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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第二章 灰青の陰陽師
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和尚さまと澄真

 僕はやっとの思いで、黒狐寺(こくこじ)へ着いた。

 はぁ、はぁ……も、もう、ダメ。苦しい……。僕はすぐさまへたり込んでしまった。

 でも良かったぁ。無事に帰りついた。


 へたり込んだ僕に、人形(ひとがた)変化(へんげ)したタマが、申し訳なさそうに水を持って来てくれる。

「ご苦労さまだったニャん……」

「あ、ありがと……っ」


 ごくごくと、喉を鳴らしながら、僕はその水を一気に飲み干した。

「ぷはぁ、美味しい……! でも、もう一杯、欲しい……っ」

 喉はカラカラだ。何杯だって飲めそうだった。ふぅ……と息を付きながら、僕は呟く。


「! ……分かった! 待っててニャん!!」

 言うが早いか、タマはすっ飛んでいく。


「うわ、……速っ……」

 タマの速さに、僕は目を丸くして笑った。

 さすがは猫の妖怪。でも僕だって、負けてはいられない。


 今日は色々学ぶことがあった。

 《妖力》って言っても、工夫次第で使い勝手は良くなるんだなぁ。僕はぼんやりとそんな事を思う。

 さっき教えてれた《外側は人間、けれど中身は妖怪》ってのをタマは自然にやってのけてる。だからあんなに足が速いし、高く跳べたんだ。

 それに履物の違い。

 その場その場で、使い勝手のいい道具は様々で、使い分けることによって作業は簡単になる。


「……」

 僕は自分の足を見て、ふっ……と青白い狐火を吹き掛ける。

 するとさっき作った草履は跡形もなく消えて、裸足になる。

「ふふ……」

 それを見て、僕は笑う。

 山の中は一本下駄。寺の中は裸足がいい。

 僕は微笑みながら、寺のお縁にゴロリと横になった。




 ──ふわり……。




 風……気持ちいい……。

 お寺の優しい(こう)の匂いを優しく広い、風は柔らかに吹いていく。

「はぁ……幸せ」

 ずっとこのままでいたい。

 この穏やかな世界で……。




「狐丸? 帰ったのか? やけに騒がしかったが……何かあったのかい……?」

「あ、和尚さま……」

 不意に騒がしくなった寺の様子に、和尚さまが不安げな声をあげ、僕の傍へやって来た。


 目の見えない和尚さまの手が、僕をさがして伸びて来る。そして人形(ひとがた)をとっている僕の頭を、わしゃわしゃと撫で回した。


「……っ! ふふ。和尚さま。くすぐったい……っ」

「おお、済まぬな。人形(ひとがた)をとっておるのか……。何処にいるか、確かめたかったのじゃよ。走っておったのか? 汗びっしょりではないか」

 手を離し、和尚さまは微笑む。

「……ふふっ。僕たくさん走ったから……」

 そんな優しい弦月(げんげつ)和尚が、僕は大好きだ。

 ホワホワとした気分で、和尚を見た。


「あ、そうだ! 和尚さま……!」

 僕はすぐさま、和尚に澄真(すみざね)の到来を告げた。

「おお、澄真(すみざね)か。もう、そんな時期だったかのぉ」

 言いながら、和尚さまは出迎えるために腰を上げる。


「知っているの?」

 僕は、首を傾げる。


「ん? あぁ、知っているよ。……狐丸は澄真(すみざね)に会ったのは初めてかい?」

「はい……」

 少し、変な感じがした。

 和尚さまは、あの陰陽師の澄真(すみざね)を知っている。瑠璃姫もタマも知っていた。だったら僕は隠れなくても、良かったんじゃないだろうか?

 そんなふ風に思うと、何故、瑠璃姫やタマが《姿を見られるな!》と言ったのか、分からなくなる。


 ……たしかに陰陽師は、妖怪の敵ではあるけれど。

「……」


 ちょうどその時、タマが戻って来た。

「狐丸! お水また、汲んできたニャん!」

 ウキウキと水を渡す。


「あ、ありがとう!」

 僕は、今度はゆっくり水を飲む。


「ん? なんの話ニャん?」

 タマが首を傾げる。


 その声に、和尚さまが顔を向ける。

「おぉ、タマか。今、狐丸と澄真(すみざね)の話をしていたところだよ」

 言いながら和尚さまは、嬉しそうに微笑んだ。

「タマや、お茶の用意をしておくれ。」

 けれど、タマは毛を逆立てる。


澄真(すみざね)? タマは澄真(すみざね)が嫌いですっ! 澄真(すみざね)が、瑠璃姫さまをあんな目に……っ」

 そこまで言ってタマは、ハッとして口を抑えた。


「……」

 弦月(げんげつ)和尚さまは、そんなタマを見て、困った笑顔で静かに座っている。

 ……少し、悲しそうだった。


「あ、……あ! お、和尚さま。和尚さまは違います! 和尚さまは……!」


 けれど弦月(げんげつ)和尚は、静かに首を振った。

「そんなことはない。澄真(あれ)はただ、瑠璃姫を封じるのに少し手を貸してくれただけ。悪いのは全て、この弦月(げんげつ)なのじゃから……」




 ──瑠璃姫を封じたのは、この(わし)じゃ……。




「……」

 和尚の言葉に、タマはしゅんと(こうべ)を垂れた。




 ──ぽんっ!




