第十三話.死の大地
先代魔王は復活した際、亜人たちに紛れ自身の身を隠すために『マウトゥ・フェネア』に入った。その姿かたちから人間社会の中にあれば必要以上に目立つ。魔王とは職業のことで、種族名ではない。先代の魔王も見た目そのものは亜人の一種でしかなく、亜人種に混ざれば魔王であると人間に感づかれる可能性は大幅に低くなるのだ。
マウトゥ・フェネアの亜人種はすべての行動を管理される。基本的に男女種族ごとに隔離されており、子供が管理外で生まれるということはない。しかし、魔王はそこで職員の目を掻い潜り、ジェードを産み、育てたのだ。
マウトゥ・フェネアの実情を知る者はこの世界にはそう多くない。死の大地、なんて揶揄されるが、まったくそれが言い過ぎではない。
マウトゥ・フェネアは、まさしく地獄だった。
人魔大戦の引き金となった他種族を一時的に保護することで、未来、すべての生命体の平等な社会を実現する……そんな目的の元行われている狂気。
彼らはそこで家畜以下の存在として扱われる。
劣悪な環境での強制労働、命が消えるまで過酷な生体実験。管理者たちの気ままに行われる凌辱……。日々つみあがる死体は、弔いの時間すら許されない。
すべての亜人種には体にコードと発信機が埋め込まれ、すべて機械によって管理される。病気にかかった不良品は、速やかに隔離し、処分される。きわめて厳格なルールが定められ、職員の命令には絶対服従。仮に殺される瞬間になったとしても、抵抗してはならない。禁を犯せば当人だけではなく、見せしめのため罪を働いた者の同種の多くが粛清される。
ジェードは生まれ落ちたその瞬間から、そんな亜人種が受ける圧倒的な理不尽を目の当たりにしてきた。
悪は常に被害者を理不尽に苦しめ、命を奪った。
だから、対抗するには、絶対的な『正義』が必要だった。
理不尽な悪に立ち向かうには、理不尽なほどの絶対的な力を持った正義が。
10歳になった時、ジェードは仲間たちの助けで、マウトゥ・フェネアの脱出に成功した。ジェードは施設内でその身をかくし、人間たちにその存在を知られていなかった。そのため、体内にコードを宿すこともなかったのである。しかし、それでも脱出は困難を極めた。母は死に、仲間の多くは殺された。その後も、脱出者が出たことが原因で多くの亜人種が粛清されたという。
「……」
だからジェードは能力を発現した。
「わたしはチビの『正義執行』の範囲外でしょ?」
『絶対正義』それがジェード・サーペントのカリスマ。
ジェードが、『悪』と判断した人物に対して『正義執行』とつぶやくことによって能力が発現する。そのターゲットは、その瞬間『死ぬ』。
あらがうすべはない。防ぐすべはない。悪と判断する基準にも明確なルールなどない。
その能力は全く理不尽そのものだ。だが、殺された被害者にとっても、その悪は絶対的理不尽ではなかったか?
ならば正義側がその理不尽を行使することに、疑問があるか?
「君の能力に国連が目を付けた」
ジェードに対してイエリアがそう言った。
「な、に?」
「能力そのものがばれているわけではないと思うけど、どちらかっていうと『世界樹』に、かな。味方にしようってつもりなのか消そうってつもりなのかはわからない。とはいえ、闘うことになったとして、国連の連中は、正義とは間違っても言えないが、悪なのかなあ。まあ、きみがそう思い執行できるなら別だけどさ」
……ジェードの能力が指定する『悪』の範囲は……未知数だ。
例えば、私欲のために他者を傷つけ平気で盗みを働く人間は悪なのだろうか?
生きるために仕方なく盗みを働く人間は悪なのだろうか?
悪政を敷き、貧しき国民にそうせざるを得ない状況を作り出した王は、悪なのだろうか!?
