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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第三章 襲い来る物の怪。
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川べりの宗源火

 弦月(げんげつ)和尚さまに、お客さまの到来を告げると、僕はタマと一緒に、市中を見て廻ることになった。


 このまま寺にいても、澄真(すみざね)との余計ないざこざが起こるだけだからね、お寺にいない方が良いって思うんだ。

 そしてそれなら、市中を見て廻ろうって話になって、タマと一緒に見聞を深める事にした。



 山を(くだ)る途中までは、澄真(すみざね)の目を気にして、『見つかるんじゃ』って思って、僕はかなりビクビクとしていたんだけど、多分、通った道が違ったんだと思う。一度も澄真(すみざね)に会うことなく、山を降りる事が出来た。


 山を抜けてからは、僕はご機嫌でしっぽをフリフリ、空を駆けた。

 やっぱり、元の姿は、動きやすい。


 時折、ブフォー、ブフォーと鼻から青い狐火を吐き出し、上機嫌で僕は進む。

 そしたらね、タマが言うんだ。

『き、狐丸? そんなに妖力の無駄遣いすると、ニャくニャってしまうニャんよ?』

『え? そうなの?』

 誰かに気遣って貰えるって、すごく嬉しくって、笑いが止まらなかった。


 ……まぁ、言うことを聞くか聞かないかは別として……。



 だって多分、僕の妖力はすごく多い。

 それは、黒狐寺(こくこじ)瑠璃(るり)姫さまの狐火を食べたからかも知れない。けれど僕は、飛びながら狐火を吐くくらいなら、なんて事はなかった。……時々やってるから。


 ……てなわけで、そんなタマの心配をよそに、僕は好き勝手に狐火を吹き散らかしながら、市中を駆け巡った。




『……それにしても狐丸。いつの間にか、大きくニャったニャ?』

 僕の姿を見て、タマは呆れ返ってそう言った。


 ……うん。そうだよね。僕もそう思う。


 この前までは、弦月(げんげつ)和尚さまの膝に、ちょこんと乗れるくらいの大きさだったんだ。それなのに、今や和尚さまの倍ほどの大きさに 成長しちゃってるからね? ちょっと異常だよね?

 これじゃあ、どこからどう見ても、妖怪にしか見えない。


 ……いや、妖怪なんだけどね、実際。


 これ以上のデカさになると、僕も過ごしにくくなるのじゃないかと思うと、ちょっと心配になってくる。

 多分、タマも、同じように思ったんじゃないだろうか?


『……まあ、妖怪って、視える者と視えニャい者がいるから、大丈夫だニャ』

 タマはぼそりと言った。


『え? 僕が視えない人もいるの?』

 タマの言葉に、僕は聞いた。

 タマは小さく頷いた。


『ほとんどの者は視ることが出来ニャい。あの客……澄真(すみざね)は特別ニャん。幼い頃からタマたちが見えたニャ』


『そう、なんだ……』


 自分は視えるのに、相手は視えない。

 そんな事もあるのか……と、僕は純粋に驚いた。


 見て欲しい時に、相手に見えないとなると、なんだか悲しい。だってそれって、話し掛けたり微笑んだりしても、気づいて貰えないって事だろ? それってどうなんだろって、僕はぼんやり思った。



 実際、僕が他の人から、見えないような態度を取られたことは、今のところない。

 前に出会ったキツネの親子は、僕を見て怖がったけれど、少なくとも僕が見ていた。だから怖がることもできる。見えなきゃ《怖がる》ってことも出来ないはずだし……。


 そもそもあの動物たちが、僕を見ていないってなると、狩りをするのが、すごく簡単なはずだ。

 だけど動物たちには、確かに僕の姿が見えていて、目が合うと驚いたように逃げていく。


 獲物に逃げられるのは、一度や二度ではなかったもの……。


(見えないなら、逃げないだろ……?)

 タマの気のせいじゃないの?

 僕はそう思って、眉を寄せ訝しんだ。


 僕は続ける。

『じゃあさ、タマ? ()()も、人間には見えないの……?』

 僕がふんふん……と鼻面で指すと、タマはそっちを見る。



 僕の示す先には、大きな川が流れていた。


 川の近くには、所々に大きな桜の木が植えてあり、可愛らしい桃色の花びらを散らしている。

 その川縁(かわべり)に、大きな火の玉がドシンドシンと上下に揺れながら、移動してたんだ。

 あれって絶対異様だよね?

