澄真の見たもの
澄真は、辺りを見廻しながら、必死になって馬を走らせた。
(狐丸……! 狐丸は何処にいる!?)
見落としがないよう、先ほど使った術を施し、四条河原へと急いだ。
けれど、どこにも狐丸の姿はなかった。
澄真は、青くなる。
心配ではあったが、子どもの足で黒狐寺から四条河原まで来るには、時間が足りなさすぎる。
馬を走らせるなり、宙を飛ぶなり出来るのなら話はかわるが、黒狐寺には、馬はいない。
ましてや、狐丸が空を飛ぶなど考えられない。
(それこそ、妖怪の所業だ……)
それならば、どこかで見落としたとでもいうのか……?
「……」
澄真は、暫し思案に暮れる。
唇に当てた手が、ブルブルと震えているのが分かった。
(狐丸がいない……。狐丸が、見つからない……っ!)
体中の血液が逆流してしまいそうな感覚に襲われ、澄真は軽い目眩を起こす。
けれど、すぐに頭を振ると、思考を切り替えた。
(落ち着け……。落ち着け……っ!)
深く息を吸う。
両腕で、自分を抱きしめ、言い聞かせた。
(何も、心配することはない。私が見落としただけだ。子ども一人……小さいのだからそんな事もある……自分が、万能だとでも思っているのか……? おこがましいにも程がある!)
震える手で、自分の額に触れる。
(落ち着け……。元凶……元凶を絶てばいいだけの話だ……)
必死に自分に言い聞かせ、顔を上げる。
狐丸を探す術を解除し、気持ちを切り替える。
(今は、治安を護る方が先だ。白狐が……脅威が去れば、狐丸が無事である確率も高くなる……!)
ゴクリと唾を飲み込み、息を吐くと、澄真は再び馬を走らせた。
問題の場所では、モウモウと煙が立ち込めていた。
逃げ惑う人々の間をくぐり抜け、澄真は、現場へと急ぐ。
現場は、騒然としていた。
煙のために、状況が把握出来ないが、煙の量からして、燃えている部分は広範囲である事が分かる。
「……っ」
険しい表情で、澄真は仲間を探す。すぐに、目的の人物たちが見つかり、少しホッとしている自分に気がついた。
いつも一人で行動している為に気が付かなかったが、仲間がいることが、こんなに安心できるものだとは、知らなかった。
今までぞんざいに過ごしてきた分、バツが悪い。
煙の合間から、蛇の舌のように赤い炎が、チロチロと蠢いているのが見える。
幸いなことに、現場近くには川が流れていた。川を利用して、消火にあたる者を選抜することにする。
澄真は組み分けをし、消火班と白狐を追い詰めるための班に分けた。
すぐさま消火班が、川の水を掛け始める。
──ザバアァァ……!
「!? す、澄真さま……っ、水では消えませんっ」
消火を担当していた陰陽生の一人が、泣きそうになりながら訴える。
「何!? ならば、護符を使え! 汲んだ水に、護符を入れ鬼火を消せと念じて、もう一度掛けてみろ!」
「は……はいっ!」
慌てて陰陽生たちが動き出す。
──ザバアァァ……! ジュワワァァ……。
護符を入れた水は、多少炎の消えは悪いものの、全く消えなかった先ほどの川の水よりかは、随分マシだった。
その効果を見留め、澄真は叫ぶ。
「ひとまず、それで対応していろ! こちらが片付いたら、すぐに応援を寄越す!」
「はっ!」
多少なりとも火の勢いが衰え始め、陰陽生たちの、覇気が膨れ上がる。我先にと、水を汲み始めた。
澄真が四条河原に着いたとき、既に数人の陰陽生が到着していた。
陰陽生とは、陰陽師を目指す学生のことで、澄真はその指導も請け負っている。今回は、一尾の妖孤……ということで、陰陽師ではなく、陰陽生が駆り出されることになったようだ。
当然、指導する澄真も、駆り出される。
「澄真さま……っ」
白狐班の陰陽生が一人、澄真の到着に気付き駆け寄ってくる。蒼人だ。
蒼人は澄真の一族の分家にあたる。
「状況は?」
澄真は、馬から降りながら訊ねた。
「はい。白狐の形態は一尾。大きさは成人男性の二倍ほど。現在、河原近辺の木々を跳び周り、口から吐く鬼火で辺り一面、火の海となっております」
頷いて、辺りを見廻す。
もうもうと立ち込める煙で、ほとんど視界がきかない。
(さて、どうするか……)
澄真は、口許に手を当て考える。
(……ひとまず、煙を消すが先決か)
今の状況では、白狐すら見えない。
澄真は懐から、一枚の札を出すと指で持ち、顔の前に掲げた。
「急急如律令……風式神、煙を蹴散らせ……」
低く命じながら、札を飛ばす。
──『御意』
何処からか応じる声がかかり、風が吹く。
──ぶわっ。
風が煙を蹴散らし、状況が見え始める。
──『グルルルル……!』
「! あ、あれは……!」
「!」
木の上で、唸り声を上げ威嚇する白狐が見えた。
(瑠璃姫はあれを気にしていたのか……)
澄真は白狐を見た。
白狐は、大人二人……いや、三人分はありそうな程大きなキツネだった。鋭い金色の目を細め、澄真たちを睨ねめつけている。
しっぽの本数は一本。
けれど、他の妖怪と明らかに違う点がひとつ。
吐き出す鬼火の量だ。
息をする度に、漏れ出るそれは、妖力と言っても過言ではない。
息をするように鬼火を吐けば、いずれ妖力も尽きる。
けれど、目の前の白狐は、そんな事お構いなしのようだ。
大量の鬼火を吐きながら、それでも白狐は、余裕すら見て取れた。
薄く開いた口から、鋭い牙が見える。
息を吐くたびに、青白く……時に黒炎を含ませながら、口から鬼火を溢れ出していた。
「……」
普通の妖孤であるなら、こんなに大きくはない。
ましてや、呼吸をするたびに鬼火を出すなど、まず考えられない。
(これは本当に、ただの妖孤か……?)
