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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第三章 襲い来る物の怪。
33/50

狐丸の見たもの

 

 《困った……》

 僕は唸る。


 ぐずぐずしていたら、人が集まって来た。逃げるタイミングを完全に失ってしまった。

 本当は、すぐに逃げようって、頑張ったんだよ? だけど逃げようとすると、何か知らないけれど、パチパチする物が飛んできて、思うように動けない。


『ああっ! もうっ!! 邪魔しないでよっ』

 ぐああぁぁーっ!! と威嚇するが、なかなか逃げてくれない。ホント人間って弱いの? 強いの?

 一瞬怯むくせに、絶対諦めないんだから……!


 これじゃ、キリがない。


『しょ、しょうがニャいニャん。逃げられないのニャら、人間たちを手伝ってみるニャん。ひとまず、近くの鬼火から消して、仲間だと分かれば、逃がしてくれるニャ……』

『……うん。分かった』

 タマに言われて、自分の鬼火を吹き掛けつつ火を消していく。

 ジュワッと音を立てて、鬼火は消えていく。


『ね、ねぇ、タマ? ……こほこほ……!』

 僕は、あることに気づいて、タマに話しかける。


『ニャ、……何ニャんニャのニャん、……? こほこほ……』

『火を消すのは……こほ……いいけれど、これ……こほこほ……煙、すごっ……』

 二人で咳き込みながら、木の間を跳ぶ。



『この煙って、どうにかならないの……?』

 僕はタマに訊ねるが、タマもどうしようもないらしい。

 大きな目に涙を浮かべながら、必死に耐えているようだ。


『……』

 ここまでしなくても、もうあとは人に任せてしまえば……と、僕は思う。だって、僕たちのこと、本当に仲間って認識してくれてるんだろうか?

 なんだか違う気がする。


 周りには結構な人が集まって来ている。


 先ほどの子どもも、ずいぶん前に保護され、今はもう、ここにはいない。

 助けるハズの子どもがいなくなって、僕たち二人の目的は既にない。


 この際、この煙に紛れて、寺に帰ろう……と思っていたとき、ぶわっと一陣の風が吹いた。


 思わず目をつぶった。僕の長い尾が、風に揺らぐ。

『!?』


 風は明らかに不自然で、僕は驚く。

 何が起こったんだろうと、あわてて辺りを見廻した。


 風のお陰で、視界は良好だ。

 腹一杯に、新鮮な空気を吸い込んだ。


 新鮮な空気とは、こんなにも美味しかったのか……。妙なところで納得しながら、僕は風を満喫する。



『げっ!』

 不意に、背中に乗せているタマから、変な声が上がる。

 僕は、何事かとタマを覗いてみる。


『あ。……あぁ……やばいニャん。やばいニャん。あそこに澄真(すみざね)がいるニャん……』

『え"?』

 タマの声に、僕は青くなる。

 僕はそろりとタマの目線の先を見た。



 そこには、底光りするような、灰色の目を光らせた、先ほどの澄真(すみざね)がこちらを睨んでいる。


『ひぅ……っ!』

 思わず、悲鳴をあげた。

 何あの眼光……かなり怖いんだけど……っ。


 瑠璃姫と言い合いをしていたときと同じような、殺気だった気配に、僕の毛が逆立つ。


 ゾワゾワとした感情が隠せず、グルルルル……っと思わず澄真(すみざね)を威嚇した。


『ばっ! やめるのニャん! 絶対に勝てっこニャいニャん!』


 タマに言われ、頭では分かっているのに、体が言うことをきかない。グルルルル……と威嚇しつつ、体の奥底が沸騰しそうに熱い。


 《……な、何? これ……》



 意思とは関係なしに、体が自然に攻撃態勢を取る。

 不意にしっぽが持ち上がる……。


『ニャ、狐丸……?』

 耳元でタマの不安気な声が聞こえた。

 だけど、それに答えることは出来ない。


『う……ぐぅ……。ぐああぁぁーっ!!』




 ──《熱いぃ……っ!!》




 体の奥が熱くて仕方がない。

 思わず唸り声を上げる!


 それと共に、しっぽに力が集まるのを感じた。


 カッと目を見開いた瞬間!

 持ち上がったそのしっぽから、針のようなものが放たれる。


『!』




 ──シュッシュッ!