 黒狐寺(こくこじ)近くの山の中で、あんな気持ち悪いの、見たことない。


 人の多い都には、悪霊や妖怪を呼び寄せる何かがあるんだろうか? 物の怪って言われる類のものを、僕は当然見たことあるけれど、こんな昼間っから見るのは珍しい。

 大抵は、闇夜に紛れるように、夜に行動するものだから……。



 目の前の火の玉は、そんな《妖怪のルール》を完全に無視していた。

 昼日中から姿を現して、川縁を移動している。何かを追いかけているようにも見えた。結構素早いその動きに、僕はちょっと引く。


 ……あんなのに、追い掛けられたくない……。



『んん……? あれは宗源火(そうげんび)かニャん?』

 タマが目を凝らす。

宗源火(そうけんび)?』

 僕は頭を捻る。


『そうニャん。《宗源火(そうけんび)》。大きな火の玉の真ん中に、苦痛の表情を浮かべた坊主の顔が浮かんでるニャん。生前悪ことするとろくな事ニャいニャん。狐丸も覚えておくといいニャん……ってもう妖怪だから遅いニャんね』

 ニャハハハハ〜っとタマは笑う。


『……火の玉に苦痛の顔……』

 僕はゾッとする。

 あれってただのでっかい火の玉だって思ってた。それなのに《顔》!?

 あれって、顔なの!?


 夜には絶対、見たくないやつだ……。

『……』

 僕は恐ろしくて黙り込む。


『うーん。でも、珍しいニャん……。宗源火(そうけんび)壬生(みぶ)の寺からは滅多に出て来ニャいのに……』

 言いながら、タマは身を乗り出す。それがまた、落ちる勢いで下を覗くものだから、僕は慌てた!

 ちょ、タマ……! いい加減にして……っ!


『あ、タマ危ないってば! 落ちちゃっても知らないからね……!』


 タマが落ちないように、身を(よじ)りながら、僕は呻く。

 けれどタマは、僕の言葉を聞いているのか聞いていないのか、動きを止めようとはしない。

 むしろ、更に身を乗り出して、叫び出した。


『ニャニャん!? 大変ニャん! 子どもが追いかけられてるニャん!』

 ガリガリと僕の頭を引っ掻いた。


『痛い。痛い……痛いってば……!』


 タマに引っ掻かれた。それがとても痛くて、僕は身を捩る。

 ちょ、ひどいよ! タマ……。


 けれどタマはお構いなしで、今度はバシバシと僕を叩いた。痛い、痛い……! もう!ホント勘弁して……っ!


『早く! 早く行くニャん! 助けるニャん! 』

 痛がる僕を無視し、タマは暴れた。


『もう……分かった。……分かったってば。分かったから、その爪、片付けて……っ』

 言いながら、僕は地表に向かって急降下する。




(タマは、変わってる……)

 僕は思う。

 なんで、人間なんか助けようと思うのだろう……?


 基本妖怪は、人間を玩具(おもちゃ)としか見ていない。あの宗源火(そうけんび)だってそうだ。

 あの子どもを追い掛けるのは、食べようとしてるのか、玩具にしようとしてるかのどっちかに違いない。

 自分に関係ないのなら、放っておけばいいのに……。


『……』

 そうは思うけれど、タマのそういう優しいところって、僕は嫌いじゃない。

 確かに妖怪にしては、ちょっとおかしいなって思うような行動だけど、僕はそんなタマが大好きだ。


 祓う力のある陰陽師は怖いけれど、力のない弱い人間は別。やっぱり僕も、助けてやりたいって思う。




『……』

 僕は、川縁の宗源火を見下ろした。

 近づくにつれて、その大きさがひどく目についた。


 うわぁ……気持ち悪い。

 炎かと思ったけど、あれってぼっさぼっさの髪の毛……? 僕は目を見張る。

 その上、ものすごいギョロギョロっとした目を、飛び出さんばかりに見開いて、血走ったその目をめちゃくちゃに動かしていた。


 ……うそ。あれで本当に、周り見えてんの……?

