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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第二章 灰青の陰陽師
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澄真の想い

 寺へと続く長い道を、澄真(すみざね)と瑠璃姫は黙々と歩いて登った。


 当然、二人に会話などあるはずもない。

 ただ黙々とその歩を進めている。稚児……狐丸に逃げられて、澄真(すみざね)はひどく機嫌が悪かった。

 ずっと眉間に皺を寄せて、曲がりくねった道をただ、ひたすらに進んでいる。



(降ろさなければよかった……)

 澄真(すみざね)は後悔する。


 瑠璃姫の挑発に乗った自分が、今更ながら憎い。

 けれど、隙あらば稚児を奪おうとする瑠璃姫が、さすがにうっとおしかったのだ。ここはひとまず牽制しておこうと、抱いてた稚児を地に降ろした。


(本気で、連れて帰ろうと思ったのだが……)

「……」

 計画が崩れ、澄真(すみざね)は唇を噛む。


 思わず瑠璃姫を睨んだ。

 睨まれて、瑠璃姫は苦笑する。


澄真(すみざね)。……お前らしくもないではないか。アイツが、そんなに気に入ったのか……?」

 くくくと、喉を鳴らした。


 人間を見ていると、瑠璃姫は飽きることがなかった。

 自分の欲を惜しげも無く晒す妖怪にとって、必死に()()を隠そうとする人間は、奇異な存在でしかない。


 こと澄真(すみざね)に至っては、その類稀(たぐいまれ)な力のせいで、人間関係がおかしな方向にねじ曲がり、少しひねくれた行動をとることが、ままあった。

 それが瑠璃姫には、可笑しくて仕方がない。


(欲しければ、奪えば良かろうに……)

 (からす)の濡れ羽のようなその漆黒の髪をかきあげながら、瑠璃姫は微笑んだ。



「気に入った……?」


 澄真(すみざね)は思わず目を見張る。

 一瞬瑠璃姫が何を尋ねたのか分からなくなる。

「……」


(気に入った……のか? あの稚児を? ……私が……?)


 瑠璃姫に尋ねられ、澄真(すみざね)は悩んだ。

(傍に置いて、ずっと見ていたいとは思うが……しかし……)


 瑠璃姫が言った通り、自分はそんなに人が好きではない。

 むしろ嫌いな方だ。


 この『人ならざる力』のお陰で、あまりいい思い出はない。それを思うと、自ら好き好んで人に関わろうとは、思いもしなかった。


(それならば何故、あの稚児に執着するのだ……?)

 澄真(すみざね)は、口許に手をあてながらそれを考える。しかし考えれば考えるほど、答えは出ない。


「そうだ、な……」

 澄真(すみざね)は口を開く。


()()は人なのだろう? 妖怪のお前たちの傍に置くよりも、私の傍の方が安全だ。お前たちが、あれの管理をしっかりするのならば、私の出る幕はないと思うのだが……」

 そう言って澄真(すみざね)は、笑ってみせる。


(……けれどそれは、ただの言い訳だ……)


 笑って見せたものの、余裕のない自分がいる。それはきっと、さっき言ったことが本心でないからなのだと、自分でも分かっている。


 これは、本当の理由じゃない。……そう思った途端、ズキンと胸が痛んだ。

「……っ」

 訳も分からず息を呑み、胸のあたりを掴む。


 苦しくて、どうしようもない。訳のわからない不安にかられ、いても立ってもいられない。

 私はいったい、どうしたというのだ……?

 気合いで、自分の気持ちをねじ伏せてみたものの、心のもやもやは未だに晴れないでいる。


(おそらく自分は、あの稚児を手放したくはないのだろう……)

 はぁ……と溜め息をつきながら、ぼんやりとそんな事を澄真(すみざね)は思った。



 もともと稚児は、この寺に引き取られた子どもだ。これからもずっと、変わることなく居続けることだろう。


(それでいいではないか……)

 そう思う。


 その方があの子のためだと思うし、弦月(げんげつ)和尚や瑠璃姫の護るこの地で世俗と離れ、心穏やかに過ごす方が、きっと幸せなのに違いない。


 ただその時その場所に、()()()()()()。自分のいない場所で、あの稚児は幸せになるのだと思うと、無性に心が傷む。


「……っ、」


 痛む胸を抑えながら、『それが一番いいのだ』と、そう自分に言い聞かせる。けれど、納得できない自分もいる。

 何をどうしたいのか、自分の気持ちが分からなくなり、澄真(すみざね)は顔をしかめた。



(()()……が傍にいる生活……?)


 人と率先して関わろうとは思わないが、先程の稚児が傍にいるのは構わない……。と、澄真(すみざね)は思う。


 何故そう思うのかは分からない。

 けれどたまには人のいる生活も、悪くはないのでは……と思う自分がいて、少し驚いてしまう。あれだけ《人》というものに、痛い目にあったというのに……。


(……っ。いいや、違う……!)

