幕間 その2 ロザリーは有力情報を得る/瑠偉(ルイ)の願い
※ロザリー視点→瑠偉視点
※夜19時にも第10話を更新します。
「ああ、レオさんだったらほんの数日前にお世話になりましたよ」
「ほ、本当ですか?」
ロザリーは、ようやく得た有力な情報に思わず胸の前で両手を握りしめた。
レオを追いかけて、王都を出て早いもので三か月が経った。
エンドの町に向かっていると当たりはつけたが、レオは大きな町は避けているようで、なかなか手掛かりがつかめなかった。しかも小さな町や村を気ままに移動しているようで、どういう経路を進んでいるかも分からなかった。
それでもレオが王都にいない以上、探し出すしかないとロザリーはとにかくエンドの町を目指して、こうしてやってきたのだ。
たまたま町から村へ帰るための護衛を請け負いやってきた村に、見覚えのあるワイバーンの牙のネックレスをしている親子がいたのだ。
どこで手に入れたのか聞いてみると、彼らが畜産物を納品して町から帰ってくる際に護衛してくれた冒険者だという。しかもよくよく話を聞いてみれば、獅子系獣人族で金から黒へと変わるふさふさの髪だと言うのだ。
「レオって、あの、獅子系の獣人族で背が高くて、格好良くて、牙も長くて……」
「うん、そのひとだと思うよ! お姉さん、レオおじさんの恋人?」
「ええ、(これから仕留めに行くから)そうよ」
ロザリーは、笑顔で頷いた。
「ちょっと誤解が生じてしまって、喧嘩しちゃったの。でも仲直りをしたくて、探しているの」
「仲直りできるといいね」
少年の言葉にロザリーは、ええ、と頷く。
「ただ……」
顔を曇らせた父親にロザリーは「何かあるんですか?」と不安に駆られながらも尋ねる。
「エンドの町は、最近、地鳴りに悩まされているんです」
「地鳴り? あの、土砂崩れとかの前兆の?」
「はい。とはいえエンドの町は森や平原に囲まれていて、土砂崩れはなさそうなんですが、夜になると地鳴りが起こるんです。そのお話をレオさんにもしたんですが、レオさんは『危ないようなら別の町へ行く』と。しかも三日前には平原に、そこにはいるはずのない大型の魔物も出たって噂があって」
「そんな……!」
ロザリーは息を吞む。
「大丈夫だよ、だっておじちゃん強いっていってたもん! きっとね、おじちゃんがやっつけてくれたんだよ!」
「……ええ、そうね。レオは私が知っている中で、一番強い冒険者なの。並大抵の魔物にも魔獣にだって負けないわ」
「うん! おじちゃん、色んな冒険のお話、聞かせてくれたんだ。だからね、大丈夫。絶対に会えるよ!」
「ありがとう。会えるように頑張るわ」
そうだ、ここでくじけたって仕方がない。
エンドの町にいなくても、ロザリーはレオの実家である養護院を知っているので、そこに行くつもりなのだ。
「では、そろそろ行きます。本当にありがとうございました」
「え? 今からですか、もう日が暮れ初めていますが……」
「一秒でも早くエンドの町に行きたいんです。大丈夫です。この三か月、野営も何度もしましたから」
「でも……」
父親が心配そうに眉を下げた。
「大丈夫です。こう見えて私もBランクの冒険者ですから。またね、坊や」
ロザリーは親子に手を振り、彼らに背を向けて歩き出す。
「お姉ちゃん、会えるように祈ってるね!」
「ありがとー!」
背中にかけられた声にロザリーは一度だけ振り返って手を振った。
「……お願い、レオ。そこにいてね」
祈るように囁いて、ロザリーは足を速めたのだった。
*・*・*
平原で注意深く周囲を見回すおじさんは不思議だ、と瑠偉は思う。
森の中で出会ったおじさんは、レオ、という名前らしい。
髪の毛は生え始めは金色なのに、半分くらいは黒い。瑠偉と同じ人間に見えるのに牙が有るし、頭の横ではなくて上に丸い動物の耳があって、お尻には細長い尻尾もはえている。
瑠偉や瑠偉のお父さんやお母さんと違って、目も黒くない。髪の毛と同じ金色だ。
その金色の目は、いつも優しい。大きな手も、深い声も、おじさんは全部が優しかった。
