澄真の想い
寺へと続く長い道を、澄真と瑠璃姫は黙々と歩いて登った。
当然、二人に会話などあるはずもない。
ただ黙々とその歩を進めている。稚児……狐丸に逃げられて、澄真はひどく機嫌が悪かった。
ずっと眉間に皺を寄せて、曲がりくねった道をただ、ひたすらに進んでいる。
(降ろさなければよかった……)
澄真は後悔する。
瑠璃姫の挑発に乗った自分が、今更ながら憎い。
けれど、隙あらば稚児を奪おうとする瑠璃姫が、さすがにうっとおしかったのだ。ここはひとまず牽制しておこうと、抱いてた稚児を地に降ろした。
(本気で、連れて帰ろうと思ったのだが……)
「……」
計画が崩れ、澄真は唇を噛む。
思わず瑠璃姫を睨んだ。
睨まれて、瑠璃姫は苦笑する。
「澄真。……お前らしくもないではないか。アイツが、そんなに気に入ったのか……?」
くくくと、喉を鳴らした。
人間を見ていると、瑠璃姫は飽きることがなかった。
自分の欲を惜しげも無く晒す妖怪にとって、必死にそれを隠そうとする人間は、奇異な存在でしかない。
こと澄真に至っては、その類稀な力のせいで、人間関係がおかしな方向にねじ曲がり、少しひねくれた行動をとることが、ままあった。
それが瑠璃姫には、可笑しくて仕方がない。
(欲しければ、奪えば良かろうに……)
烏の濡れ羽のようなその漆黒の髪をかきあげながら、瑠璃姫は微笑んだ。
「気に入った……?」
澄真は思わず目を見張る。
一瞬瑠璃姫が何を尋ねたのか分からなくなる。
「……」
(気に入った……のか? あの稚児を? ……私が……?)
瑠璃姫に尋ねられ、澄真は悩んだ。
(傍に置いて、ずっと見ていたいとは思うが……しかし……)
瑠璃姫が言った通り、自分はそんなに人が好きではない。
むしろ嫌いな方だ。
この『人ならざる力』のお陰で、あまりいい思い出はない。それを思うと、自ら好き好んで人に関わろうとは、思いもしなかった。
(それならば何故、あの稚児に執着するのだ……?)
澄真は、口許に手をあてながらそれを考える。しかし考えれば考えるほど、答えは出ない。
「そうだ、な……」
澄真は口を開く。
「あれは人なのだろう? 妖怪のお前たちの傍に置くよりも、私の傍の方が安全だ。お前たちが、あれの管理をしっかりするのならば、私の出る幕はないと思うのだが……」
そう言って澄真は、笑ってみせる。
(……けれどそれは、ただの言い訳だ……)
笑って見せたものの、余裕のない自分がいる。それはきっと、さっき言ったことが本心でないからなのだと、自分でも分かっている。
これは、本当の理由じゃない。……そう思った途端、ズキンと胸が痛んだ。
「……っ」
訳も分からず息を呑み、胸のあたりを掴む。
苦しくて、どうしようもない。訳のわからない不安にかられ、いても立ってもいられない。
私はいったい、どうしたというのだ……?
気合いで、自分の気持ちをねじ伏せてみたものの、心のもやもやは未だに晴れないでいる。
(おそらく自分は、あの稚児を手放したくはないのだろう……)
はぁ……と溜め息をつきながら、ぼんやりとそんな事を澄真は思った。
もともと稚児は、この寺に引き取られた子どもだ。これからもずっと、変わることなく居続けることだろう。
(それでいいではないか……)
そう思う。
その方があの子のためだと思うし、弦月和尚や瑠璃姫の護るこの地で世俗と離れ、心穏やかに過ごす方が、きっと幸せなのに違いない。
ただその時その場所に、自分はいない。自分のいない場所で、あの稚児は幸せになるのだと思うと、無性に心が傷む。
「……っ、」
痛む胸を抑えながら、『それが一番いいのだ』と、そう自分に言い聞かせる。けれど、納得できない自分もいる。
何をどうしたいのか、自分の気持ちが分からなくなり、澄真は顔をしかめた。
(あれ……が傍にいる生活……?)
人と率先して関わろうとは思わないが、先程の稚児が傍にいるのは構わない……。と、澄真は思う。
何故そう思うのかは分からない。
けれどたまには人のいる生活も、悪くはないのでは……と思う自分がいて、少し驚いてしまう。あれだけ《人》というものに、痛い目にあったというのに……。
(……っ。いいや、違う……!)
