怠惰なる狩人
まだケモノと獣の戦いは続くのです。なぜならば、サソリさんは、狩人でしか殺せないからです。この世界の歴然とした相性の差が、ここで明確に牙を剥く。
「あれ、食べても食べても蘇りますよ。アレの中核は、サソリの中にあるのですから。そろそろ、本性をさらけ出してくだせえよ。混沌の闇より産み出された獣が一柱、万死の毒蠍、レイ=ヒュドラ。ドン=ムラサメ、レイ=ヒュドラ。そして、3体目こそが、鬼、極東の大陸の島に封じられた怪物。あの鬼とだけは、戦ってはなりませんが」
「悪食王にまで名前を覚えられるとはねえ、ヒュドラくん、楽しくなってきちゃいましたよ。さあ、殺しましょうか、壊しましょうか。どっちでも、面白そうやねえ」
口調も砕けてきたようだが、あの毒を耐え切れるかは……クマさんが来るまで、持久戦といこうか。
前回までのあらすじ:儀式当日、智慧の魔神の側に立つ八柱の獣が一体、暴食王の豚は、混沌の魔神の仔、全能の眷属が一体、『万死の毒蠍』と戦っているよ。
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「坊、なぜ、全能の眷属を見逃しているのですかい?あやつらは獅子身中の虫でありましょうぞ!この魔物と人が助け合い、共依存の関係となる楽土を築くためには確実に不要でありましょうぞ!」
「ふむ、簡潔に言えば、全能の魔神が捨て去った鎧を身に纏っているのがあやつら、眷属であるといえばいいのかな。オレが防御に全てを費やしており、全能を捨てた代わりに手に入れたのがこの鎧である。つまりだ、オレの眷属は内に残虐性と力を秘めているだろ。全能のごとき化身だからな。補い合う関係なのだから、こうも偏るわな」
「なるほど、奴らは鎧を捨てた全能の鎧なのですな」
「ああ、まず、レイを撃ち殺そうとすれば、まず、お前らではオレの源が授ける宝具で有れども無理だ。そして、あやつらを倒すために、一つ、全ての縁を切るがごとき魔神の武器、例えば、王の持つ神剣:朧霞か、極東に伝わる天叢雲剣のごとき縁を断つ剣が必要だな。弓が一番良いのだが、あの強弓を引き放つことが出来て、なおかつ当てるような技量が必須なのだ。例えば、殺し得るとしたら、獅子や熊だな。お前以外であれば、あのサソリの外皮は壊せる。だが、お前とクマが共に戦わなければ、息を同じくせねば滅ぼすことができない。もしも、もしも戦う時、滅ぼさねばならないほどの愚かさを見せた時、クマを呼べ。そのための笛を渡しておく。あの呪いが効かない皮膚を持つのはお前ら2人だけなのだから」
ああ、長々しい話をするのが、我が主の最大の欠点である。我が主人の呪いはこれであった。語りすぎ、全てを知るが故に、知らないものへの対処をなすために、教えてしまいすぎるのだ。過多な情報のせいで、本質を何も伝えられていないのではないか。
それでも、彼は告げた。
「魔神の眷属を討つために必要なのは三つある。一つは武器、神器。そして一つは覚悟。最後の三つ目は、底抜けの楽観的観測からなる希望、人のみが持つ弱点でありながら長所でもある。それは、キミたちにもある。だからこそ、覚悟のない私には無理であり、希望を全面的に出せない、底抜けの楽観的観測を持つことができないから、現実的な王子では武器も覚悟もあるのにできないという理由がある。最後に、武器のないキミでは勝てないんだよ。武器はあるだって?いいや、キミはオレの飢えを救い、オレの希望の源泉の一つなのだから。さあ、シェフ、行こうぜ。今回の宴は、無礼講だ」
ああ、ああああ、これではダメだ。このままでは、進むことも退くこともできない偉大なるあの人の最期となるのに、それに泥をつけてしまうんだ。……嫌だ、この命をかけてでも助けたかったのは、たった一つの怨念だったから。たった一つ、人類を裏から支配している飢餓、冬に猛威を放つ絶望が形を成した災厄。
シェフにはそれを正々堂々とした手段で打ち倒せと望まれた。
『怠惰なる狩人』