 澄真(すみざね)は頭を振る。


 いても構わないではない。()()()()()()()のだ。

 澄真(すみざね)はその事に気づき、頭を抱えた。


「……どうか、してる……っ」

 そんな風に思う自分がいることに、澄真(すみざね)は怯んだ。

 今まで、誰かといたいと思ったことなど一度もない。


「……」

 澄真(すみざね)は自分が抱き上げた時の、稚児の事を思い出す。


 あの体型にしては、ひどく軽くて思わず目を見張ってしまった。クシャミをしたから寒いのかと抱き寄せてみれば、甘い蓬萊柿(ほうらいし)に似た優しい香りがした。


 淡い色合いのその髪と、陶磁器のようにきめ細かく滑らかな白い肌。少し怯えて震えるまつ毛の奥には、濡れた金の瞳。


(《金の瞳》……!?)

 そんなわけはないと、再び見ようとしたが、薄衣の奥に隠れて、どうやっても見ることが叶わなかった。


「……」

 恐らくは、光の加減であったろうと思うのだが、澄真(すみざね)はまた、あの金の瞳が見たくてたまらない。


 ()()()()、自分のように、その容姿に劣等感を抱いているのだろうか……?



 澄真(すみざね)は烏帽子からはみ出た自分の髪の一房を摘んで弄ぶ。

 灰青色のその髪は、陽の光に透かせば銀色に輝いたが、美しいと思う者は誰一人としていない。

 実の親ですら、この毛色と鬼を視るその力を恐れ、近づきもしない。


「はぁ……」

 澄真(すみざね)は溜め息をつく。


(アレはまだ、幼い少年であった。あのように色素の薄い者も初めて見た。きっと素晴らしい陰陽師になれるだろう……。しかし、あの容姿であれば……)

 自分と少年を重ねずにはいられない。きっと辛い思いをしてきたに違いないと思うからだ。

 例外もあるが、たいてい色素が薄ければ、人から忌み嫌われる。けれどその分、陰陽師としての力も強い。


 自分の知識を一つずつ教えて、育てていくのも面白そうだと澄真(すみざね)は思った。元々の素質ががなければ、陰陽師の技など、教えても身につかない。


(けれどあの稚児は違う)

 その色の薄さだけではない。

 普段表へ出てこない瑠璃姫が外へ出て来て、甲斐甲斐しく世話を焼いていたのがその証拠だ。


(あの稚児ならば、どんな知識も吸い取っていくのではないだろうか?)

 そんな気がしてならない。


 自分と同じ境遇の稚児。

 哀れみと同時に、仲間意識のようなものも相まって、胸の奥深くが疼いてしょうがない。


(それにあの美しさ……)

 人は嫌がるかも知れないが、自分はそうは思わない。色やその能力に関係なく、美しいものは美しいと思う。


 そんな存在と、共に過ごせると考えるだけで、自然と顔が緩む。思わず頬に手をあてた。


(わ、私は、何を考えている……?)

 ただ単に、後継を育てたいだけなのだろうか……?


 それとも──



 澄真(すみざね)のその様子を見ながら、瑠璃姫が息を吐く。呆れてものも言えない……と言った顔だ。

 瑠璃姫は口を開く。


「……澄真(すみざね)。そんな強がりを言っておると後で後悔する羽目にぞ。……まあ、(われ)は、()()をお前の傍に置く方が、《危険》だと思うので、別に渡すつもりもないのだがな……」

 瑠璃姫が鼻で笑いながら呟く。


 遠回しに、稚児の事は《諦めろ》と伝えたいのだが、なかなか思うようにはいかない。

 澄真(すみざね)本人は気づいていないかも知れないが、傍目から見ても、かなり執着しているように思えた。


(おおかた今も、狐丸と共に過しているところでも考えてでもいるのだろう……)


 ニヤニヤと笑う澄真(すみざね)に、冷たい視線を投げかけながら、瑠璃姫は眉を寄せる。


 薄く笑う澄真(すみざね)のその姿が、何とも不気味だ。

「グルルルル……」

 思わず瑠璃姫は、小さく唸り声をあげた。



 瑠璃姫のその言葉に、澄真(すみざね)は顔をしかめる。

「私の傍が危険? そんなわけはないだろ? 私の傍にいれば、絶対に安全だ。それに不自由などさせない。お前たち妖怪の傍にいることこそ、危険ではないか」

 澄真(すみざね)は言いきる。


 澄真(すみざね)はこう見えても、貴族の出である。さすがに上流貴族とまではいかないが、ほぼ、それに近い。

 無論、生活に苦労したことなどは一度も無い。


 稚児一人増えたとして、家計が傾くことはありえない。

 むしろ澄真(すみざね)にとって、稚児を迎えることは願ったり叶ったりなのである。

 澄真(すみざね)は稚児の事を想い、小さく溜め息をついた。



 そうは思っても、あの態度。


 到底自分の屋敷になど来てくれるはずはない……と、

 実は半ば、諦めてもいたりもする……。





 × × × つづく× × ×


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