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第11話 新しいパーティー名は……


 会議室には、長いテーブルが置かれていて椅子が等間隔に並んでいた。

 ギルドマスターであるバージが正面の席に座り、レオはバージに一番近い席に座るように言われた。ロザリーはレオの隣に。ルイはレオの膝、ポンタはロザリーの膝の上だ。

 向かいの席にアベルが座り、他の席にはあの時、一緒に逃げてきた商人やら農夫やらが座っていた。シェリーはバージの斜め後ろに置かれたデスクのほうにいて、ノートを広げていた。どうやら書記を担当するらしい。


「では早速、詳しい状況の説明を」


 バージがアベルに顔を向ける。


「先ほども話した通り、調査の昼休憩中、先日、大牙猪が出現した南の森から大牙猪率いる牙猪の群れが出現しました。最初に気づいたのもレオさんです。レオさんの指示で、僕らは平原の目印である大木の上に避難しました」


 アベルの説明に商人たちが頷く。


「それで彼は飛べるので、町へ報せに飛んでもらいました」


 末席に座っていた鳥系獣人族の青年が、ぺこりと頭を下げた。

 受付嬢が冷えた紅茶を皆に出してくれて、レオの前にも置かれた。ルイにはジュースだ。二階にカフェがあったので、そこからもらってきてくれたのだろう。


「ボスである大牙猪が一頭、牙猪が二十三頭の群れでした。戦闘はレオさんが」


 アベルの視線を受けとめ、紅茶を飲んでから口を開く。


「昼食時だったからな。大木の周りは、俺たち人間がいた痕跡が多々ある。気づかれるのも時間の問題で、俺が囮になった。牙猪の注意は引けたが、大牙猪だけは大木に突進をしようとしていた。急いで戻ったが間に合わず、肝が冷えたが、ロザリーが来てくれた。彼女は俺の冒険者仲間で知ってると思うが、さっき特別な仲になった女性だ」


 レオの言葉にロザリーが嬉しそうににこにこしながらポンタを撫でていて、可愛い。


「ロザリーが氷の壁で大牙猪の突進を止めてくれたので、この間と同じ要領で俺が仕留めた。そのあとは、ロザリーがこっちに戻ってきた牙猪の群れの足元を泥沼に変えてくれたんで、俺がとどめを刺していった感じだな。俺とロザリーのポーチにほとんど入っているんだが、二頭だけ入らなくて、彼のポーチを借りた」


「俺はマルス商会のジェイです。親父に頼まれて買い出しから帰ってきたところで、町に入るには時間がかかるので、先に休憩をしてしまおうと飯を食ってました。レオさんが縄梯子を大木にかけてくれて、俺たち男は自力で、俺の妻とあちらの女性はレオさんが枝まで運んでくれました。レオさんとロザリーさんがいなかったら、俺たち全員、死んでいたと思います。本当にありがとうございました」


 ジェイの言葉に彼を筆頭に皆が口々にお礼を言いながら頭を下げた。


「世の中ってのは必然と運が丁度良い塩梅で巡ってんだ。お礼はこれっきりでいいさ」


「そうよね。それよりなんであんなところに群れが出たの?」


 軽く受け流すレオとロザリーになんだか拍子抜けした顔をしているが、レオは御大層に感謝されるのは好きではないのだ。


「それをレオさんが調査中で、僕はいざという時、ルイくんを守る役目を……ここ数日は森も平原も平和そのものだったので、まさか群れで出て来るとは思わなかったんです」


「だよなぁ。俺としては、なんらかの理由で群れを失った大牙猪が出てきたことを証明しようと思ってたんだよ。アベルならルイを預けても大丈夫そうだから、森の深くへ行こうかと思ってたんだが、まさかあっちから来るとはな。とはいえ、最初に倒した大牙猪の群れだったかは分かんねぇけどな」


