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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第三章 襲い来る物の怪。
32/50

澄真の見たもの

  澄真(すみざね)は、辺りを見廻しながら、必死になって馬を走らせた。


(狐丸……! 狐丸は何処にいる!?)

 見落としがないよう、先ほど使った術を施し、四条河原へと急いだ。

 けれど、どこにも狐丸の姿はなかった。


 澄真(すみざね)は、青くなる。


 心配ではあったが、子どもの足で黒狐寺から四条河原まで来るには、時間が足りなさすぎる。


 馬を走らせるなり、宙を飛ぶなり出来るのなら話はかわるが、黒狐寺には、馬はいない。

 ましてや、狐丸が空を飛ぶなど考えられない。


(それこそ、妖怪の所業だ……)

 それならば、どこかで見落としたとでもいうのか……?


「……」

 澄真(すみざね)は、暫し思案に暮れる。


 唇に当てた手が、ブルブルと震えているのが分かった。

(狐丸がいない……。狐丸が、見つからない……っ!)


 体中の血液が逆流してしまいそうな感覚に襲われ、澄真(すみざね)は軽い目眩を起こす。


 けれど、すぐに頭を振ると、思考を切り替えた。

(落ち着け……。落ち着け……っ!)


 深く息を吸う。

 両腕で、自分を抱きしめ、言い聞かせた。


(何も、心配することはない。私が見落としただけだ。子ども一人……小さいのだからそんな事もある……自分が、万能だとでも思っているのか……? おこがましいにも程がある!)

 震える手で、自分の額に触れる。


(落ち着け……。元凶……元凶を絶てばいいだけの話だ……)

 必死に自分に言い聞かせ、顔を上げる。


 狐丸を探す術を解除し、気持ちを切り替える。


(今は、治安を護る方が先だ。白狐が……脅威が去れば、狐丸が無事である確率も高くなる……!)

 ゴクリと唾を飲み込み、息を吐くと、澄真(すみざね)は再び馬を走らせた。




 問題の場所では、モウモウと煙が立ち込めていた。


 逃げ惑う人々の間をくぐり抜け、澄真(すみざね)は、現場へと急ぐ。

 現場は、騒然としていた。


 煙のために、状況が把握出来ないが、煙の量からして、燃えている部分は広範囲である事が分かる。


「……っ」

 険しい表情で、澄真(すみざね)は仲間を探す。すぐに、目的の人物たちが見つかり、少しホッとしている自分に気がついた。


 いつも一人で行動している為に気が付かなかったが、仲間がいることが、こんなに安心できるものだとは、知らなかった。

 今までぞんざいに過ごしてきた分、バツが悪い。


 煙の合間から、蛇の舌のように赤い炎が、チロチロと蠢いているのが見える。


 幸いなことに、現場近くには川が流れていた。川を利用して、消火にあたる者を選抜することにする。


 澄真(すみざね)は組み分けをし、消火班と白狐を追い詰めるための班に分けた。

 すぐさま消火班が、川の水を掛け始める。




 ──ザバアァァ……!




「!? す、澄真(すみざね)さま……っ、水では消えませんっ」

 消火を担当していた陰陽生(おんみょうのしょう)の一人が、泣きそうになりながら訴える。


「何!? ならば、護符を使え! 汲んだ水に、護符を入れ鬼火を消せと念じて、もう一度掛けてみろ!」

「は……はいっ!」

  慌てて陰陽生たちが動き出す。




 ──ザバアァァ……! ジュワワァァ……。




 護符を入れた水は、多少炎の消えは悪いものの、全く消えなかった先ほどの川の水よりかは、随分マシだった。


 その効果を見留め、澄真(すみざね)は叫ぶ。


「ひとまず、それで対応していろ! こちらが片付いたら、すぐに応援を寄越す!」

「はっ!」


 多少なりとも火の勢いが衰え始め、陰陽生たちの、覇気が膨れ上がる。我先にと、水を汲み始めた。




 澄真(すみざね)が四条河原に着いたとき、既に数人の陰陽生が到着していた。

 陰陽生とは、陰陽師を目指す学生のことで、澄真(すみざね)はその指導も請け負っている。今回は、一尾の妖孤……ということで、陰陽師ではなく、陰陽生が駆り出されることになったようだ。


 当然、指導する澄真(すみざね)も、駆り出される。



澄真(すみざね)さま……っ」


 白狐班の陰陽生が一人、澄真(すみざね)の到着に気付き駆け寄ってくる。蒼人(あおと)だ。

 蒼人(あおと)澄真(すみざね)の一族の分家にあたる。


「状況は?」

 澄真(すみざね)は、馬から降りながら訊ねた。


「はい。白狐の形態は一尾。大きさは成人男性の二倍ほど。現在、河原近辺の木々を跳び周り、口から吐く鬼火で辺り一面、火の海となっております」

 頷いて、辺りを見廻す。


 もうもうと立ち込める煙で、ほとんど視界がきかない。



(さて、どうするか……)

 澄真(すみざね)は、口許に手を当て考える。

(……ひとまず、煙を消すが先決か)


 今の状況では、白狐すら見えない。


 澄真(すみざね)(ふところ)から、一枚の札を出すと指で持ち、顔の前に掲げた。

急急(きゅうきゅう)如律令(にょりつりょう)……風式神(ふうしきしん)、煙を蹴散らせ……」

 低く命じながら、札を飛ばす。




 ──『御意(ぎょい)




