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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第三章 襲い来る物の怪。
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市中からの知らせ

(どうせ上に報告したところで、子ども一人のこと。何の役にも立たぬ……)

 澄真(すみざね)は溜め息をつく。


 ……何処どこかで、行方不明者が出ているのならばいざ知らず、何処の誰とも分からぬ者を報告すれば、どんな対応を受けるか分からない。


 実際、行方不明者がいるとの情報は、澄真(すみざね)の所には入ってきていない。

 情報がないとすれば、狐丸の処遇は危うくなる。

 あの容姿だと最悪、どこかに連れていかれる可能性もあった。



「……」

 はぁ……と何回目かの溜め息をつくと、澄真(すみざね)は呟いた。

「分かりました……。『稚児』は何処からか、遊びに来ているだけなのでしょう。ここは寺でありますから、古寺と言えども、子どもが詣でるくらいはあるかも知れません……」


 その言葉に、弦月(げんげつ)は満面の笑顔で喜んだ。

 連れていくなと、我が儘を言いたくなかった自分の気持ちを、澄真(すみざね)が汲んでくれたのだ。喜ばずにはいられない。


「……そうしてもらえると、ありがたい」

 微笑みながら、和尚は感謝する。


 瑠璃姫も小さく息を吐き、満足そうだ。


「……」

 しかし、やはり全てを譲るのは(しゃく)だ。

(何かないだろうか……)

 指を口許に当て、考える。


 するといい案が浮かぶ。

 澄真(すみざね)はニヤリとほくそ笑んだ。


 悪戯っぽく目を細め澄真(すみざね)は、言葉を続ける。

「まあ、寺ですからね。子どもがよいなら、……私が足繁く詣でるのもまた、問題はないでしょう? 弦月(げんげつ)和尚?」

 呟くように言ったその言葉に、弦月(げんげつ)が、ぶふっと吹き出す。


「はは……。そうじゃ。そうじゃな、そうじゃろうとも……! ふふふふふ……」


 結局のところ、狐丸を一番人手に渡したくないのは、澄真(すみざね)本人である。

 この口調だと、寺を参拝する口実に、あしげく会いに来るつもりなのだろう。


 その言葉の意図を理解し、瑠璃姫がギリギリと歯ぎしりした。

 しかし譲歩してもらった手前、何も言えない。

「……っ」

 グッと言葉を飲み込む。

(いやしかし、(われ)も、諦めぬ……!)

 プルプルと震えながら、瑠璃姫はフル回転で、澄真(すみざね)回避の()を探り出す。


 険しい顔で、うんうんと瑠璃姫が唸り始めたちょうどその時、にわかに表が騒がしくなった。


 寺の廊下をバタバタと、走り寄る者がある。


「「「!」」」

 三人はぴくりと反応すると、同時に音のする方を見た。



 その瞬間、倒れ込むように一人の若者が現れ、膝をおり、頭を下げた。

「も、申し上げます。澄真(すみざね)さま……っ」


「!」

 名を呼ばれ、澄真(すみざね)の顔が引き締まる。


 息を切らせて駆けて来たのは、澄真(すみざね)が使いとして、山の入口で待たせていた馬丁であった。


 その馬丁の慌てた様子に、澄真(すみざね)は眉を寄せる。

嶺丸(みねまる)どうした?」


「た、大変でございます!! 四条河原付近で、白狐が現れ、鬼火を吐いて暴れております!」

 嶺丸の言葉に、その場にいた誰もが凍りつく。


「「「なっ!?」」」


 澄真(すみざね)は、思わず瑠璃姫を見る。

 瑠璃姫は青くなって、目を泳がせている。


(……いや、嶺丸(みねまる)は『白狐』と言った。瑠璃姫ではない。それに瑠璃姫は『黒孤』だ……)

 一瞬、瑠璃姫の仕業だと思ったが、それはあり得ない事だった。


 九尾は、そのしっぽの数だけ分身を持てるが、瑠璃姫の八本のしっぽは封じていて、使うことが出来ない。

 万一、封印が解けていたとしても、今の様子を見れば、瑠璃姫が犯人ではない事は明らかだ。


 そもそも瑠璃姫は、寺から出られない。


(ならば()()()妖狐か……?)