『……』

 僕は少し、尻込みする。

 ……近づきたくないんだけど……。


 パッと行って、パッとあの子どもを咥えて逃げるってどうだろ……?


 …………。

 考えてはみたけれど、どうもそれは無理そうだ。


 だって子どもはもう、宗源火(そうけんび)に捕まりそうだから……。

 飛び降りて、子どもを咥えてまた飛び上がる……? その間に絶対僕、アイツに捕まるよね? それにあの子どもが、僕を恐れて、逃げ出さないとも限らない。

『……』


 だったらまず、僕がアイツを威嚇して、タマが子どもを安全なところに連れて行く……ってのが一番効果的なんだろな……。

 気は進まないけど、でも、それしかない。


 ……うん。僕、頑張るよ。

 それで行こう!


『ねぇ、タマ……』

『ニャ……?』


 僕はタマ作戦を伝え、宗源火(そうけんび)の前に飛び降りる用意をした。


 ……はっきり言って怖い。あんな変な顔のヤツ、何するか全然分からない。だけどやらなくちゃ、あの子は助からない……!

 僕は決心すると、宗源火(そうけんび)の前に躍り出た……!




 ──ブワッ……!



 僕が降り立つと、風が巻き起こる。


 宗源火(そうけんび)がその風圧に驚き、一瞬(ひる)んだ。

 チャンス! 僕は唸り声を上げた!




 ──ぐああぁぁーっ!!




 口を大きく開き、鼻に皺を寄せ、宗源火(そうけんび)に向かってこれでもか! とばかりに威嚇する。


『……っ』

 目の端で、タマがビクッとみを震わせたのが分かる。


 ……ちょ、タマ。

 タマが怖がってどーすんのさ……。


 タマは少し怯みながら、追いかけられていた子どもの位置を確認する。


『……! いたニャん!!』

 叫んでタマは駆け出した。

 途中、《ポン!》と音を立てて、人形(ひとがた)をとった。アレならさっきの子どもだって怖がらないと思う。


 子どもは道端の桜の木の幹に身を寄せ、フルフルと震えていた。震えていたけれど、タマを見て、ホッと息をついたのが見えた。

 歳の頃は十歳くらいに見える。品のいい色の水干(すいかん)を身にまとっているから、どこかの貴族なんじゃないだろうか……?


 黒狐寺(こくこじ)にやって来た澄真(すみざね)も、結構身なりは良かったけれど、その子はそれ以上の身分の者に見えた。



「大丈夫かニャん? あっちの木の影に隠れるニャん……」

 タマが子どもにそう言っているのが聞こえる。


 その言葉に、子どもはこくりと頷いて、震える足でどうにか移動し、隠れることが出来た。



 さて、子どもが安全なら、後は簡単!

 僕が暴れて、宗源火(あいつ)が逃げ出せば、こっちの勝ち!


『グルルルル……!』

 僕は更に唸り声を高める!


 宗源火(そうけんび)は、突然現れた僕に一瞬驚きはしたものの、すぐに威嚇を始めた。

 小さく低く唸り声を上げ、ギョロギョロと視線の定まらなかったその目を、キッ! と僕に集中させる。


 ……う、怖っ。


『……っ、』

 だけど怯む訳にはいかない。

 きっとあいつはあれで、僕の力量を推し量っているのに違いないんだから……!




 ──『ウゥー……っ、ウオォオォォー……』




 宗源火(そうけんび)は唸る。


 ひぃーん。怖い。

 怖いよぅ……。

『……っ』

 僕はチラッとタマを見た。


 タマは怯える子どもの背中を、ぽんぽんと撫でながらあやしていて、僕の方なんて見ていやしない。


「もう、大丈夫ニャん……」

「う、うん。……ひっく……うっ……」



『……』

 ……分かるよ、その気持ち。


 こんなのに追い掛けられたら、そりゃ僕だって泣きたい。

 いやいやいっそ、僕も今泣きたい。


 僕は思わず、鼻を鳴らそうとしたところで、タマと目が合った。

『……』

 タマは明らかに僕を見て、怯えていて、僕は言葉を失う。


 …………まぁ、目の前の宗源火(そうけんび)、早く退治して、寺に戻ろう。

 そう、冷静に考える自分がいた。





 × × × つづく× × ×


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