澄真と白狐の対峙
蒼人たち陰陽生に方位結界の支援を頼んだ後、澄真は、護りの護符を起動させる。
「急急如律令! 風式神我を護れ……!」
唱えるがいなや、風が舞い、澄真の前に集まると、透明の人物が現れた。
──御意。
透明の人物はそう答えると、澄真と白狐の間にふわりと座る。
それを見ると澄真は、ホッと小さく溜め息をついて、地に手をつきながら、術をかけた。
四方の結界は一人でも出来るが、他の人間と協力することで、強固な結界を作り上げることが出来る。
澄真の作り上げる結界を基礎として、蒼人たち陰陽生が力の支援を行う。その為、蒼人たちの支えが完了するまで、術から手を離せない。
無防備この上ないのだが、確実に仕留めるには、この方法が最適だ。
(ましてや、あの白狐……。鬼火の量が、異常だ……)
澄真は唸る。
目の前の《一尾》は、成長して《二尾》となった。本来なら、澄真や陰陽生の手には負えない。現役バリバリの陰陽師の仕事なのである。
無理をする必要は全く無く、正規の陰陽師が来るのを待ってればいいだけの話だ。
(……)
けれど、澄真の脳裏には、悲しげな瑠璃姫の顔が浮かんだ。
「……」
陰陽生のことを思えば、何もせず引いた方がいい。
けれど、本格的に陰陽師が出てくれば、白狐は祓われ、瑠璃姫との約束は護れなくなる。
いくら規格外と言っても、一般的な妖怪と比べたらの話で、力からすると今の瑠璃姫にすら遠く及ばない。
祓おうと思えば、澄真一人でもどうにかなりそうだ。だが、瑠璃姫の願いの件がある……。
「……っ」
そこまで思って、澄真は、激しく頭を振った。
(違う。……違うだろ……!)
自分はけして、妖怪の為に動いているわけではない。たとえ知人であろうとも、瑠璃姫は倒すべき妖怪だ。
澄真は、キッと前方を見据えた。
そこには狙うべき相手、白狐が悠然と長い尾を揺らしながら、鎮座している。
(……そうだ。違う。……私は、今のこの状況をどうにかしなければならない)
澄真は、辺りを見廻した。
ボウボウと音を立てながら、辺りの木々が燃え盛っている。手をこまねけば、こまねくほど、火は広がっていく。
これ以上広がれば、もう手はつけられない。
今は草木が燃えているだけだが、一度民家に燃え移れば、都は火の海となる。そうなれば手が付けられない。多くの犠牲者が出るのが目に見えていた。
(瑠璃姫のためではない。人のためだ……!)
強力な結界で囲めば、炎の流出も防ぐことが出来る。
もちろん目の前に白狐程度なら、自由に移動することも出来なくなるはずだ。
今の時点で、陰陽生の命を護り、自分の力では手に負えませんと、もろ腕上げて逃げることも許されるだろう。けれど代わりの陰陽師が来るまで、白狐は野放しになる。
だから今、多少のリスクを負ったとしても、方位結界を張ろうと思った。
白狐に暴れられては一巻の終わり。
理由はそれで、十分だ。
「……」
幾分、言い訳じみていたが、澄真は、自分に言い聞かせるように、その事を心に刻みつける。
グッと歯を食いしばった。
(そう、だ……。まだ、諦めるわけにはいかない……!)
澄真は、辺りの様子を窺った。
都に住む者たちだけではない。
何かあれば、陰陽生たちも助けなければならない。
妖狐が思いのほか力を持っていることが分かった今、一番重要視しなければいけないのは、白狐退治などではない。
これ以上の炎の延焼を防ぎ、全ての人員を安全に帰すこと、……である。
何故、このような状況になったのか情報を手に入れ、妖狐を退散させれば上々と言ったところか。
しかし、この状況はおかしい。
「……」
澄真は、木の上に鎮座する、白狐を見上げた。
穏やかな眼差しを向け、白狐は全く動かないのである。
今、自分は無防備だ。襲うチャンスは今しかない。
太く長いしっぽを、ゆっくり揺らし、じっとこちらを窺っている白狐には、争うつもりはないようにも見える。
澄真は顔をしかめた。
(何を考えてる……?)
白狐にどれほどの知能があるのか、分からない。
少なくとも、瑠璃姫に関して言えば、言葉の受け答えを聞いているなかで、愚かな感じは受けない。
むしろ、知能は高いように思えた。
それと同じ妖狐。
目の前の白狐も、愚かではないように思える。
(動かないのは、何か策があるからか……?)
澄真は、ギリリと歯ぎしりをする。
けれど術式を展開している澄真にとって、それは好都合でもある。
(そのまま、動くなよ……)
冷や汗を流しながら、澄真は、未だ動こうとしない白狐を、ギリと睨んだ。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
《……うーん。どうしよう……》
白狐……僕は正直、困っていた。
本当のところ、町中に来たのは、澄真から離れるためだったのに、なんでこんな事になっちゃったの?