 澄真(すみざね)は顔を上げると、馬丁に呼び掛ける。

「嶺丸! 千景(ちかげ)をこれへ……!」

「はっ!」

 馬丁は慌てて、外へと飛び出していった。


弦月(げんげつ)和尚……すみませんが、私はこれで……」

「ま、待て、(われ)も行く!」

 瑠璃姫がすがるように、澄真(すみざね)の言葉を遮った。


 澄真(すみざね)が訝しむ。

「何を……」


「キツネの事ならば(われ)の方が詳しい。お願いだ、連れていってくれ……!」

 必死に、澄真(すみざね)の袖を掴み、懇願する。


 こんなにも()に執着する瑠璃姫を見たことがなかった。

 和尚ですら、そんな瑠璃姫を心配しているのか、オロオロと動き回っている。


(やはり、おかしい……)

 澄真(すみざね)は、詳しく理由を聞こうと、瑠璃姫に向き直った。

 しかし、すぐに弦月(げんげつ)和尚が、瑠璃姫を止めに入る。


「瑠璃姫や、それは無理だ。そなたは、この寺からは出られぬ……」

 申し訳なさそうなその言葉に、瑠璃姫は泣きそうな顔になる。


「な、ならば……ならば、その白狐、祓うのだけはやめてくれ! ここに連れてきて欲しい……っ! お願いだ……っ!」

 まさかの懇願に澄真(すみざね)は怯んだ。


「……お前、本当におかしいぞ?」

 言いながら、掴まれた袖を引く。


 すがった袖を引っ張られ、瑠璃姫は突き放されたと思ったのだろう、更に顔色を悪くして、その場にへたりこんでしまった。


「瑠璃姫……」

 和尚が慰めるように、瑠璃姫を抱き寄せる。


 それを見て澄真(すみざね)は、はぁ……息を吐きながら、先を続ける。

「……っ、連れて来れそうならそうするが、被害が酷いようなら(はら)うことになる。……あまり期待するな」

 その言葉に、瑠璃姫はようやく手を離した。


 (うつむ)きながら、呟く。

「あ、ありがとう。……それでいい」

「……」



(同族だから庇っているのか?)

 思っても見なかった瑠璃姫の感謝の言葉に困惑する。


 妖怪同士の庇い合いなど、見たことも聞いたこともない。

 そもそも、そんな種族ではない。


 瑠璃姫の思いもよらない行動に、軽く動揺しながらも、澄真(すみざね)は、馬丁の連れてきた愛馬『千景』を受け取った。


「とにかく、行ってくる……」

 今にも泣き出しそうな瑠璃姫を見やり、澄真(すみざね)は呟く。

 しかし瑠璃姫は、何も言わない。

「……」


 何を心配しているのかは分からないが、このままここに留まるわけにもいかない。

 澄真(すみざね)は愛馬の千景に跨がり、市中へとその鼻面を向けた。


「ハッ……!」




 ──ヒヒィーン……。




 千景(ちかげ)に一蹴り入れると、馬は承知したように高く(いなな)き、駆け出した。



 市中で暴れている白狐……。

 それが、瑠璃姫を悩ませている原因を知る、解決の糸口であるようだ。


 何が起こっているのか、澄真(すみざね)にはよく分からなかったが、それも、白狐に会いさえすれば分かるのではないだろうか?



(それに……)

 と、澄真(すみざね)は思う。


(今、あの狐丸が、市中に出掛けている……)




 ──ゾクッ。




 悪寒が走る。

 澄真(すみざね)は青くなった。



(いざこざに巻き込まれてなければいいが……)


 澄真(すみざね)は不安に思いながら、夢中で馬を駆った。





 × × × つづく× × ×


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