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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第二章 灰青の陰陽師
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黒狐寺の謂れ

 澄真(すみざね)は、瑠璃(るり)姫と共に、古寺《黒狐寺(こくこじ)》にたどり着いた。


 黒狐寺は、都からそう離れていない比較的なだらかな山の頂上にある。


 東側を山肌にして建つ黒狐寺の夜明けは遅い。

 なかなか陽の光にありつけない森のはずなのに、草木は驚くほど生えている。いつ頃から生えているのかと思うほどの大木がゴロゴロとあり、その根っこがうねるように地を這っている。

 歩き慣れたものですら、その根っこに足を取られ、転倒することも珍しくない。

 それゆえ、拝するのにはやや骨が折れた。

 けれど、それほど有名な寺ではなくて、むしろ隠された寺でもある。それ故、参拝する者など、ほとんどいない。


 それなのに何故、弦月(げんげつ)和尚は、ここにいるのか。

 はっきりいって、誰も利用しない寺など、普通ならすぐに廃寺(はいじ)となってもおかしくない。けれどそうならない。

 厳密に言うと弦月(げんげつ)和尚は、ただの《和尚》ではないからである。


 寺を護る番人として、便宜上《和尚》と銘打ってあるが、実のところは隠居した陰陽師である。




 ──黒狐寺。




 その名の通り、黒狐寺は黒狐を封じた事から名付けられた。


 瑠璃姫が封じられる()()()、黒狐寺はここに建っていて、その名を黒狐寺(こくこじ)といっていた。

 黒狐である瑠璃姫を封じたから、黒狐寺なのではなく、もともとこの地では、代々《九尾の妖狐》を封じて来た場所なのである。


 たまたま最初に封じたのが《黒狐》であったから黒狐寺と名付けられた。歴代の九尾には白狐もいたらしいが……。



「……瑠璃姫。お前は嫌じゃないのか?」

 澄真(すみざね)が、ポツリと呟く。

 瑠璃姫は遠慮ガチに尋ねる澄真(すみざね)が珍しくて、目を丸くする。

「何がだ?」


 瑠璃姫は不思議そうに、澄真(すみざね)を覗き見た。バツが悪そうにそっぽを向く澄真(すみざね)のその横顔が、昔見た幼い頃の澄真(すみざね)を彷彿とさせ、瑠璃姫は少し可笑しくなる。