澄真は、眉をしかめた。
「これは……凄いな。本当に一尾なのか……?」
ここからでは、尾の数は見えない。白狐から目を反らさず、先ほどの陰陽生、蒼人に澄真は尋ねた。
「は、はい。確かに一尾では、あるのですが……」
「『あるのですが』……?」
澄真が責めるように、蒼人を見る。
二尾以上になれば、格段に力が上がる。
陰陽生では歯が立たない。
「あ……いや、あの。今は、確かに一尾なのですが……せ、成長しているようにも思えるのです……っ」
「成長……?」
言うが早いか、白狐のしっぽから鋭い矢の様なものが飛んで来た。
「下がれっ!」
澄真と蒼人が素早く後ろへ跳ぶ。
──シュッ! シュッ!
逃げた所を追うように、尾の針が追いかけてくる。
「くっ……!」
華麗に身をかわしながら、針を避ける。
正直、衣の袖が邪魔だ。
──シュッシュッ! シュッシュッ!
いくつもの執拗な攻撃に、澄真はたまらず、再び札を出した。
「急急如律令! 雷式神穿て」
札を飛ばす。
──『御意』
言葉と共に、札が稲妻となって、白狐を襲った。
──カッ!
『!』
まさかの反撃に、白狐はクルッと後ろへ反転し、難を逃れる。かなりの跳躍力だ。
獲物を見失った稲妻は、白狐の遥か後方で霧散した。
──『グルルルル……』
攻撃され、白狐は唸る。
木の上で態勢を整えているようだ。
おもむろに、体を低く伏せたかと思うと、ビターンと白く膨れ上がった尾を振った。
──バリ、バリバリ……!
「……なっ!」
その場にいた、澄真と陰陽生たちが目を見張る。
(尾が割れた、だと……!?)
先ほどの陰陽生……蒼人がズサッと音を立て、澄真の傍へ来る。
肩で大きく息をしていた。
「さ、先ほどから、……少しずつ、大きくなっているなとは思ってはいたのですが、……」
やはり成長しましたね、と続ける。
「何故、成長した……?」
妖狐は、妖力が成長すると、その尾の数を増やす。
知識として分かっていても、実際白狐の尾が割れるところを見た者などいない。
当然、この場に居合わせた澄真も蒼人も見たことがなかった。
何が原因でそうなるのか、澄真より先に到着していた蒼人なら分かるかも知れない。
そう思って訊ねたが、しかし蒼人は首を振る。
「いいえ。我々が来たときには、既にこの状況になっていまして……我々も、何が何やら……」
困ったように顔をしかめた。
(……これは捕まえるのは無理だぞ、瑠璃姫……!)
澄真は苦い顔をする。
陰陽師のみならいざ知らず、対応しているのはそのほとんどが陰陽生。陰陽師としてはまだ未熟な、陰陽師の卵なのである。
死なせる訳にはいかない。護らなければいけない存在なのだ。
彼らを護りながら、二尾を捕まえるなど、どう足掻いても不可能な話である。
「……くそっ!」
澄真は悪態をつく。
実のところ、人のエゴで封じた瑠璃姫の願いを、澄真は聞いてやりたかった。
しかし、この状況では果たせそうにない。
(すまない。瑠璃姫……)
澄真は苦々しく思いながら、蒼人に指示を出す。
「……結界を張る。お前たちは、四方に分かれ白狐の退路を断て!」
「はっ!」
「いいか、絶対に手は出すな! 危険だと感じたら、すぐ逃げろ!」
澄真は、よくよく言って聞かせる。
出来ることなら、死なせたくはない。
「了解しました!」
言って、蒼人は駆け出した。
「……はぁ」
大きく溜め息をつきながら、澄真は地に手をつき、術を唱え始めた。
× × × つづく× × ×