そいつが来るまで、耐えていくことができるのだろうか。暴食の王は、中天に差し掛かる日輪、太陽を見ながら、ため息を吐いて、しっかりと足を土につける。土と一体化したこの肉体で、後ろの樹林への被害をこの身に背負う。なぜならば、ここは我らが伐り開くべき地であるからだ。この後ろの樹林から手に入る木材は、吸湿性も高く、保温性も高い、通気性が低いという十三部族の暮らすエルフの山に建てる家の材料としては最適なのだ。しかしながら、南の家の材料としては熱が溜まりすぎて、蒸し暑くさせてしまうので不適切であるのだが……
この木材は、間伐材である。さて、今では医療技術も発展した、厳密に言うと、子供を取りだす産婆の技量が向上した、小児に対する医療技術が三割ほど向上したのだ。このことが何を言うかというと、立派に育った子供たちの独り立ちの際の家の材料が足りていないのだ。レンガの家は、とてもではないが、高価すぎて手に負えない。だから、暴食の王にとって遺すことができるものは、部下の料理人のみならず、この楽園である。楽園と言えども、ただの楽園ではない。
この楽園は、人の願いを叶えるためのエゴイズムだ。たった一人の人間が、獣を信じて、未来を賭けた。この楽園は共和共栄、王道楽土を唱えている。かの楽園は、日輪と共にある人が死ぬまでに創ろうとしていた。なのに、あの人は自分の未来に何も展望がない。
「坊、未来の展望が見えませんというのは、よくわかりませんね。坊には天命が見えているとはいえ、変えられるのでは?坊の全知の権能はそのようなことも願えば可能だったと思うのですが……」
「無理みたいだよ。だって、シェフ、考えてみてくれよ。オレにはあの病がある。この病を治すことは、師にも出来まい。最初から諦めている。そう言われて仕方がない。お嬢に言わせてみれば、子が出来たら、生きる活力も湧いてくるでしょうが……子を産む……がないですからと言われているんだ」
そう言われて、残酷な未来に歯向かえない自分を憎んでいたあの人は、最期に私の元に寄って命じた。
『蠍を射て』
だからこそ、獣を射つために、神の弓を持つクマが、密林の奥から現れる。
「おお!シェフ、息があがっているようだなあ!さっさと仕留めて帰るぞ!我らが楽園へと。儂が射つ、で、テメエが食らう。これが確定された未来だ。レイ」
……嫌な予感がする。お互いに見合う、なぜならば、混沌の気配が高まってくるからだ。このままでは、あと一手足りないような気配がある。
「皆の衆、よく頑張ってくれたな。お嬢の決闘の前の準備運動に来たが、手は要らないといってもやるぞ。オレは戦いには不向きではあるが、いつもの管制塔だ。司令官として、ボスとして、皆の英雄譚に手を貸してやるよ。さあ、フー、ちょっと外殻を脆くさせられないか?レオは中天の日のエネルギーを剣に溜めておけ。来るのは、混沌の代行者だ。あのサソリ、まだそんな隠し球を持っていたのかよ」
そう言わざるを得ない、そのサソリは禍々しい姿を、さらに高めていき、爪は三又に分かれて、そこからおどろおどろしい瘴気を放ち、大地を腐敗させていく。ゲラゲラと気味の悪い笑い方で、口を三日月に歪めて、一瞬にして間合いを詰めてしまう。
「フー、八でいけ。親友、ちょっと混沌に染まって、悪を飲み込め。テメエの魂に傷をつけたくはなかったが、こうした方が早く仕留められる。アイツ、分身体を極東へと飛ばしやがるつもりだ。だから、ちょっと、俺もとばしていくぞ。日輪よ、蠍を射て。ソル・レイ」
その直線上に伸びていく破壊の光は、そのままレイごと貫いて、レイが防御を正面に向けたほんの数瞬間。その瞬間、クマが番えて放ちし、混沌の加護が放たれた矢がサソリの後ろに中る。そのまま、前後から受けた破壊の衝撃で皮がメキメキと音を立てて、ビリビリと破れてしまう。無防備になったそのゼロコンマ数秒にも満たない瞬間、暴食の王の胃袋に収められていく。
さあ、永きに渡る因縁にケリをつけられたサソリの顔は、本心からの笑みで満ち溢れていた。
「よくやった!輝かしき偉大なる勇者よ!健闘を称えて、褒美として情報をくれてやる。貴様の配下にお嬢との子供がいるぞ。初めての逢瀬の時に、お前は緊張と疲労のあまり、何も記憶がないようではないか。思い当たる節はないか、2回目の逢瀬の時に……繋がる……お前の娘は、日の出である。安心して、お互い、眠ろうじゃねえか。なあ、疲れただろ。混沌は、お前のことを愛しすぎていた」