 針が真っ直ぐ澄真(すみざね)と、その近くにいる陰陽師に向かって飛んでいく。


『ひっ……!』

 当たる! と僕は身構えた。


 けれど澄真(すみざね)は、驚くほどの身軽さで、その針を避けていった。服にすら、(かすり)もしない。

 すご……。


 けれど余計恐ろしくなる。

 僕はゴクリと唾を飲む。


 一緒にいた陰陽師も同様だったから、もしかしたら万が一の時のために、訓練しているのかも知れない。……恐るべし、陰陽師……。


 思わぬ自分の攻撃に、僕は唖然(あぜん)となる。



 《……こ、この針は、いったいなに!?》

 思わず自分の尾から放たれていく、謎の針を目で追った。針は止まらない。

 え"? これどうやれば、止まるの?


 《あ。澄真(すみざね)だ……》

 見知った人影を無意識に追う。




 ──シュタタタタタタ……。




 目線と同じ方向に、しっぽの針も移動する……!

『あわわわわ……』

 目が澄真(すみざね)を追うと共に、しっぽの針も、それに従う。


 僕は動揺する。

 《や、やめて……!》


 僕は思わず、ギュっと目を閉じた。

『……狐丸! 攻撃が来るニャん……!』


 目を閉じた瞬間に、タマが叫ぶ。

 え! なんだって!?


 澄真(すみざね)が護符を構えた。

 うわ……めちゃくちゃやばい気が集まってる……。




 ──「急急(きゅうきゅう)如律令(にょりつりょう)穿(うが)て!」




『ひっ……』

 何が、ものすごい速さで飛んでくる!


『! タマ! しっかり掴んでて!!』

 雷撃が飛んで来るのが見えて、僕はそう叫ぶと、思いっきり宙返りをした。


『うぐ……っ!』

 間一髪で避ける!


 シュタ……ッ! と着地する。


 後方で、稲光が霧散する音が響いた。

 うわ……なに、あの威力……。僕はゾッとする。




 ──ピシッピシッピシッ……。




『……か、はっ。あ、危なかった……』

 急に動いたからか、頭を使いすぎたからか、頭までズキズキしてきた。


 《背中にはタマがいるんだぞ、もう逃げなきゃ……!》

 頭痛と体の熱さをこらえ、自分を奮い起こすために、尾を一振りした。しっぽがなんだか変だった。

 逃げるにしても、このしっぽをどうにかしないと、飛べそうにない。


 けれどしっぽを叩きつけた途端、全身に激痛が走る!



『ぐぅ……っ!』

 耐えようとしたけれど、耐えられない!?


 喉から、唸り声が上がる。

『……う……があぁ……!』


 体の中から湧いて出るような痛みに、思わず叫び声をあげる!




 ── バリバリバリ……!




『……っ!』

 変な衝撃をしっぽに感じた。


 今まで感じたことのない衝撃を受け、僕は体を強ばらせる。

 バリバリという音ともに、僕のしっぽが音を立てた。まるで裂けていくかのようなその激痛に、ひどい目眩を覚えた。


『はぁ、はぁ、はぁ……』

 激痛が収まり、僕は荒い息を吐く。

 痛い。めちゃくちゃ痛かった……。


 でも、もう大丈夫。

 これならどうにか帰れそうだ。


 何故だか力が湧いてくる!

 ウキウキして僕はしっぽを持ち上げた。


『……え?』

 ……何かが変だ。


 そろりと僕は自分のしっぽを覗き見た。

 途端に、僕の目が丸くなる。


『う、うわああぁぁー!!』


 僕の悲鳴に、タマが毛を逆立てる!

 そして恐る恐る僕の目線の先を見た。そこでタマが見たモノは、──!



 何故? どうして? どうしてそうなった? 全く、理解できない。理解できないが、今目の前にある状況は事実だ。僕の……僕のしっぽが完全に、二つに割れていた。


『ど、ど、ど、どうしたニャん? え? ふ、ふにゃああぁぁー!!』

 二人の絶叫が響く。


『ど、どうしよう……。お尻、割れちゃった……』

 泣きべそをかきながら、僕が言う。


『き、狐丸落ち着くニャん。あれは『尻』じゃニャく、『しっぽ』ニャ。これは成長ニャん。狐丸は九尾にニャるのだろう? ならば、これしきのことで、驚いてはいけないニャん』

 タマに言われ、落ち着きを取り戻す。


『え? そ、……そだね……』

 僕は、頷くが、動揺が隠せない。


 胸の鼓動が早い。

 ドキドキと心臓が爆発しそうだ。


 不思議なことに、尾が二つに割れた途端に、胸の奥から沸き上がるような熱さも、頭痛も綺麗になくなった。


『……あ、れ?』

 それどころか、いつもよりも清々しいほどの気分に、僕は少し不安を覚えた。




 ──今なら、何でも出来る……!




 僕は、そんな気持ちになっていたのだ。





 × × × つづく× × ×


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