 軽い音を立てて、タマは猫の姿に戻る。

『あれは、しかたニャかったのニャん』

 タマが小さく呟いた。


『瑠璃姫さまも、和尚さまを守りたかったニャん……』

 耳を垂れ、項垂れる。

「……あぁ、儂も、瑠璃姫の傍にいたかった……。だから、澄真(すみざね)を呼ぶしかなかったんじゃ。儂の力では遠く及ばなかったからの……」

『……? 呼ぶしかニャかった……?』

 タマの言葉に、和尚さまは頷く。


「勘違いしてはならぬ。澄真(すみざね)は、儂と瑠璃姫を助けてくれたのじゃ……」

 言って、小さく笑った。


「……」

 僕には、話が全く見えなかった。

 けれどなんだか、触れてはいけない事のような気がして、黙っていた。


「……」

 沈黙が流れる……。




 春の優しい風が、全てを包み込む。

 寺の境内に、桜の花びらが数枚、ひらひらと舞い降りた。


『和尚さま……』

 不意にタマが口を開く。


「ん?」

 和尚さまはそんなタマへ、優しく返事をする。


『タマと……。タマと狐丸とで、市中を見てきてもいいですか?』

 そう言うタマの小さな耳は、フルフルと震えながら、ペタリと垂れていた。

 和尚さまはくすりと笑うと、その頭を優しく撫でる。


「あぁ、構わないよ。夕餉(ゆうげ)までには、帰って来るんだよ……?」

 和尚さまは笑っていたけれど、すごく悲しそうな顔で、僕は心が痛んだ。


 幸せそうに見えるお寺。

 けれど、みんな悩みを抱えていたんだ……。そう思った。



「はいっ!」

 和尚さまの言葉に、僕は明るく返事をする。

 悲しみも苦しみも、吹き飛ばしてしまえ! そう思った。


 僕は返事をすると、ぴょんっと縁側(えんがわ)から飛び降りた。




 ──ぽんっ!




 軽い音が響く。

 途端、僕はキツネの姿へと変化(へんげ)する。


「……っふふ。狐丸は、気が早いのぉ?」

 和尚さまが笑った。いつもの笑い声だ。


 僕の本体であるキツネの姿は、日に日に大きくなっていて、寺の中で戻るには、何かを壊すんじゃないかって思うほど、大きくなった。


 その成長は、本当は少し異常で、瑠璃姫さまは、自分の狐火を食べてしまったからだろう……とすまなそうにしていた。けれど、僕は別に困ってなんかいない。


 確かに、変化(へんげ)する時には外に出たり、眠る時には人形(ひとがた)にならないと寺に入れなかったり不便なことはあるけれど、妖力の調整で時々小さくもなれた。


 まだ、思い通りに体の大きさは変えられないけれど、でも、いずれいつの日か、自由に変化(へんげ)出来るようになるに違いない。

 そう思うと、訓練の楽しみも増えるってもんだよ!


 ……だから、そんなに悲しまないで欲しいんだ。

 もっといっぱい、みんなには笑顔でいてもらいたい……。

 僕はもっともっと練習して、立派な九尾になれるから、それまでみんな一緒に、見護っていて欲しいんだ。



『早く行こうタマ! 置いて行っっちゃうよ!?』

 と、僕はタマを急かした。


『本当に、まだまだ子どもニャん』

 タマが呆れた声を出す。

 和尚さまの笑い声も聞こえた。


 タマはぴよんと跳ねると、僕の背中に飛び乗った。




 ──ふわ……っ。




 僕は、タマが飛び乗ったのを確認して、僕は自分の青白い鬼火に飛び乗った。


『和尚さま。それでは行ってまいりますニャん』

 タマが言う。

「気をつけて、行くのじゃぞ! 狐丸を頼んだぞ?」


『ひどいなぁ。僕だって、もう大人なのに……』

 和尚さまの言葉に、僕が唸る。


 その様子に、弦月(げんげつ)和尚さまは、声を立てて笑った。

「あははは。それはすまない。しかしまだまだ狐丸は子どもじゃぞ? 都には人もたくさんいるからの、十分気をつけて行っておいで……」

 そう言って、優しく微笑んだ。


『はい! 行ってまいります!』

 僕はそう言うと、(くう)を蹴る。




 ──ぶわ……っ!!




 ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤✤••┈┈┈┈••✤••┈┈


 狐丸の跳躍は、かなり頼もしいものだった。

 けれどそれは、目の悪い弦月(げんげつ)和尚には、見ることが出来ない。


 その衝動で起こる風の流動に、和尚は二人が出掛けたことを悟る。



「……行ったか」


 和尚はポツリと呟いた。

「それでは澄真(すみざね)を出迎えてやらねばな……」


 ふわりと微笑むと、ゆっくり門の方へと足を向けた。





 × × × つづく× × ×


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