ごはんも一日三回も食べさせてくれるし、お風呂も一緒に入ってくれる。夜眠るときは魔力を流す練習をした後、同じベッドで眠る。
おじさんは、なんでも知っていて、瑠偉が分からないことも全部教えてくれる。
それになによりおじさんは、瑠偉を殴ったり、外へ締め出したりしないし、あの日、テレビで見たように、瑠偉を抱きしめてくれる。
おじさんは、とても強い冒険者だから、偉い人に頼まれて、毎日、何かの調査をしている。瑠偉とポンタも一緒に行って、約束した通り、いい子にしている。
森の中で調査をしている時、あの大きな犬がいっぱいでてきたときは怖かったけど、おじさんが牙を見せて唸ったら、大きな犬は尻尾をくるんとお尻のしたにかくして逃げて行った。
一緒にいたアベルお兄さんが「うそぉ」となにか驚いていたけど、おじさんは強いから当然だと瑠偉は嬉しくなった。
宿に帰るとおじさんは、ごはんまでの時間、瑠偉に文字や言葉を教えてくれる。
あの不思議なおじいさんのお店で買ってくれた絵本は、どれも瑠偉のお気に入りだけれど、獅子とドラゴンのお話が一番好きだ。
絵本に出て来る獅子の王様が、おじさんみたいでかっこいいと言ったら、おじさんは少しだけ頬を赤くして、ぐしゃぐしゃと頭を撫でてくれた。
おじさんは、瑠偉とポンタが「しあわせにくらせるばしょ」を探しているらしい。
でも、おじさんはそこでは一緒じゃないって。
瑠偉は、おじさんのそばがよかった。
だって、おじさんのそばは、瑠偉もポンタもしあわせだ。
でも、おじさんはあぶないからダメだって言う。
「ねえ、ポンタ」
部屋には瑠偉とポンタしかいなかった。おじさんは、寝る前のトイレに行った。お酒を飲み過ぎたって言ってた。
うとうとしてたポンタが顔を上げる。
「いいこに……いいこにしてたらさ、おじさん、そばにいていいよっていってくれるかな?」
「わう?」
「わがままとか、いわないようにして、それで、おべんきょうもちゃんとして、ごはんもたべて、いいこにしてるの。さわぐのもだめ。ポンタもだよ?」
「わう」
ポンタが、こくん、と頷く。
「がんばろうね、ポンタ」
「わう!」
尻尾をぶんぶん振って、ポンタが瑠偉の頬をぺろぺろとなめる。
ガチャとドアが開いて、おじさんがトイレから戻って来る。
「ははっ、仲良しだな。ほれ、寝るぞー。明日も朝早いからな」
おじさんがベッドに上がって寝ころぶ。瑠偉は、おいで、と言われてからその隣りに寝ころぶ。
「さて、今夜は……おじさんが初めて岩熊と戦った話なんてどうだ?」
「いわぐま?」
「岩熊ってのは、皮膚の一部が岩みたいに固い鎧になってる熊でな。立ち上がるとおじさんの二倍ぐらいあるでかい熊だ。んーとこいつだ」
おじさんが、枕元に置いてあった魔物魔獣図鑑を開いて、それを見せてくれた。
とっても怖そうだ。
「こいつは、深い深い岩山に住んでて、主食は肉だ。こいつらは……」
おじさんは、いつも眠る前に冒険のお話をしてくれる。
瑠偉はそのお話を聞くのが大好きだった。どんなに怖い魔物もおじさんは、必ず倒してくれるからだ。
「それで、ルディが囮になってくれてな。ロザリーが魔法で岩熊を足止めしてくれて」
ルディとロザリーというのは、おじさんのなかまだったらしい。
でも、喧嘩をしてしまって一緒にいられなくなってしまったっておじさんは、寂しそうだった。
瑠偉もおじさんとは喧嘩をしないようにしないといけない。そうしないと一緒にいられなくなってしまう。
おじさんの話を聞いていたいのに、だんだんと瞼が重くなってくる。
「続きはまた明日な」
大きな手が瑠偉の背中をとんとんと撫でると、瑠偉はあっというまに眠くなる。
「おじさん……」
「んー?」
「あした、は、いっしょ?」
「……明日も一緒だ。大丈夫、置いて行ったりしねぇよ」
おじさんのその言葉を聞いて、瑠偉はようやく目を閉じた。
だんだん遠くなっていく世界で優しい声が瑠偉の知らない言葉で歌をくちずさむ。
明日も、良い子でいられますように。
瑠偉はそう願いながら、今夜も眠りの世界に飛び立ったのだった。




