみざね)の頬をペロリとひと()めた。


「……っ!」


 嘗められて、澄真(すみざね)戦慄(わなな)いた。

 まさか、嘗められるとは思わない。


 驚いて、空いた手で、舐められた頬に触れた。

 ザラっとした舌の感覚が、未だその頬に残っている。


 次は何をする気だと睨むと、白狐は興味を失ったように、木の上に戻って行った。

 木の上に戻った白狐は、今度は、その木を嘗めた。



「……」

 澄真(すみざね)は、眉をしかめ、白狐の様子を窺う。

 白狐は飛び火したその炎を舐めていた。

 炎は特殊な炎で、水を掛けても消えず、護符を浸したもので、やっとどうにか勢いが収まる程の威力だった。

(……舐めて、どうしようと言うのだ……)

 澄真(すみざね)は眉を寄せる。


 けれどその炎は、白狐が舐めとると、簡単に消えた。

 どうやら火を消しているようだ。


(……いや、()()()()()……?)

 軽い驚きが、澄真(すみざね)を包む。

 火をつけたのは、白狐ではなかったか?


(何故、自分でつけた火を舐めとる……?)


 よく見ると、白狐は鬼火を口の中に入れていた。

 ペロリペロリと白狐が鬼火を食べると、火は消えていき、代わりにその体が少しずつ光り始める。


(……!? 何かの術か?)

 澄真(すみざね)は、目を見張る。



澄真(すみざね)さま! 四方の守りは完了しました!」

 蒼人(あおと)が戻って来た。

 白狐の様子が気になるが、迷っている暇はない。


(一気に決着を決める……!)

 澄真(すみざね)は心を決めると、蒼人(あおと)に指示を出した。





 × × × つづく× × ×


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