市中からの知らせ
(どうせ上に報告したところで、子ども一人のこと。何の役にも立たぬ……)
澄真は溜め息をつく。
……何処どこかで、行方不明者が出ているのならばいざ知らず、何処の誰とも分からぬ者を報告すれば、どんな対応を受けるか分からない。
実際、行方不明者がいるとの情報は、澄真の所には入ってきていない。
情報がないとすれば、狐丸の処遇は危うくなる。
あの容姿だと最悪、どこかに連れていかれる可能性もあった。
「……」
はぁ……と何回目かの溜め息をつくと、澄真は呟いた。
「分かりました……。『稚児』は何処からか、遊びに来ているだけなのでしょう。ここは寺でありますから、古寺と言えども、子どもが詣でるくらいはあるかも知れません……」
その言葉に、弦月は満面の笑顔で喜んだ。
連れていくなと、我が儘を言いたくなかった自分の気持ちを、澄真が汲んでくれたのだ。喜ばずにはいられない。
「……そうしてもらえると、ありがたい」
微笑みながら、和尚は感謝する。
瑠璃姫も小さく息を吐き、満足そうだ。
「……」
しかし、やはり全てを譲るのは癪だ。
(何かないだろうか……)
指を口許に当て、考える。
するといい案が浮かぶ。
澄真はニヤリとほくそ笑んだ。
悪戯っぽく目を細め澄真は、言葉を続ける。
「まあ、寺ですからね。子どもがよいなら、……私が足繁く詣でるのもまた、問題はないでしょう? 弦月和尚?」
呟くように言ったその言葉に、弦月が、ぶふっと吹き出す。
「はは……。そうじゃ。そうじゃな、そうじゃろうとも……! ふふふふふ……」
結局のところ、狐丸を一番人手に渡したくないのは、澄真本人である。
この口調だと、寺を参拝する口実に、あしげく会いに来るつもりなのだろう。
その言葉の意図を理解し、瑠璃姫がギリギリと歯ぎしりした。
しかし譲歩してもらった手前、何も言えない。
「……っ」
グッと言葉を飲み込む。
(いやしかし、吾も、諦めぬ……!)
プルプルと震えながら、瑠璃姫はフル回転で、澄真回避の案を探り出す。
険しい顔で、うんうんと瑠璃姫が唸り始めたちょうどその時、にわかに表が騒がしくなった。
寺の廊下をバタバタと、走り寄る者がある。
「「「!」」」
三人はぴくりと反応すると、同時に音のする方を見た。
その瞬間、倒れ込むように一人の若者が現れ、膝をおり、頭を下げた。
「も、申し上げます。澄真さま……っ」
「!」
名を呼ばれ、澄真の顔が引き締まる。
息を切らせて駆けて来たのは、澄真が使いとして、山の入口で待たせていた馬丁であった。
その馬丁の慌てた様子に、澄真は眉を寄せる。
「嶺丸どうした?」
「た、大変でございます!! 四条河原付近で、白狐が現れ、鬼火を吐いて暴れております!」
嶺丸の言葉に、その場にいた誰もが凍りつく。
「「「なっ!?」」」
澄真は、思わず瑠璃姫を見る。
瑠璃姫は青くなって、目を泳がせている。
(……いや、嶺丸は『白狐』と言った。瑠璃姫ではない。それに瑠璃姫は『黒孤』だ……)
一瞬、瑠璃姫の仕業だと思ったが、それはあり得ない事だった。
九尾は、そのしっぽの数だけ分身を持てるが、瑠璃姫の八本のしっぽは封じていて、使うことが出来ない。
万一、封印が解けていたとしても、今の様子を見れば、瑠璃姫が犯人ではない事は明らかだ。
そもそも瑠璃姫は、寺から出られない。
(ならば新しい妖狐か……?)
澄真は顔を上げると、馬丁に呼び掛ける。
「嶺丸! 千景をこれへ……!」
「はっ!」
馬丁は慌てて、外へと飛び出していった。
「弦月和尚……すみませんが、私はこれで……」
「ま、待て、吾も行く!」
瑠璃姫がすがるように、澄真の言葉を遮った。
澄真が訝しむ。
「何を……」
「キツネの事ならば吾の方が詳しい。お願いだ、連れていってくれ……!」
必死に、澄真の袖を掴み、懇願する。
こんなにも他に執着する瑠璃姫を見たことがなかった。
和尚ですら、そんな瑠璃姫を心配しているのか、オロオロと動き回っている。
(やはり、おかしい……)
澄真は、詳しく理由を聞こうと、瑠璃姫に向き直った。
しかし、すぐに弦月和尚が、瑠璃姫を止めに入る。
「瑠璃姫や、それは無理だ。そなたは、この寺からは出られぬ……」
申し訳なさそうなその言葉に、瑠璃姫は泣きそうな顔になる。
「な、ならば……ならば、その白狐、祓うのだけはやめてくれ! ここに連れてきて欲しい……っ! お願いだ……っ!」
まさかの懇願に澄真は怯んだ。
「……お前、本当におかしいぞ?」
言いながら、掴まれた袖を引く。
すがった袖を引っ張られ、瑠璃姫は突き放されたと思ったのだろう、更に顔色を悪くして、その場にへたりこんでしまった。
「瑠璃姫……」
和尚が慰めるように、瑠璃姫を抱き寄せる。
それを見て澄真は、はぁ……息を吐きながら、先を続ける。
「……っ、連れて来れそうならそうするが、被害が酷いようなら祓うことになる。……あまり期待するな」
その言葉に、瑠璃姫はようやく手を離した。
俯きながら、呟く。
「あ、ありがとう。……それでいい」
「……」
(同族だから庇っているのか?)
思っても見なかった瑠璃姫の感謝の言葉に困惑する。
妖怪同士の庇い合いなど、見たことも聞いたこともない。
そもそも、そんな種族ではない。
瑠璃姫の思いもよらない行動に、軽く動揺しながらも、澄真は、馬丁の連れてきた愛馬『千景』を受け取った。
「とにかく、行ってくる……」
今にも泣き出しそうな瑠璃姫を見やり、澄真は呟く。
しかし瑠璃姫は、何も言わない。
「……」
何を心配しているのかは分からないが、このままここに留まるわけにもいかない。
澄真は愛馬の千景に跨がり、市中へとその鼻面を向けた。
「ハッ……!」
──ヒヒィーン……。
千景に一蹴り入れると、馬は承知したように高く嘶き、駆け出した。
市中で暴れている白狐……。
それが、瑠璃姫を悩ませている原因を知る、解決の糸口であるようだ。
何が起こっているのか、澄真にはよく分からなかったが、それも、白狐に会いさえすれば分かるのではないだろうか?
(それに……)
と、澄真は思う。
(今、あの狐丸が、市中に出掛けている……)
──ゾクッ。
悪寒が走る。
澄真は青くなった。
(いざこざに巻き込まれてなければいいが……)
澄真は不安に思いながら、夢中で馬を駆った。
× × × つづく× × ×




