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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第二章 灰青の陰陽師
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稚児の薄衣

 

「……はぁ」

 澄真(すみざね)は、溜め息をつく。


 今日初めて出会った相手ではあるが、澄真(すみざね)は、狐丸の事がひどく気掛かりだった。抱き上げたとき、ひどく軽かったのがその理由だ。


 しっかりと食べれているのかも、定かではない。

 太らせるつもりはないが、健康的な生活の保証くらい自分なら出来るのに……。そう思うと、黒狐寺(こくこじ)の対応が恨めしくも思う。


(ただ、……どちらにしろ、今は、本人がいない)

 ふっと溜め息をつく。

 逃げられたのが、本当に口惜しい。


 深い溜め息を何度もつきながら、空を見上げる。

 空は雲ひとつなく、清々しく晴れ渡っていた。


「!」

 その中で、何やらヒラヒラ飛んでいる。

 淡い桃色のそれは、まるで天女の羽衣のように目を引いた。澄真(すみざね)はハッとする。

 よくよく目を凝らしてみれば、それは先ほど出逢ったあの稚児が、必死に握りしめていたあの薄衣によく似ていた。


「……!」


 それは、ふわりふわりと近くまで落ちてくる。

 思わず駆け寄り、澄真(すみざね)はの薄衣を受け止めた。

「これは……」


 呟きながら、手の上の薄衣を見た。

 やはり間違いない。あの少年の持ち物だ。


 とても大切な物だったのだろう。抱き上げたときも、必死になって手に握っていたことを澄真(すみざね)は思い出す。


(それを手放すとは、……もしかしたら、何かあったのか……?)

 サーっと血の気が引いた。

 澄真(すみざね)は真っ青な顔になって、瑠璃姫を振り返る。

「……」

 しかし、瑠璃姫は呆れた顔で、そんな彼を見た。


「……それは、(われ)がアイツに渡したものだ。その時おまえも、傍にいたから知っているであろう? (われ)から、また渡しておくから大丈夫だ」

 言いながら、手を伸ばす。しかし、澄真(すみざね)はパッと衣を自分の後ろに隠し、離さない。

「……いや、いい。私から渡す。……それに、あんなに大切にしていたのに手放すなど、何かあったのかもしれない」

 オロオロとする澄真(すみざね)が、瑠璃姫の目には、少し可笑しく映る。思わず心の中で苦笑した。


(そこまでとは……!)

 けれど狐丸も、今や黒狐寺(こくこじ)の家族も同然。真っ青になるほどに心配してくれると思えば、嬉しくもある。


 瑠璃姫はふふふと笑う。

(正確に言えば、()()()()()()()()ではなくて、狐耳とその色をお前に見られたくなくて、必死に隠してただけなのだがな……)


 瑠璃姫は目を細め、《何かあったのでは?》と慌てふためく澄真(すみざね)を見る。

「……」

(愚かなこと。……正直に言えばいいものを。狐丸にまつわる物を手に入れられて、嬉しい……と)


 もともと自分のものだった薄衣を、澄真(すみざね)が抱きしめている事に眉をひそめ、瑠璃姫は呆れながらそれを見る。

 澄真(すみざね)は狐丸を心配しながらも、薄衣を抱いて、無意識にふわりと微笑んでいる。


 狐丸が走り去って行ったその先を見つめながら、今にも駆け出して行きそうな様子であった。


 瑠璃姫はそれを見て、小さく溜め息をついく。

(……今駆けて行かれては困る。……なんと面倒な事よ……)