目の前の澄真を見下ろす。
《どうなの? これって……》
結局、逃げ出せなかった。
と言うか、状況は最悪だ。
黒狐寺では人として出会ったのに、今は正に敵味方。目の前の澄真は明らかに僕を敵視して狩ろうとしている。
やばい。絶対にやばい……。
僕はじーっと澄真を見る。
澄真は、陰陽師でも上の立場のようだ。
近くにいた年若い陰陽師に、何事か指示を下すと、地面に片膝をつき、僕を睨んだ。そしてそこから動かない。
何かの術を組み上げてるってタマは言ったけどさ、僕、敵対しようとか思ってないんだよ? 本当だよ? だって向こうの方が強いもの。
術を展開すると無防備になるからだろう。澄真は、地に手を着く前に、護符で風式を召喚した。
僕と澄真の間には今、透明の人物が鎮座している。
『……』
見た目透けていて、吹けば飛んでしまうんじゃ? なんて僕は一瞬思ったんだけど、まさかそんな事はない。あの澄真が出したんだし。弱々しく見えても、あれはアレで、強い霊力を感じる。
《澄真って、何者なんだろ……?》
僕は眉を寄せる。
襲ってくる様子がないから、ひとまず様子を見ているんだけれど、澄真はやっぱり怖い。
ギリと睨まれて、僕は少し怯む。けれどどうしたらいいのか分からなくって、そこからの身動きはとれないでいる。
飛んで攻撃を仕掛けて来ることも、何かの護符を投げるでもなく、じっと地に手をつき、僕をじっと睨むだけ。
術を組み上げてるってのは分かるんだ。でも、澄真なら僕のことあっという間に祓えるって思うんだ。だけどそれをしない。
それをしないって、どういう事なんだろう?
澄真は、瞬きひとつすら、していないように思えた。おかげで、僕ははその場を動くことが出来ない。だって怖くって。
《すっごく、睨んでるよぅ……》
内心、泣き出したい気分だ。なんでそんなに睨むの? 僕が何したって言うの?
なんで、こんな事になったのか……。
そもそも地上に降りたのも、妖怪に追いかけられていた子どもを、助けようとしただけなんだ。そのどこがいけなかったの?
宗源火が吐いた鬼火を回収してたのに、何故だか僕は悪者になっている。
助けた子どもの無事が確認できたんだから、僕がここにいる理由は既にない。
プルプルと震えながら、僕は背中のタマに呼び掛ける。
『ねえ、タマ。もう帰ろうか……。帰ろうよぅ……』
僕は情けない声を出す。
どう考えてみても、この状況は良いとは言えない。むしろ最悪だ。
けれどタマは、溜め息をつく。
『帰りたいのは、やまやまニャん。でも、この包囲網を抜け出る自信がニャいニャん……』
耳を伏せ、タマは悲しげに言う。
炎を消す手伝いをすれば、助かると思ってた。けれどそれは大きな間違いで、逆に取り囲まれてしまう。
もう、どうしろっていうの……!
澄真の術は、もうすぐ完成しそうだ。しかもなんだか、周りから圧迫されるような気配がじわじわ近づいてくる。
逃げ場なんて、ないじゃないか……!
『……っ』
僕は歯ぎしりする。
所詮、人間って上辺しか見ないんだって思った。
『タマ……』
僕はタマを呼ぶ。
どうにかタマだけでも逃がしてやりたい。
けれど、目の前にいる澄真の隙をついて逃げるのはどう考えても、無理だ。
目を凝らすと、地面についている手から、未だ何かしらの力が流れ出ている。
早いところ、ここから逃げた方がいい。
『ねえ、タマ。タマは見た目が猫だから、そのままこっそり抜け出るとか出来ない?』
僕は尋ねてみる。
きっとタマなら上手くいくはずだ。
けれど、タマは怒った。尋ねられたことが不愉快だったらしく、僕の耳に噛みついたんだ!
『い、痛い痛い! タマ! やめて! 何するの!!』
『何するのじゃニャいニャん……! お前を置いて、帰れるわけニャいニャん……!!』
悔しげに顔をゆがめて、タマは怒る。
『嫌ニャこと言うニャよ……』
震える声で、タマは呟く。
グリグリと、その頭を僕の首筋に寄せた。
『……泣いてる……の?』
妖怪は泣かないことは誰もが知っている。
だけど泪が流れないからって、心が泣いていないって事にはならない。僕たちだって、やっぱり悲しいって思うし、時には泣きたくなる。
『ニャ、泣いてなんかニャいニャ。妖怪は泣かニャいニャ……』
言ってはいけない事を言ったのだと悟り、僕は後悔する。
僕たちは、泣きたくても泣けない。
『う。……ご、ごめん』
悲しませるつもりは、なかった。
『それにどのみち、ここまで固められたら、出るに出られニャい』
タマが下を覗きながら、ポツリと言う。
確かにタマの言う通りだ。
澄真の敷いた包囲網は完璧で、どこからも逃げられそうにない。
それに加えて、周りにいる陰陽師たちは術を繰り出している。不用意に動けば、それだけで罠にかかる可能性も否めない。
『ここはひとまず様子を見るニャん』
タマの言葉に、僕も同意する。
『うん』
頷いて僕は、注意深く辺りを見廻した。
もう、どうする事も、出来なかった……。
× × × つづく× × ×