「調査って、地鳴りの調査もしているの? 昨夜、森の中にいたんだけど、そこでも地鳴りを感じたわ」


「森ィ? お前まさか、野宿したのかよ、一人で。それはしないって約束だろ?」


「大丈夫よ、ちゃんと魔物除け張ったもの。第一、置いてったのはレオでしょ。レオがいてくれないから、一人だっただけよ?」


 ぷいっとそっぽを向いたロザリーに、それを言われると弱いレオは口を結ぶ。


「ま、まあまあ、そこは宿で話し合ってくれ。俺たちがレオに無理矢理依頼したのは、平原の調査だけなんだ」


 バージが慌てて早口に告げる。


「……つまり地鳴りの原因は分からないってことですか?」


 唇を尖らせたままロザリーの問いかけにバージが頷いた。


「うちだけじゃなく、騎士団でも探ってくれているんだが、さっぱりと。王都のほうに地質学の専門家がいてお伺いを立てている真っ最中だ」


「地鳴りと牙猪の出現は無関係ってわけじゃねぇのかなぁ」


 レオは椅子の背もたれに寄りかかって、天井を仰ぐ。


「……おじさん」


「ん?」


 ルイに呼ばれて顔を向ける。


「あのね、ポンタ、へいげんだけずっとあなほってた」


「わん!」


 ロザリーの膝の上でポンタが返事をする。


「そういや、今日も確かに昼めし食ってる時以外は、穴掘ってたな。森の中じゃ掘らねえくせに」


「何かあったの?」


 ロザリーの問いかけにポンタは「わん!」と返事をすると膝からぴょんと飛び降りた。

 そして、何を思ったかたまたま紅茶のお代わりを持って来てくれた受付嬢がドアを開けたため、会議室を出て行ってしまう。


「ポンタ!」


「おいおい、どこ行くんだ?」


 レオはぴょいと膝を降りて駆け出したルイを追いかける。ロザリーとバージ、アベル、シェリーが追いかけてきた。

 ポンタは迷うことなく二階の酒場に向かうとカウンターに出入りするためのドアの下を通り抜けて、そのまま厨房に入って行ってしまった。ルイは入ってはいけないと思っているようで、そこで足を止めた。


「こら、ポンタ!」


 しかし、ポンタは止まらず、おそらく厨房の奥の食糧庫へ入って行った。コックたちが何事かと驚いている。

 小さくてすばしっこいので捕まらない。

 レオがルイたちとともに食糧庫に入ると、ポンタは一本のキノコを籠から取り出してくわえていた。


「ダーシキノコ?」


 ロザリーが首を傾げる。

 ポンタがくわえていたのは、初日にルイとポンタに出会った洞窟で見つけ、その後、スープにして食べさせたダーシキノコだった。


「あんあんっ!」


 キノコを咥えたままポンタがなんか騒いでいる。

 ポンタは誰にでも尻尾を振って腹を見せている犬だが、馬鹿な犬ではない。だがレオは何かを伝えたいのだろうと察することはできても、犬語は分からない。


「ルイ、ポンタが何を言いたいか分かるか?」


「わかんない……でも、キノコがかんけいしてるのかなぁ?」


 ルイが首をひねった。

 とりあえずルイがポンタを捕獲し、レオがルイを小脇に抱えて厨房から出る。


「悪いな。俺の手持ちと交換だ」


 レオはポンタが咥えているダーシキノコの代わりを自分のポーチから取り出して、近くにいたコックに渡して、飲食スペースの方に移動する。


「ポンタちゃん、ダーシキノコがどうしたの?」


「あん、あん、わんわん!」


 途中でキノコが落ちてロザリーが慌てて受け止める。ポンタは、それでも何かわんわんと騒いでいる。


「……もしかして、あのおおきないのししがくるのは、これがあるから?」


 ルイがロザリーの持つキノコを見て、ポンタに顔を向けた。


「わん!」


 ポンタが頷くように吠えて、それきり黙った。はっはっと舌を出して、ぶんぶん尻尾を振っている。


「ダーシキノコは確かに牙猪の大好物だけど……あの平原に生えるような代物じゃないわ。レオ、何も感じなかったの?」


 ロザリーの問いかけにレオは首を横に振った。


「嗅覚は強化はしなかった。くそ、してくりゃよかったな」


 レオはもともとが聴覚も嗅覚も他の種族より優れている。だが、獅子系であるレオは、犬系の獣人族と違って、最も信頼しているのは聴覚なのだ。


「レオ」


 バージに呼ばれて顔を向ける。


「引き続き、その、調査……は、してもらえるだろうか?」


 レオはちらりとロザリーを見た。


「私はレオに従うわ。私のリーダーはレオだけだもの。あ、そうだ。あとでというか今日中にパーティー申請してね?」


「はいはい。……ったく、しゃーねぇな。乗り掛かった舟だ。ロザリーもいるし、協力できるところは協力してやる。ただし、アベルは引き続き、ルイの子守りだ。分かったな?」


