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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第三章 襲い来る物の怪。
30/50

黒狐寺の澄真

 澄真(すみざね)が黒孤寺に来たのには、訳がある。


 封印されている黒孤……瑠璃姫の状況確認と、黒孤寺の近況報告を聞くためだ。

 定期的に行っているこの業務は、いつも何事もなく仕事は終わる。誰も立ち寄らないこの古寺に、報告するような事件は起こらない。



「……」

「……」

『……』

 しかし、今日はいつもと状況が、違う。

 澄真(すみざね)は、出された白湯をゆっくり啜った。




 ──ズズズズ……。




「……」

 静かな沈黙が流れる。


 ことり……と澄真(すみざね)は湯呑みを置いた。


「……それで? その稚児はどこでしょう?」

 澄真(すみざね)の言葉に、瑠璃姫が唸る。

「本当にしつこいな。お前は」


 瑠璃姫の赤い紅をさした形の良い唇から、鋭い八重歯が覗いた。澄真(すみざね)を軽く威嚇した。

「……」

 二人は睨み合う。

 バチバチと火花が散った。


 そんな瑠璃姫を、弦月(げんげつ)和尚がまあまあと、なだめる。


「言っておくが、()()をお前に預けるなどという状況には、けしてならぬ」

 牙を剥き出し、威嚇する瑠璃姫。


 はっきり言って、美しい顔が台無しである。半分キツネの顔に戻っているような、禍々しい顔だ。


 しかし、澄真(すみざね)は、そんな顔は見飽きている。ふんっと鼻でせせら笑った。

 動揺のひとつも見せずに、再び白湯を手に取る。


 妖怪じみた瑠璃姫の顔を横目で見るながら、澄真(すみざね)はホッと溜め息をつく。


「私が引き取ることは、もう諦めた」

 一言呟くと、ズズズと白湯を啜った。



 名前がどうのこうのと言うつもりはない。

 けれど、多少なりとも澄真(すみざね)自身も、人間関係で悩みながら生きてきた。

 余計な力……見鬼(けんき)の才があった為に、しなくてもいい苦労を味わった。


 出会ったばかりの狐丸ではあるが、連れていくことが良い事とは限らない。

 むしろ屋敷ともなれば、辛辣な言葉を吐く者は、黒狐寺より多い。現に澄真(すみざね)自身が、その標的になったのだ。

 それならばいっそ、ここで過ごした方が、あの子のためにもなるだろう……。


「……」

 けれど、そう思うといたたまれない気持ちになる。


 出来ることなら、傍に置いておきたい。

 手の届く場所にさえいてくれるのなら、何を置いても真っ先に助けに行くことが出来る。


 けれど弦月(げんげつ)和尚や、瑠璃姫、タマとの関係は、とても良いもののように見えた。


「……」

 引き離すことは、酷なことのようにも思えるのだ。


 それに、妖怪である瑠璃姫が、珍しく興味を持ち、世話を焼いている《護る》……という面でいうならば、瑠璃姫の傍は文句の付けようがない。


 今まで氷のように冷徹に、他と過ごしてきた瑠璃姫が、子どもの世話をするのである。なかなか面白い見ものではある。


 黒狐寺にいることが、狐丸の幸せに繋がるのなら、それでも構わない。……そう澄真(すみざね)は、自分に言い聞かせる。



 けれど、連れて帰りたい事には変わりなく、決心がゆらいでいるのもまた、事実である。

 小さく唸りながら、澄真(すみざね)は、言葉を続ける。



「しかし、黒孤寺の状況変化があったとすると、見逃す訳にもいかない。状況を判断して、最善の方法を取ろうと思う……」

 言い終わるが否や、澄真(すみざね)は、にやっと笑い瑠璃姫を見た。


「まずは、その『狐丸』とやらに会わせて欲しい」

「……っ」


 何故こんなにも、気になるのかは分からない。

 分からないが、一度ちゃんと合間見れば、この胸の痛む理由も分かるだろう。分かったその時に、最善の行動を取りさえすればいいのだ。


(ひとまず会える。それでいいではないか……)


 澄真(すみざね)は一応の決着を、自分の心の中でつける。



(しかし、こいつら……)

 眉を寄せながら、澄真(すみざね)は唸る。

 待てど暮らせど、一向に狐丸を連れてくる気配を見せないのだ。


 連れてくるどころか、呼ぼうとも、探そうともしない。

 明らかに、隠そうとしているのが見て取れた。


「……」

 射るような灰色の目を向け、澄真(すみざね)はおもむろに立ち上がる。


「ま、待て……どこへ行く!?」

 焦って瑠璃姫が澄真(すみざね)の袖を引いた。


「……」

 その様子に、澄真(すみざね)の予想は確信に変わる。


(もしかして、狐丸を隠している……?)

