第八章 合計メモ20枚分
エファも自分の仕事に戻り、部屋には私とアベル様の二人だけになった。
彼は自分の事を呼び捨てで構わない、と言ってくれたのだが、教えを請う側としては気が引けたので様付けで呼ぶ事にした。
「さて、ではアイリ。まずこの世界における魔力の理から学びましょうか」
「はい、お願いします」
ちなみに私の手元にはメモとペン。
聞いただけでは絶対に覚えられないので、アベル様に頼んで用意して貰った物だ。
「まず、この世界は魔力のある人間とない人間の2パターンに分かれます。ない人間は一生授かる事はありません。稀に成人してから何かしらの変異で魔力が宿る人間もいますが、可能性としては0に近いですね」
私は頷きながら素早くメモを取る。
「そして、魔力を持って生まれた人間は最初から魔法を使う事が出来ます。ですがこれには厳しい制約があって、貴族も庶民も関係なく王国に魔術師登録をしなければいけません。そしてアカデミーに5年間入学する事が規則として定められています」
「アカデミー?」
「はい。そこでは魔法の基礎から制御、組み立て方までを厳しく教えます。そこを卒業してようやく魔術師としての証明書が発行されます。合格者は在校生1000人に対して毎年わずか2人ほどの難関となっています」
「そんなに厳しいんですか!?」
物凄く狭き門だ。なんて半端ない倍率なんだろう・・・
「魔法というのは、この世界に存在する元素を組み立てて成立するものです。元素は空気と同じく世界中に存在しますが、無限にあるわけではありません。一度使って消えてしまった元素は復活までに数日かかりますので、誰もが無秩序に魔法を使ってしまうと元素が枯渇し、この世界そのものの理が歪んでしまいますので、こうして厳しく管理しているのです」
なんだか科学の授業を受けてるみたい・・・でも、確かに無秩序に魔法が使えたら色々不都合がありそうだ。
「そしてその元素の組み立て方ですが、これは人それぞれで違います。詠唱する者、杖を使って元素を集める者、様々です。ちなみにラデューは杖で己の魔力を増幅させています。かれの部屋で大きな水晶を見ませんでしたか?」
「あの少し青みがかった水晶のことですか?」
「そうです。ここにもありますが、用途は彼の部屋のものと同じです。これは術者の魔力を溜めておけるタンクのようなもので、術者が部屋にいる時に少しずつ魔力を吸い込んで溜めておきます。いざという時には水晶に念じると一時的ではありますが飛躍的に魔力を増幅させる事が出来ます」
魔力のATMみたい、と私は密かに思った。
「この水晶も持ち主の魔力に合わせて大きさが変わります。私は一応この国で一番大きい水晶だという事になりますね」
確かにラデューの部屋にあった水晶よりも2周りほど大きい。
「ラデューの部屋のものと色が違うのはどうしてですか?」
「本来であれば魔力は見えるものではありません。なのでどの水晶も基本的には無色透明に見えるはずなんですが、アイリはラデューの部屋のものを青みがかった、と言いましたね」
「はい。・・・あの、いけない事なんですか?」
「とんでもない。人によって属性の向き不向きがあります。属性というのは火・水・土・風・光・闇の6つに分かれていて、それぞれ赤・青・黄・緑・白・黒と属性色が存在します。水晶には術者が得意とする属性の色が反映されているんですよ」
私は2枚目のメモを用意する。これはかなり復習しなきゃダメだな・・・
「ただ先ほども言ったように、基本的に元素や魔力は見えません。ただし修行を積んだ者ならば見る事は可能です。しかしその修行は非常に高い魔力を持った者でないと効果がないので、属性の色が見える人間は数人程度です。・・・やはり貴方はかなり特殊なのですね」
にっこりと、どこか嬉しそうにアベル様は言った。
「と、いう事は、ラデューの得意な属性は水なんですね」
「その通りです。ではここで問題です。私が得意とする属性は何だと思いますか?」
「アベル様の得意な属性・・・」
問われて私は改めて水晶を見る。
アベル様の水晶はさっきと変わらず無色透明で、向こうの景色が透けて見える。
一瞬光属性かと思ったが、水晶は白色には見えない。
「・・・・・・」
眉間に皺を寄せて考え込む私を見て、アベル様は答えをくれた。
「少し意地悪な質問をしてしまいましたね。・・・私の属性は、無いのです」
「属性がない?」
「はい。基本的に術者は1つないしは2つの属性を得意とします。どれだけ元素を管理している精霊と心を通わせているかによって決まるのですが、3つ以上は相反する属性が混ざりますのでまずあり得ません。まあ、3つの属性を持つ者は数人ほどしかおりませんが・・・」
そこで一旦言葉を区切り、水晶の方を向く。
「私のこれは無色です。例えば火と風、2つの属性を持っていれば、水晶は赤と緑の2色になります。・・・私は特殊でして、どの精霊とも心が通っていないのです」
「では、どうしてアベル様は魔法を使えるのですか?」
私は疑問をストレートにぶつけた。今までの話を聞くに、属性がないのならば、この世界で魔法を使う事は不可能という結論になってしまう。
「いい質問ですね。これには私の大神官という職業が大きな関係を持っています」
そう言うと、おもむろにローブの袖をまくり、私に右腕を見せてくれた。
そこには金色に輝く腕輪がぴったりはめ込まれていた。
「これは神から授かった腕輪です」
さらりととんでもない事を言われて、思わず私は腕輪を穴が開くほど見つめた。
っていうか、あっさり神様っていった!?
