狐丸の見たもの
《困った……》
僕は唸る。
ぐずぐずしていたら、人が集まって来た。逃げるタイミングを完全に失ってしまった。
本当は、すぐに逃げようって、頑張ったんだよ? だけど逃げようとすると、何か知らないけれど、パチパチする物が飛んできて、思うように動けない。
『ああっ! もうっ!! 邪魔しないでよっ』
ぐああぁぁーっ!! と威嚇するが、なかなか逃げてくれない。ホント人間って弱いの? 強いの?
一瞬怯むくせに、絶対諦めないんだから……!
これじゃ、キリがない。
『しょ、しょうがニャいニャん。逃げられないのニャら、人間たちを手伝ってみるニャん。ひとまず、近くの鬼火から消して、仲間だと分かれば、逃がしてくれるニャ……』
『……うん。分かった』
タマに言われて、自分の鬼火を吹き掛けつつ火を消していく。
ジュワッと音を立てて、鬼火は消えていく。
『ね、ねぇ、タマ? ……こほこほ……!』
僕は、あることに気づいて、タマに話しかける。
『ニャ、……何ニャんニャのニャん、……? こほこほ……』
『火を消すのは……こほ……いいけれど、これ……こほこほ……煙、すごっ……』
二人で咳き込みながら、木の間を跳ぶ。
『この煙って、どうにかならないの……?』
僕はタマに訊ねるが、タマもどうしようもないらしい。
大きな目に涙を浮かべながら、必死に耐えているようだ。
『……』
ここまでしなくても、もうあとは人に任せてしまえば……と、僕は思う。だって、僕たちのこと、本当に仲間って認識してくれてるんだろうか?
なんだか違う気がする。
周りには結構な人が集まって来ている。
先ほどの子どもも、ずいぶん前に保護され、今はもう、ここにはいない。
助けるハズの子どもがいなくなって、僕たち二人の目的は既にない。
この際、この煙に紛れて、寺に帰ろう……と思っていたとき、ぶわっと一陣の風が吹いた。
思わず目をつぶった。僕の長い尾が、風に揺らぐ。
『!?』
風は明らかに不自然で、僕は驚く。
何が起こったんだろうと、あわてて辺りを見廻した。
風のお陰で、視界は良好だ。
腹一杯に、新鮮な空気を吸い込んだ。
新鮮な空気とは、こんなにも美味しかったのか……。妙なところで納得しながら、僕は風を満喫する。
『げっ!』
不意に、背中に乗せているタマから、変な声が上がる。
僕は、何事かとタマを覗いてみる。
『あ。……あぁ……やばいニャん。やばいニャん。あそこに澄真がいるニャん……』
『え"?』
タマの声に、僕は青くなる。
僕はそろりとタマの目線の先を見た。
そこには、底光りするような、灰色の目を光らせた、先ほどの澄真がこちらを睨んでいる。
『ひぅ……っ!』
思わず、悲鳴をあげた。
何あの眼光……かなり怖いんだけど……っ。
瑠璃姫と言い合いをしていたときと同じような、殺気だった気配に、僕の毛が逆立つ。
ゾワゾワとした感情が隠せず、グルルルル……っと思わず澄真を威嚇した。
『ばっ! やめるのニャん! 絶対に勝てっこニャいニャん!』
タマに言われ、頭では分かっているのに、体が言うことをきかない。グルルルル……と威嚇しつつ、体の奥底が沸騰しそうに熱い。
《……な、何? これ……》
意思とは関係なしに、体が自然に攻撃態勢を取る。
不意にしっぽが持ち上がる……。
『ニャ、狐丸……?』
耳元でタマの不安気な声が聞こえた。
だけど、それに答えることは出来ない。
『う……ぐぅ……。ぐああぁぁーっ!!』
──《熱いぃ……っ!!》
体の奥が熱くて仕方がない。
思わず唸り声を上げる!
それと共に、しっぽに力が集まるのを感じた。
カッと目を見開いた瞬間!
持ち上がったそのしっぽから、針のようなものが放たれる。
『!』
──シュッシュッ!