 (いぶか)しみながら、澄真(すみざね)は微笑んで見せる。


「……連れて来ぬのなら、家捜しでもしようかと……。心配するな。ここには私もしばらくはいたからな。隠れそうな所はすぐ分かる」

 ふわりと笑い、狐丸を探すために一歩を踏み出す。


(けれど、何故、隠す必要がある……?)

 考えながら、廊下を進んだ。


「待て! 待て待て待て待て……!!」

 瑠璃姫が取り乱しながら、澄真(すみざね)の衣を引く。


 澄真(すみざね)は、驚いて瑠璃姫を振り返った。

「……」

 瑠璃姫が慌てるのは、珍しい。


 いつも余裕の笑みをたたえ、人を小馬鹿にしたように見るのが、瑠璃姫の常であった。


(それなのに、この取り乱しよう……)

 瑠璃姫の様子に、澄真(すみざね)は軽く目を見張る。


 封じられて随分なるが、いつも澄真(すみざね)を鼻で笑うような瑠璃姫である。何故こうまでして、あの子どもにこだわるのか……。


「……何を焦っている? さては、何か隠しているのか? 先ほどから、お前は様子がおかしい……」


「うぐ……」

 澄真(すみざね)の言葉に瑠璃姫が唸る。



 そこに弦月(げんげつ)和尚が、ふっと溜め息をつきながら、助け舟を出した。

「小狐丸や……あまり瑠璃姫を(いじ)めてくれるな…」


「!?」

 ピクッと肩が揺れ、すぐさま澄真(すみざね)が和尚を振り返る。《小狐丸》は澄真(すみざね)の幼名だが、好きな名ではない。


「『澄真(すみざね)』です! 和尚……」

 苦々しげに澄真(すみざね)は和尚に言った。


「おおぅ、そうじゃった、そうじゃった。年をとると、物忘れが酷くてのぉ……」

 ぺちんっと、自分の額を叩く。


「……」

(絶対、わざとだ…)

 澄真(すみざね)は思う。


 弦月(げんげつ)和尚は時々、澄真(すみざね)を幼名で呼ぶ。それは決まって、澄真(すみざね)(たしな)める時に使った。


 幼い頃からの知人……父の友人であった弦月(げんげつ)は、澄真(すみざね)の痛いところをよく知っている。


 しかも弦月(げんげつ)は、澄真(すみざね)の陰陽師としての師でもある。


 力の程はそう強くはないのだが、その人の良さで陰陽(おんみょうの)小属(しょうぞく)(公文書の記載や読上げなどの記録実務を担当する、大属(たいぞく)を補佐する仕事である)まで上り詰めた。


 しかし結局のところ、目が見えなくなり、その業務が遂行できなくなると、自然と隠居の道を勧められたのだ。


「……っ」

 正直弦月(げんげつ)には、頭が上がらない。


 その両の目が見えなくなったのも、一重に澄真(すみざね)のせいだと言っても、過言ではい。

 ぐっと下唇を噛む。



「……澄真(すみざね)。申し訳ないのだが、狐丸はつい先ほど出掛けてしまったのだよ……」

 弦月(げんげつ)和尚が、申し訳なさそうに呟く。


「出掛けた……?」


 澄真(すみざね)の言葉に眉を寄せる。

「そんなハズは……」

 つい先程、澄真(すみざね)と瑠璃姫は山道を登り黒狐寺に来た。


 黒狐寺への道は、一本しかない。降りる者がいれば、すれ違ったはずだ。けれどそんな者などいなかった。


 ならば狐丸は、どうやって出掛けたというのか……。


(……)

 唸りながら、澄真(すみざね)は思考する。


 そんな澄真(すみざね)を見て、弦月(げんげつ)和尚は困ったように首を傾げた。

「入れ違いだったのかも知れぬな。狐丸は町中を見たいと言っておった……」

「……入れ違い」

 澄真(すみざね)の返す言葉に、和尚が頷く。


(そんなハズはない……)

 澄真(すみざね)は改めて思う。


 逃したくなくて、辺りの気配に細心の注意を払っていた。


 密かに術を使っていたのである。

 その包囲網を掻い潜ることなど、並の妖怪ですら出来ないはずだ。ましてや人の子。どう考えても不可能に近い。

(どういう事だ……?)


 けれど澄真(すみざね)は、深く追求する事はやめた。

 この様子だと、和尚も狐丸を手放すつもりはないのだろう。

「……」


 和尚もまた、この黒狐寺に来た時から、魂の抜け殻の様な生活を送っていた。

 寺の内部が整っているのも、一重にタマのお陰と言っても過言ではない。


 そんな和尚が今、狐丸を庇っている。

 共にいたいと、願っているのだろう。



(仕方ない……)

 澄真(すみざね)は、軽く溜め息をついた。


 これは本格的に、諦めるしかないようだ。

「……はぁ」

 澄真(すみざね)は、静かに目を閉じた。





 × × × つづく× × ×


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