「はい!」


 アベルが嬉しそうに頷き、バージがほっとしたように表情を緩めた。


「とりあえず今は、騎士団が平原の監視をしてくれている。レオ、すまないが獲物の確認をさせてもらえるか?」


「了解。ルイ、サウロのとこに行くぞ」


「うん」


 ルイの手を取り、ポンタを腰の袋に入れる。


「じゃあ、私はこっち」


 ロザリーが反対側のルイの手を取った。ルイは間に挟まれて、驚きながらも抵抗はしないのでそのまま歩き出す。


「バージ、ジェイにも来るように言ってくれ。二頭はあいつが持ってんだ」


「分かった。俺たちは先に彼らから事情を聞いておくよ」


「おー」


 レオはそう返事を返して、とりあえず解体所へと向かうのだった。




 解体所に牙猪と大牙猪を積み上げてきたレオは、ロザリーに言われるがままに受付カウンターのほうに来ていた。


「あ、レオさん、ロザリーさん、牙猪は……」


 なにかの作業をしていたらしいシェリーが出て来る。


「サウロが大興奮だ。弟子の練習に使っていいか聞かれたから、いいって言っといた。いっぱいいるしな。大牙猪だけは、サウロに頼んだがな」


「ありがとうございます」


 シェリーがほっとしたように笑った。


「ねえ、シェリーさん、パーティー結成申請書をくださる?」


 ロザリーが驚くシェリーにそう声をかける。


「パーティーを結成されるのですか?」


「ええ。レオを逃がさないためにもね」


「だから、逃げねえって。先に手続きしてもらっていいか?」


「は、はい」


 慌てて差し出された申請書を受け取る。

 ロザリーがその場で必要事項をどんどん記入していく。レオは、ギルドカードをシェリーに渡す。


「ねえ、レオ、パーティー名どうする?」


 パーティーは、一応、名前を付けないといけない決まりがあるのだ。


「あー、どうするかな……とりあえず、前のを連想させるのは却下な」


 レオとロザリーとルディの三人で結成した『金の鉄槌』という名を付けたのはルディだった。レオの金髪の金、正義の味方みたいで格好いいという鉄槌をくっつけた名前だ。


「じゃあ、獅子?」


「うーん、なんかやだな。白薔薇とか?」


「やだ」


 はっきりと断られてしまった。


「なんの、なまえ、かんがえてるの?」


 黙って成り行きを見守っていたルイが首を傾げる。


「俺とこの姉ちゃんのパーティーの名前だ。パーティーっていうのは一緒に冒険する仲間ってことだな」


「……オレはなかまじゃない?」


「ルイも今日一緒に冒険したから仲間よ」


 ロザリーが優しく微笑んでその場にしゃがんだ。ロザリーの言葉にルイは、唇の端っこに控えめな笑みを浮かべた。嬉しそうなその様子にレオも目を細める。


「ねえ、ルイ。何かいい名前、ないかしら?」


「うーん……」


「わんわん!」


 ポンタがなにか意見を出してくれたようだが、さっぱりと分からない。


「ルイ、好きな色とか何かある?」


 ロザリーの問いにルイが、少しの間を置いて口を開いた。


「……オレ、たいようがのぼるじかんが、すき」


「太陽が昇る時間、夜明けね」


「うん。おそらが、ゆっくりとあかるくなって、よるのくらいおそらが、おじさんのかみのけみたいないろになるじかん」


「夜明け、いいわね。私たちの新しい始まりだものね」


「あと、おれ、おじさんの、ししもすき」


「じゃあ……『獅子の夜明け』なんてどうかしら?」


「かっこいい!」


 いやだと言いたかったが、顔を輝かせたルイにレオは、文句を飲み込んだ。

 基本的にレオは、十歳年下のロザリーの言うことは、危険なことや彼女を害するものではない限り聞いてきた。甘やかしてきた自覚はある。そこにルイが加わってしまったら、レオに逆らうすべはない。