「ちっ」

 小さく舌打ちをする。


「待て待て……何もあるものか。ここは(われ)が護っておるのだぞ。何かあったのなら、(われ)が真っ先に気づく」

 駆け出しそうになった澄真(すみざね)を、瑠璃姫が慌てて袖を引く。


「……まぁ、お前みたいなのが、気配を消して侵入さえしていなければ、……の話だがな……」

 ギリッと瑠璃姫は澄真(すみざね)を睨んだ。

 その事は事実なので、澄真(すみざね)は少しバツが悪い。いやしかし、そもそも、この黒狐寺(こくこじ)に来る度に、妖怪に見張られていると思うと、気分が悪くなる。

 気配を立つのも当たり前ではないかと、澄真(すみざね)は思っている。


 片や瑠璃姫には、それが理解出来ない。毎回なんのために、澄真(すみざね)はわざわざ気配を殺して、この寺へやって来るのだ! とイライラを募らせているのである。

 それはいつも驚くほど巧妙で、瑠璃姫がどんなに網の目を細かくしても、澄真(すみざね)を見つけることが出来ない。いったい、どうやっているのか。


(今回もそうだ)

 瑠璃姫の鼻息は荒い。


 狐丸には、世間の何たるかを教えているところへ、いきなりこいつが現れた。まだ十分に教えきってはいなかったものを……! と瑠璃姫は唸る。

 自分と同じ(てつ)を踏ませないためにも、陰陽師の事も妖怪の事も、まだまだ話しておきたい事は沢山あったのに……。


(それなのに、こいつときたら……っ)

 いつもいつも、邪魔ばかりする! 瑠璃姫はムッとして顔を上げた。


「それに、何かあったと言うのであるならば、……それはお前が恐ろしくて、必死で逃げているだけの事であろう? アイツをあまり(いじ)めてくれるな……」


「うぐ……っ」

 澄真(すみざね)は、顔をしかめ、息を呑む。確かに自分から逃げるのに必死になって、落としたのかもしれない。


 あの時は自分も逃げられまいと必死で、多少強引だったのも否めない。稚児は微かに震えてもいたのだから、怖がらせたのも事実だ。

(けれど、逃げられるほどのことはしていない……!)


 《必死で逃げている》《苛めるな》……の言葉に、少なくとも澄真(すみざね)は、軽いショックを受けた。

(私は、苛めた覚えなどない……、はず……)

 眉間にシワを寄せ、今までのことを振り返る。


 確かに、和尚に会いに行こうとするのを(はば)みはしたが、後はただ、抱き上げただけだ。それほど悪いことのようには思えなかった。


 痛い目にあわせたわけでもないし、辛辣な言葉を吐いた訳でもない。……手酷いこと、などしたつもりはないし、していないと言い切れる。


(……それとも、唇を寄せたのが悪かったか……?)


 一つ思い当たることがあったのを思い出し、澄真(すみざね)は青くなる。

(いやしかし、あれはただ、熱をみただけだ。ひどく軽かったものだから、病気でもしているんじゃないかと気になった……)


 けれど、そんなに嫌がるほどの事だっただろうか……? おでこに口づけただけだぞ? ……いや、頬にもしたな……。

 けれどあの時、ひどく驚いた時のあの反応は、とても可愛かった……。

(……もう一度、逢いたい……)


 薄衣が飛んできた方向を、澄真(すみざね)はぼんやり見る。

 きっとあの方向に、いるに違いない──。


「……よっと、」


 考えている澄真(すみざね)の隙をついて、瑠璃姫は薄衣をするり……と奪い取った。


「あ……! 何をする!」

 慌てて掴もうとしたが、もう遅い。瑠璃姫は、知らん顔を決め込み、澄真(すみざね)から奪った()()をするりと羽織った。


 唯一の稚児との繋がりを奪われ、澄真(すみざね)は非難がましい目を瑠璃姫にむける。ギリリと歯ぎしりをした。

「……っ」

 瑠璃姫は、ふふんと笑う。


「ボーッとしておるからだ。……和尚に用があるのだろう? 早く行って用事を済ませてしまえ。そして、とっとと屋敷に帰ってしまうがいい……!」


「……瑠璃姫っ」

 睨む澄真(すみざね)の背中を『ホレホレ』と押して、瑠璃姫は山道を急がせた。





 × × × つづく× × ×



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