 くすり……と笑う瑠璃姫のその様子に、澄真(すみざね)は渋い表情を浮かべた。


「《封じられてる事》が……だ。平気なのか?」

「……」

 平気か……? と聞かれれば、平気である訳がない。


 自由を奪われているのである。不自由ではない……などとは、到底言えるべきことではない。

 けれど言われて、瑠璃姫はふふふと笑った。今更、何を聞くのかと思えば……。


「人と言うものは、自分の利のために他を封じておきながら、その者の心配をするのだな?」

「……」

 澄真(すみざね)は眉をしかめたが、返す言葉もない。


 そんな澄真(すみざね)を見て、愉快でたまらぬ。……と言いながら、瑠璃姫は(そで)を口許にあて、くくくと喉を鳴らす。


「……そう思うのであれば、解放せよ」

 冷たく低く、瑠璃姫は言う。


「……」

 深い青のその目を澄真(すみざね)に向け、軽く睨んだ。

 睨まれてれて、澄真(すみざね)はぐっと息を呑む。


「それは、……出来ない……」

 はぁ、と息を吐いて、澄真(すみざね)は言った。


「ならば、聞くな」

 答えは分かっていた。今更その願いが叶うとも思っていない。半ば呆れたように、瑠璃姫は返す。


 返事など、決まっている。

 欲にまみれた人間たちが、九尾を手放すはずがない。


「……しかし、気になったのだ」

 言って、澄真(すみざね)は、少し青が含まれるその灰色を帯びた目を伏せた。

「……」


 見鬼(けんき)の才を生まれながらに持ち、人とは違う《色》に悩みながら生きていた澄真(すみざね)は、妙なところで情が深い。

 《人が嫌い》と言いながら、相手を立て、妖怪は要らぬと言いながら、こうやって気遣いを見せる。


 横目でそんな澄真(すみざね)を見ながら、瑠璃姫は、ふっと息を吐く。


「……人とは、難儀なものだな。弦月(げんげつ)といい、お前といい。……お前達は、自分の思いのまま、好きなようには、生きられぬのか?」

 瑠璃姫の声は優しい。


 瑠璃姫も心のどこかで、そんな不器用な澄真(すみざね)弦月(げんげつ)和尚を、哀れに想っている。

 そんな哀れな人間たちが、少し愛おしい。そして、少し……面白い。


「……」

 瑠璃姫の言葉に、澄真(すみざね)は押し黙った。





 ──サラサラサラ……。



 桜の花を散らしながら、春の爽やかな風が吹き抜ける。


 澄真(すみざね)の着ている狩衣(かりぎぬ)の、青い袖括(そでくくり)()が、その風に軽く煽られなびいた。


 瑠璃姫は、その風に気持ち良さそうに顔を向け、微笑む。


「今、(われ)はここが好きじゃ。好きだからここにおる。……確かに、(われ)の自由になるのは九つのうちの、一本のしっぽだけ……。この寺からも出られはせぬ……しかし、こうして自由に歩けるし、風も感じる。妖力も、普通の妖怪程度くらいはまだ使えるのだぞ?」

 言って目を細めながら、澄真(すみざね)の方を見た。


「それに、お前にだって、勝とうと思えば勝てるのだからな……」

 そう言って、にやりと不敵に笑う。


「……! はっ、何の冗談だか……」

 澄真(すみざね)は目を閉じ、ふふっと笑う。

 それから呆れたように肩をすくませた。


 そう言えば、先ほども同じ事を言い合ったな、と澄真(すみざね)は思う。そうだった、こいつには恨みがあった……。


 瑠璃姫のせいで稚児に逃げられたのを思い出して、澄真(すみざね)はムッとする。

「そう言えば、あの稚児はどこだろう? ちゃんと帰って来れたのだろうか?」


 澄真(すみざね)たちは、これでも足早に山道を登って来た。けれど、稚児には会わなかった。

 そうなるとあの子どもは、よほど慌ててこの道を登ったか、あるいは険しいけもの道の近道を選んだかのどっちかになる。

 どちらにせよ、それは自分から逃げるためなのだと思うと、澄真(すみざね)の心は傷んだ。

「……っ、」

 澄真(すみざね)は指を噛む。


(子どもの足では、相当キツい山道だろうに……)

 眉をしかめた。


 けれどどうにも《縁》を切りたくない。

 澄真(すみざね)は、ここに来るまでの間、ことある事に狐丸の話題を出していた。

 瑠璃姫はそんな澄真(すみざね)の話に生返事で答え、正直疲れてしまった。いい加減、諦めてくれないものだろうか?


 そんな瑠璃姫の苦労など気にせず、澄真(すみざね)はぼんやりと思う。

(あの、稚児の名は、なんという名だろうか……)

 澄真(すみざね)の頭の中は、狐丸のことでいっぱいだ。


 山の(ふもと)から、山頂の黒狐寺までの道のりは一本道。迷うはずもないが迷っているのならば、助けに行きたい……。



「……まだ、言っておるのか? 心配ないと言っておるのに……」

 瑠璃姫が呆れた声を出した。正直、狐丸の話題には、飽きてしまった。

(他の話は出来ないのか……)

 瑠璃姫は唸る。


 ふと、瑠璃姫はいい事を思い出した。

「あぁ。そうだ」

 いいながら、くくくと笑う。


「面白い事を思い出した。お前はあの稚児の《名》、知りたくはないか……?」

 含み笑いを浮かべながら言う瑠璃姫を見て、澄真(すみざね)には嫌な予感しかしない。


「……!?」

 けれど体は素直だ。澄真(すみざね)は必要以上に、反応する。

「……」

 たしかに稚児の名は知りたいが、妖怪である瑠璃姫の手のひらの中にいるようで、澄真(すみざね)はなんだか、ひどく居心地が悪かった。


 唸るように瑠璃姫を睨んだ。





 × × × つづく× × ×


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