「では『獅子の夜明け』リーダーはレオさん。サブリーダーはロザリーさんで登録してよろしいですか? ロザリーさんもギルドカードの提示をお願いいたします」


「ええ、よろしくね」


 ロザリーが自分のギルドカードをシェリーに渡す。


「シェリー、ついでに大牙猪と牙猪の討伐依頼受付も頼むわ。牙猪は全部、買い取りでいいいが、大牙猪は牙と肉、毛皮を俺がもらう。残りの部位は買い取りでかまわん」


「分かりました。また査定にお時間かかってしまいますが」


「かまわねえ」


「では、また会議室へお願いします」


「おう。つーか、ソファとか余ってねえか? そろそろルイの昼寝の時間だ」


 まだ起きているが、眠くなるのも時間の問題だ。今日は散々泣いたのもあって余計に眠いだろう。


「でしたら、応接間のソファを持って行ってください」


「ありがとさん」


 レオはお礼を言って、ロザリーにルイを頼んで一度、応接間へ行ってソファをポーチに入れる。二人のところに戻って一緒に会議室へと戻る。

 会議室には、バージとアベルしかいなかった。他の者たちは別室で聴取を受けた後、一応、病院へ行くそうだ。

 バージに許可を取って、自分たちの席の近くにソファを出した。


「ルイ、ここで寝てろ」


「……ん」


 眠気を自覚したのか、ルイはソファの上にころんと丸くなった。ポンタがいつも通り、ルイの腕の中におさまり、ロザリーがポーチから上掛けを取り出してかけてやり、背中をさすればあっという間に眠ってしまった。


「可愛いものだな」


 寝顔をのぞき込んでバージが言った。


「そうだな……んだが、昼寝の時はそうでもねぇんだが、夜中にはけっこう、魘されてるんだ。……『なぐらないで』とか『ごめんなさい』ってずっと言ってる」


 バージが痛ましそうに眉を下げ、ロザリーが拳を握りしめた。

 初めて会った日の夜は、ルイも夢を見ないくらいに深く眠っていたのだろう。だが、町で宿を取ってからは、眠りが浅い日は魘されている。起きることはないが、しくしくと哀れなほどに泣いて、震えているルイをレオは毎晩、抱きしめてあやしている。


「どうにかして親の場所が分からないかしら、ぼこぼこに殴って来るのに……」


 顔は幼子の苦境を悲しむ聖女のようなのに、言っていることが物騒なロザリーがいつも通りで自分でも意味が分からないが安心した。


「ところで、平原のほうは?」


「騎士団からは今のところは連絡はない。今夜はギルドに泊まってくれないか?」


「…………夕食だけ、帰っていいか?」


 レオの言葉にバージが「うちでも出せるぞ?」と首を傾げた。


「違うんだ。普段だったらここのでもなんでもいいんだが、今日はだめだ。今日の夕食は待ちに待った大牙猪なんだ」


「レオ! 私も食べたい!」


 ロザリーが、はい、と手を挙げた。


「おう、さっき一人増えるって伝言飛ばしといた」


「やったぁ! 何かしら? ソテーかしら? 煮込みかしら? 楽しみ!」


 ロザリーが頬を押さえて相好を崩す。確かに想像するとレオも顔が緩んでしまうくらいに大牙猪は美味しいのだ。

 ベノワが丁寧に下処理をしてくれたおかげで、きっととても美味しいだろうという期待もある。


「飯食ったら戻ってきてくれるか?」


「しょうがねぇから、飯食って、風呂入ったら戻って来る。緊急は鳥でも飛ばしてくれ」


 ちゃっかり風呂を付け足すが、バージはしぶしぶ頷いてくれた。大牙猪の魅力には誰も抗えないのだ。だって美味しいから。


「では、夕食まで明日以降の調査計画を立てよう」


 バージの提案に頷いて、レオたちは席へと着くのだった。




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― 新着の感想 ―
親子で山あり谷ありを冒険するのが本当に良いです。 ルイ君には、いろんな物を食べさせてあげたい。いっぱい食べてゆっくり大人になって欲しい。 応援してます。頑張ってください。
14話まで一気読み 好きなタイプのハイファンです こういうのがいいんだよこういうのが…
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