針が真っ直ぐ澄真と、その近くにいる陰陽師に向かって飛んでいく。
『ひっ……!』
当たる! と僕は身構えた。
けれど澄真は、驚くほどの身軽さで、その針を避けていった。服にすら、掠もしない。
すご……。
けれど余計恐ろしくなる。
僕はゴクリと唾を飲む。
一緒にいた陰陽師も同様だったから、もしかしたら万が一の時のために、訓練しているのかも知れない。……恐るべし、陰陽師……。
思わぬ自分の攻撃に、僕は唖然となる。
《……こ、この針は、いったいなに!?》
思わず自分の尾から放たれていく、謎の針を目で追った。針は止まらない。
え"? これどうやれば、止まるの?
《あ。澄真だ……》
見知った人影を無意識に追う。
──シュタタタタタタ……。
目線と同じ方向に、しっぽの針も移動する……!
『あわわわわ……』
目が澄真を追うと共に、しっぽの針も、それに従う。
僕は動揺する。
《や、やめて……!》
僕は思わず、ギュっと目を閉じた。
『……狐丸! 攻撃が来るニャん……!』
目を閉じた瞬間に、タマが叫ぶ。
え! なんだって!?
澄真が護符を構えた。
うわ……めちゃくちゃやばい気が集まってる……。
──「急急如律令! 穿て!」
『ひっ……』
何が、ものすごい速さで飛んでくる!
『! タマ! しっかり掴んでて!!』
雷撃が飛んで来るのが見えて、僕はそう叫ぶと、思いっきり宙返りをした。
『うぐ……っ!』
間一髪で避ける!
シュタ……ッ! と着地する。
後方で、稲光が霧散する音が響いた。
うわ……なに、あの威力……。僕はゾッとする。
──ピシッピシッピシッ……。
『……か、はっ。あ、危なかった……』
急に動いたからか、頭を使いすぎたからか、頭までズキズキしてきた。
《背中にはタマがいるんだぞ、もう逃げなきゃ……!》
頭痛と体の熱さをこらえ、自分を奮い起こすために、尾を一振りした。しっぽがなんだか変だった。
逃げるにしても、このしっぽをどうにかしないと、飛べそうにない。
けれどしっぽを叩きつけた途端、全身に激痛が走る!
『ぐぅ……っ!』
耐えようとしたけれど、耐えられない!?
喉から、唸り声が上がる。
『……う……があぁ……!』
体の中から湧いて出るような痛みに、思わず叫び声をあげる!
── バリバリバリ……!
『……っ!』
変な衝撃をしっぽに感じた。
今まで感じたことのない衝撃を受け、僕は体を強ばらせる。
バリバリという音ともに、僕のしっぽが音を立てた。まるで裂けていくかのようなその激痛に、ひどい目眩を覚えた。
『はぁ、はぁ、はぁ……』
激痛が収まり、僕は荒い息を吐く。
痛い。めちゃくちゃ痛かった……。
でも、もう大丈夫。
これならどうにか帰れそうだ。
何故だか力が湧いてくる!
ウキウキして僕はしっぽを持ち上げた。
『……え?』
……何かが変だ。
そろりと僕は自分のしっぽを覗き見た。
途端に、僕の目が丸くなる。
『う、うわああぁぁー!!』
僕の悲鳴に、タマが毛を逆立てる!
そして恐る恐る僕の目線の先を見た。そこでタマが見たモノは、──!
何故? どうして? どうしてそうなった? 全く、理解できない。理解できないが、今目の前にある状況は事実だ。僕の……僕のしっぽが完全に、二つに割れていた。
『ど、ど、ど、どうしたニャん? え? ふ、ふにゃああぁぁー!!』
二人の絶叫が響く。
『ど、どうしよう……。お尻、割れちゃった……』
泣きべそをかきながら、僕が言う。
『き、狐丸落ち着くニャん。あれは『尻』じゃニャく、『しっぽ』ニャ。これは成長ニャん。狐丸は九尾にニャるのだろう? ならば、これしきのことで、驚いてはいけないニャん』
タマに言われ、落ち着きを取り戻す。
『え? そ、……そだね……』
僕は、頷くが、動揺が隠せない。
胸の鼓動が早い。
ドキドキと心臓が爆発しそうだ。
不思議なことに、尾が二つに割れた途端に、胸の奥から沸き上がるような熱さも、頭痛も綺麗になくなった。
『……あ、れ?』
それどころか、いつもよりも清々しいほどの気分に、僕は少し不安を覚えた。
──今なら、何でも出来る……!
僕は、そんな気持ちになっていたのだ。
× × × つづく× × ×