 何処からか応じる声がかかり、風が吹く。




 ──ぶわっ。




 風が煙を蹴散らし、状況が見え始める。




 ──『グルルルル……!』




「! あ、あれは……!」

「!」

 木の上で、唸り声を上げ威嚇する白狐が見えた。


(瑠璃姫は()()を気にしていたのか……)

 澄真(すみざね)は白狐を見た。


 白狐は、大人二人……いや、三人分はありそうな程大きなキツネだった。鋭い金色の目を細め、澄真(すみざね)たちを睨ねめつけている。


 しっぽの本数は一本。

 けれど、他の妖怪と明らかに違う点がひとつ。


 吐き出す鬼火の量だ。


 息をする度に、漏れ出る()()は、妖力と言っても過言ではない。

 息をするように鬼火を吐けば、いずれ妖力も尽きる。


 けれど、目の前の白狐は、そんな事お構いなしのようだ。

 大量の鬼火を吐きながら、それでも白狐は、余裕すら見て取れた。


 薄く開いた口から、鋭い牙が見える。

 息を吐くたびに、青白く……時に黒炎を含ませながら、口から鬼火を溢れ出していた。


「……」

 普通の妖孤であるなら、こんなに大きくはない。


 ましてや、呼吸をするたびに鬼火を出すなど、まず考えられない。

(これは本当に、ただの妖孤か……?)


 澄真(すみざね)は、眉をしかめた。

「これは……凄いな。本当に一尾なのか……?」


 ここからでは、尾の数は見えない。白狐から目を反らさず、先ほどの陰陽生、蒼人(あおと)澄真(すみざね)は尋ねた。


「は、はい。確かに一尾では、あるのですが……」

「『あるのですが』……?」

 澄真(すみざね)が責めるように、蒼人(あおと)を見る。


 二尾以上になれば、格段に力が上がる。

 陰陽生では歯が立たない。


「あ……いや、あの。今は、確かに一尾なのですが……せ、成長しているようにも思えるのです……っ」

「成長……?」


 言うが早いか、白狐のしっぽから鋭い矢の様なものが飛んで来た。



「下がれっ!」

 澄真(すみざね)蒼人(あおと)が素早く後ろへ跳ぶ。




 ──シュッ! シュッ!




 逃げた所を追うように、尾の針が追いかけてくる。


「くっ……!」


 華麗に身をかわしながら、針を避ける。

 正直、衣の袖が邪魔だ。




 ──シュッシュッ! シュッシュッ!




 いくつもの執拗な攻撃に、澄真(すみざね)はたまらず、再び札を出した。



「急急如律令! 雷式神(らいしきしん)穿(うが)て」

 札を飛ばす。



 ──『御意』




 言葉と共に、札が稲妻となって、白狐を襲った。




 ──カッ!




『!』


 まさかの反撃に、白狐はクルッと後ろへ反転し、難を逃れる。かなりの跳躍力だ。

 獲物を見失った稲妻は、白狐の遥か後方で霧散した。



 ──『グルルルル……』




 攻撃され、白狐は唸る。

 木の上で態勢を整えているようだ。


 おもむろに、体を低く伏せたかと思うと、ビターンと白く膨れ上がった尾を振った。




 ──バリ、バリバリ……!




「……なっ!」


 その場にいた、澄真(すみざね)と陰陽生たちが目を見張る。

(尾が割れた、だと……!?)


 先ほどの陰陽生……蒼人(あおと)がズサッと音を立て、澄真(すみざね)の傍へ来る。


 肩で大きく息をしていた。


「さ、先ほどから、……少しずつ、大きくなっているなとは思ってはいたのですが、……」

 やはり成長しましたね、と続ける。


「何故、成長した……?」


 妖狐は、妖力が成長すると、その尾の数を増やす。

 知識として分かっていても、実際白狐の尾が割れるところを見た者などいない。

 当然、この場に居合わせた澄真(すみざね)蒼人(あおと)も見たことがなかった。


 何が原因でそうなるのか、澄真(すみざね)より先に到着していた蒼人(あおと)なら分かるかも知れない。

 そう思って訊ねたが、しかし蒼人(あおと)は首を振る。


「いいえ。我々が来たときには、既にこの状況になっていまして……我々も、何が何やら……」

 困ったように顔をしかめた。



(……これは捕まえるのは無理だぞ、瑠璃姫……!)

 澄真(すみざね)は苦い顔をする。


 陰陽師のみならいざ知らず、対応しているのはそのほとんどが陰陽生。陰陽師としてはまだ未熟な、()()()()()なのである。

 死なせる訳にはいかない。護らなければいけない存在なのだ。


 彼らを護りながら、二尾を捕まえるなど、どう足掻いても不可能な話である。


「……くそっ!」

 澄真(すみざね)は悪態をつく。


 実のところ、人のエゴで封じた瑠璃姫の願いを、澄真(すみざね)は聞いてやりたかった。

 しかし、この状況では果たせそうにない。


(すまない。瑠璃姫……)


 澄真(すみざね)は苦々しく思いながら、蒼人(あおと)に指示を出す。


「……結界を張る。お前たちは、四方に分かれ白狐の退路を断て!」

「はっ!」

「いいか、絶対に手は出すな! 危険だと感じたら、すぐ逃げろ!」

 澄真(すみざね)は、よくよく言って聞かせる。

 出来ることなら、死なせたくはない。


「了解しました!」

 言って、蒼人(あおと)は駆け出した。



「……はぁ」

 大きく溜め息をつきながら、澄真(すみざね)は地に手をつき、術を唱え始めた。





 × × × つづく× × ×


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