澄真は頭を振る。
いても構わないではない。傍にいて欲しいのだ。
澄真はその事に気づき、頭を抱えた。
「……どうか、してる……っ」
そんな風に思う自分がいることに、澄真は怯んだ。
今まで、誰かといたいと思ったことなど一度もない。
「……」
澄真は自分が抱き上げた時の、稚児の事を思い出す。
あの体型にしては、ひどく軽くて思わず目を見張ってしまった。クシャミをしたから寒いのかと抱き寄せてみれば、甘い蓬萊柿に似た優しい香りがした。
淡い色合いのその髪と、陶磁器のようにきめ細かく滑らかな白い肌。少し怯えて震えるまつ毛の奥には、濡れた金の瞳。
(《金の瞳》……!?)
そんなわけはないと、再び見ようとしたが、薄衣の奥に隠れて、どうやっても見ることが叶わなかった。
「……」
恐らくは、光の加減であったろうと思うのだが、澄真はまた、あの金の瞳が見たくてたまらない。
彼もまた、自分のように、その容姿に劣等感を抱いているのだろうか……?
澄真は烏帽子からはみ出た自分の髪の一房を摘んで弄ぶ。
灰青色のその髪は、陽の光に透かせば銀色に輝いたが、美しいと思う者は誰一人としていない。
実の親ですら、この毛色と鬼を視るその力を恐れ、近づきもしない。
「はぁ……」
澄真は溜め息をつく。
(アレはまだ、幼い少年であった。あのように色素の薄い者も初めて見た。きっと素晴らしい陰陽師になれるだろう……。しかし、あの容姿であれば……)
自分と少年を重ねずにはいられない。きっと辛い思いをしてきたに違いないと思うからだ。
例外もあるが、たいてい色素が薄ければ、人から忌み嫌われる。けれどその分、陰陽師としての力も強い。
自分の知識を一つずつ教えて、育てていくのも面白そうだと澄真は思った。元々の素質ががなければ、陰陽師の技など、教えても身につかない。
(けれどあの稚児は違う)
その色の薄さだけではない。
普段表へ出てこない瑠璃姫が外へ出て来て、甲斐甲斐しく世話を焼いていたのがその証拠だ。
(あの稚児ならば、どんな知識も吸い取っていくのではないだろうか?)
そんな気がしてならない。
自分と同じ境遇の稚児。
哀れみと同時に、仲間意識のようなものも相まって、胸の奥深くが疼いてしょうがない。
(それにあの美しさ……)
人は嫌がるかも知れないが、自分はそうは思わない。色やその能力に関係なく、美しいものは美しいと思う。
そんな存在と、共に過ごせると考えるだけで、自然と顔が緩む。思わず頬に手をあてた。
(わ、私は、何を考えている……?)
ただ単に、後継を育てたいだけなのだろうか……?
それとも──
澄真のその様子を見ながら、瑠璃姫が息を吐く。呆れてものも言えない……と言った顔だ。
瑠璃姫は口を開く。
「……澄真。そんな強がりを言っておると後で後悔する羽目にぞ。……まあ、吾は、あれをお前の傍に置く方が、《危険》だと思うので、別に渡すつもりもないのだがな……」
瑠璃姫が鼻で笑いながら呟く。
遠回しに、稚児の事は《諦めろ》と伝えたいのだが、なかなか思うようにはいかない。
澄真本人は気づいていないかも知れないが、傍目から見ても、かなり執着しているように思えた。
(おおかた今も、狐丸と共に過しているところでも考えてでもいるのだろう……)
ニヤニヤと笑う澄真に、冷たい視線を投げかけながら、瑠璃姫は眉を寄せる。
薄く笑う澄真のその姿が、何とも不気味だ。
「グルルルル……」
思わず瑠璃姫は、小さく唸り声をあげた。
瑠璃姫のその言葉に、澄真は顔をしかめる。
「私の傍が危険? そんなわけはないだろ? 私の傍にいれば、絶対に安全だ。それに不自由などさせない。お前たち妖怪の傍にいることこそ、危険ではないか」
澄真は言いきる。
澄真はこう見えても、貴族の出である。さすがに上流貴族とまではいかないが、ほぼ、それに近い。
無論、生活に苦労したことなどは一度も無い。
稚児一人増えたとして、家計が傾くことはありえない。
むしろ澄真にとって、稚児を迎えることは願ったり叶ったりなのである。
澄真は稚児の事を想い、小さく溜め息をついた。
そうは思っても、あの態度。
到底自分の屋敷になど来てくれるはずはない……と、
実は半ば、諦めてもいたりもする……。
× × × つづく× × ×




