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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第二章 灰青の陰陽師
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青い鬼火と一本下駄

 少しでも走りやすそうな場所を選び、僕は木々の間を駆け抜ける。けれどこの山は、老木が多い。


 根っこが脆く、踏むと崩れてしまう所がある。その上ビッシリと苔がついていて、滑りやすい。

 気をつけないと、足を捻りそうだ。


 うねうねとした根っ子が地を這い、ときおり僕の足をさらった。

「うわっ……!」


 根っ子につまづき、思わず地面に両手をつく。

「……っ(つう)

 木の切っ先で引っ掻き傷をつくってしまい、赤い血液が傷口に沿って、ぷっくりと盛り上がる。

 僕は、その血をペロリと舐めとった。


『だ、大丈夫かニャ……?』


 腕の中のタマが、僕の左胸に前足をちょこんと置き、心配したように顔を覗き込んできた。

「……」

 こうしてるとすごく可愛いんだよね、タマって。

 見つめられて僕は、赤くなる。


「だ、大丈夫……」

 木の根っ子に腰を下ろし、僕はもといた場所を見下ろした。


 瑠璃姫さまと澄真(すみざね)がいる場所は、もうずいぶん遠い。ここで、少しくらい休んだって、平気だろう。

「はぁ……」

 ……も、ダメ……疲れた。


 正直、体力の限界だ。

 僕は荒い息を吐く。


「少し……少し、休む……」

 唸りながら、僕は空を仰ぐ。


 こんなにも必死に逃げているのに、きっとあの天は知りもしない。


 いつもと変わらない、ゆっくりとした、優しい時間。

 僕は、震えるように目を閉じた。穏やかな風、爽やかな香り。ポカポカとあたたかい日差し。

 何をとっても平和で安らかで……。

 でも僕の心の中は、ひどく乱れている。


 ひどく怖くて、体がガクガクと震えた。

 《人》であれば祓われない? そんな保証、何処にもないだろ? 第一、僕は妖狐なんだから……!


『……』

 僕の震えは、抱かれているタマにも伝わっていると思う。

 タマは慰めてくれるように、僕のほっぺたを舐めてくれた。



 優しい風が吹く。

 さらさらと桜の花びらが散った。


 僕の髪の毛を、春の薫風が優しく撫でる。



『……履き物を《一本下駄》にするといいニャん……』

 ふと、タマが言った。

「一本下駄?」

 僕は、震えながら訊ねる。


『そうニャん。下駄は歯が二本あるニャん? それを一本だけにするニャ。……下駄の真ん中あたりに……』


 言われて、僕は履き物を見る。

 今は草履を履いている。


 草履は藁で出来ていて、地面から飛び出ている木の根っこなどを踏むと、滑ったりもする。


 けれど下駄なら、草履より接地面が狭い。

 確かにその分、滑りにくいかも知れない。


「……下駄、かぁ……」

 呟くと、タマは微笑む。

『山伏は一本下駄を履くものが多いニャ。足場の悪い山道では重宝するからニャん』

「そっか……」

 僕は、履いている草履にふうっと息を吹き掛け、狐火を吐きつけた。草履は一瞬、ボッと青く燃えたかと思うと、下駄に姿を変える。


「こんな、かな……?」

 タマに見せる。


『そうニャん。そうニャん。これだと、地面にくっつく面が狭くニャるから、細い場所でもふらつかニャい。ただ、使うのに、コツがいるけどニャん』

 ふふふと笑った。


 僕は、もうひとつの履き物も、鬼火で形を変える。それからゆっくり立ってみた。


 なるほど、言われた通り、草履よりも普通の下駄よりもふらつく。けれど慣れてくると、確かに起伏の激しい山道にはいいみたい。


『それと、体全部を人に変える必要はニャいニャんよ? 内側……筋肉の部分は使いやすいキツネのものにするのニャ。見た目は人間でも、中身は今まで通りだから、動きやすくニャるニャん』


 なるほど、と僕は体に意識を向ける。

 でも、出来るかな?

 言うのは簡単だけど、実際やるのはどうなんだろう?キツネと人が混在する体……。

 外と内で造りが違う僕?

 上手くいくのだろうか……?


 僕は少し不安だったけれど、体内の様子を探ると、意外にも簡単に出来そうだ。

 早速試してみる。




 ──ふわっ……!




「!」

 一瞬で、体が軽くなった。僕は目を見張る。

 あ、コレいける……!

 体の軽さだけじゃない! 妖怪としての《目》が働き出し、辺りを見廻した。

「すごい……!」

 視界も良好だ。

 何もかもが見通せた。

 辛かった体も楽になる。


「タマ……」


 おいでと、両手を伸ばすと、タマはぴょんと僕の腕に跳び乗った。

 腕の中に入ったのを確認すると、僕は地を蹴った。




 ──カッ……!




 びゅぉっ……と、僕の耳のそばを風が、飛んでいく!


「う……わぁ……!」

 体がものすごく軽い。


 近くにあった岩に片足で乗り、再び上空へ向かって蹴り上げると、体にまるで羽が生えたかのように、空高く跳び上がる!




 ──ぶわっ……!




「……っ!」

 すごい! 狐火なしで、こんなに高く飛び上がれた!

 あっという間に大きな(くすのき)の、てっぺんまで届いた。


 キツネの姿の時と同じ見晴らしが、そこにはあった。


 遠くで畑を耕している人たちが見える。

 牛がそれを手伝っていた。


 大きな屋敷では、小さな子どもたちが、手毬で遊んでいる。


「凄っ……!」

 ただのひと蹴りで、ずいぶん高く跳んだ。

 もしかすると、視界が高い分、キツネの時よりも効率が良いかも知れない。


 枝に跳び移ると、下駄がカッと音を立てた。




 ──ふわり……っ。




「あ……っ」



 瑠璃(るり)姫さまに渡された薄衣(うすぎぬ)が、弾みでふわりと風に舞い、山の(ふもと)へ落ちていく。


「……あぁ、しまった……」

 慌てて手を伸ばすが、届かない。


 仕方ない。取りに行こう……!


 そう思い、飛び上がる為に膝を折る。

『狐丸……! だめニャん!!』

「!?」


 取りに行こうと身構えた僕を、タマが止めた。

『行ったら、今度こそ捕まるニャん!』

「うぐっ……!」


 捕まるのだけは、絶対に嫌だった。

 僕は慌てて、近くの(みき)に爪を立てる。




 ──ガリガリ……!




「……くっ、」

 嫌な音がして、僕の爪が木に食い込んだ。

 止まったのを確認して、タマがホッと溜め息を吐く。


『もともとあれは瑠璃姫さまの鬼火ニャん。いくらでも作れる。今は逃げるのが先ニャん!』

「わ、かった……っ」

 返事をしながら方向転換する。



 古寺はもう、すぐそこだ。

 木々の間から、寺の屋根が見えた。


 僕はくるりと体を向けると、古寺に向かって強く跳んだ。

 体が軽く、とても気分が良かった。





 × × × つづく× × ×


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