どこまでの範囲を悪とするか。どこまでの範囲を殺せるかは、正直のところジェードも完璧には把握していない。
執行できるかできないか、というよりはジェードが執行したいかどうかだ。
今まで、正義執行を決意し、『正義執行』を発現させて、死ななかった人間はいない。
「悪だ。国連は……」
国連の人間の多くも、ジェードの能力の支配下にあるはず。
なぜならば地獄『マウトゥ・フェネア』を作り出したのは国連だからだっ!
いずれ潰さなければならない。いや、それが目的だった。
ジェードが魔王として世界に君臨するならそれが唯一無二の悲願!
国連を滅ぼし亜人種を開放する。種族間差別をなくし、世界を平定する!
「とまあ前置きはいいわ。悪いんだけど、依頼聞いてもらえるかな」
その瞬間、大気が荒れる。
「……死んでほしいんだわ」
にっこりとほほ笑んで、そう言ったのである。
「話が見えないな」
「チビ。アンタバカか? 国連がてめえに目ぇつけたつってんだ。はっきり言ってお前のカリスマを国連に奪われるわけにはいかないんだよ」
カリスマを奪うカリスマ……ジェードはその存在に心当たりはなかったが、イエリアの口ぶりからすると国連はおそらく持っているのだろう。
たしかに盗賊戦でオルテが発現させたカリスマと同系統の能力、つまり敵のカリスマを利用し、奪うカリスマが世界に存在していないとは言い切れない。
「現状、国連はおそらくチビのカリスマの詳細を掴んでいない。チビのカリスマに興味を持ったというよりは魔王職と世界樹全体に興味を持ったってところだと思う」
そうだった。ジェードは魔王職に目覚めてからは、一度もカリスマを発動していない。国連がこのタイミングでジェードの正義執行を正確につかんだとは考えにくい。
となれば単純な世界樹の戦力に対して興味を持ったと考えるべき。この推測についてはジェードもイエリアと同意見だ。
そして、教会の一件も含め、ここ最近世界樹がこなしてきた依頼を間接的に知れば、世界樹を国連が欲するのも無理はない。
だが、最初は世界樹そのものが目的でも、ジェードの能力を国連が知れば、是が非でも欲するだろう。
仮にカリスマを奪うカリスマ使いがいるとすれば、……無敵だ。ジェードの能力は国連に渡れば無敵になる。
「だからさ、悪いけど、国連がチビのカリスマに気づく前に、殺さなきゃなんだ」
国連。
国際連合団体……第二次世界大戦後に創設された団体で、現在では32大国のうち29。世界勢力のおよそ95%が加盟する。
現在、世界の行く末は国連が決めていると言っても過言ではない。
武力で言えば、国連軍の戦力はおよそ世界の半分の国家が反旗を翻したとしても楽に制圧できるであろう力を持っているという見立てが有効。
さらには人材としても300人のカリスマ能力者のうち、100人が国連軍に加盟する。
世界に四名しか認められていない、単独で国家武力相当と呼ばれるカリスマ使い、『世界最高能力者』に至っては、イエリア以外の3名が国連の犬だ。
世界平和の名目で、現在特定の国家が保有しない世界のすべての土地は国連軍の所有となっている。マウトゥ・フェネアもそのうちの一つだ……。
「わかった。やろう」
と、ジェードは立ち上がる。
「その依頼受けます」
そして同時にジェードにとっても願ったりかなったりでもある。
第三世界その全戦力ならまだしも、単独のイエリアに後れを取るようなら、国連ににらまれたこの先、生き残れない。
カリスマを奪われ利用されるのがオチだ。だとしたら、死ぬべき。
すべての希望をイエリアに託したほうが、まだまし。
というわけか。国連にすべてを託せないのは彼女も同じ。表だって争うことはできないとはいえ。だとしたらこれが最大限の協力なのだ。
今後世界と渡り歩くうえで、『世界最高能力者』戦の経験は必須!
「命令遵守!」
発する。勅命を!