「か、神様!?」
「はい、そうです」
にっこりと肯定され、私は更に混乱する。
「か、神様って現実にいるんですか・・・?」
「いますよ。・・・と言いたいところですが、私も実際にはお会いしてないんですよ」
困ったような笑みを浮かべ、アベル様は腕輪に触れる。
「ある朝突然腕にはまっていたのです。一切何の前触れも無く。その時私は一介の王室魔術師だったので、当時の大神官様に慌ててお伺いをたてに行ったら、彼の腕にも同じ腕輪がはまっていました。そこで初めて、この腕輪は神様が大神官となるべき者に授ける物だという事を知ったのです」
そう語るアベル様の表情は誇らしげでもあり、でもどこか悲しそうにも見えた。
「私は正直悩みました。大神官は確かに非常に名誉な役職であり、この世界を支える柱の1本でもあります。私は・・・そんな大役を受け止めきれるか、やり遂げられるか不安でいっぱいでした」
「大神官って・・・どんな仕事なんですか?」
常に優しい笑みを絶やさず話していたアベル様の顔が少し翳るほど、重大な職なんだろうか。
「大神官というのは、腕輪を通して神と直接会話が出来る、世界で唯一の存在なのです。それと同時にこの世界の元素・精霊を統括する役割も担っています。簡単に言えば、全ての人達が使う魔法の管理ですね。あまりにもひとつの元素が一気に減りすぎると、ある手段で少し補充したり・・・というふうに」
「な・・・なんだか途方も無いお仕事ですね・・・」
この世界の元素と精霊を司る人間。そう理解したら、目の前の人が何だか尊く見えた。
「実際は思ったより辛くはありませんでした。普段はこうして本を読んだり同僚と話したり、他の人たちとなんら変わらない生活を送っています。それに・・・」
そう言って私の頭にそっと触れて、
「こうして貴方に会えたのですから、大神官になる事も、そう悪いことばかりではないですね」
悪戯っぽく笑った。
「アベル様・・・」
「貴方は無限の可能性を秘めている。いわば真っ白な羊皮紙のように。ここからどう色を付け、飾っていくのかは、貴方が色んな人と接し、さまざまな経験をしていく事で変わっていきます。私は最大限そのお手伝いをさせて頂きますよ。もちろんハイドやラデューもね。ハイドに至っては貴方の事を相当気に入っているみたいですし」
「ア、アベル様・・・!」
自分の頬が真っ赤に染まっていくのが分かる。
「ですが・・・」
そこでアベル様の顔が曇る。
「?」
「・・・いえ、何でもありません。彼等はきっと、貴方を守ってくれますよ」
「はぁ・・・」
「さあ、では本題の魔力の制御に移りましょうか。これがなくては魔法も使えませんからね。少しここで待っていてください」
そう言い残して、アベル様は部屋を出て行った。
一人残された私はさっきの言葉と彼の曇った顔を思い出す。
何かを言おうとして口をつぐんだのは間違いない。だけど、その内容がさっぱり分からない。あの表情からするに良くないことなんだろうけど・・・
それに一番最初に私を見た時の反応も気になる。アベル様は私を見て明らかに驚いていた。そしてハイドにそれを咎められてもいた。なのでハイド絡みなのもほぼ間違いないだろう。
気になるけど・・・聞ける雰囲気でもなかったしなぁ。
今夜ハイドに色々教えて貰う事になってるし、その時にさりげなく聞いてみようか・・・
するとアベル様が何かを手に戻ってきた。
「お待たせしました。アイリ、これを」
そう言って差し出されたのは、拳ほどの大きさの水晶だった。
「これは・・・?」
「これですよ」
手のひらに水晶を乗せて問いかけた私に、アベル様はそう言って後ろの水晶を示した。
「あなたの魔力に応じて大きさが変化します。そして先ほども申し上げたように、いざという時の魔力もここに保管しておきます」
「あれ・・・でも」
ここで、ふと気になる事があった。
「ハイドも少し魔法が使えると聞きました。でも部屋に水晶はありませんでしたが・・・?」
そう。昨日少し雑談している時、ハイドも少しなら魔法が使えると言っていた。でも、彼の部屋には水晶らしきものは見当たらなかったような・・・?
「ああ、彼は要らないと言ったのですよ」
「要らない・・・?」
「はい。彼がラデューと共にここに来た当初、詰め所に持って行ったのですが『自分は魔法が使えなくても剣術がある。特に大きな魔力がある訳ではないから必要ない』と突っぱねられましてね」
当時の事を思い出したのか、少し苦笑してアベル様は言う。
「入団当時のハイドは他の人を寄せ付けない空気を持っていましたね。幼馴染のラデューは別でしたが、それ以外の人間は視界から排除するかのような態度を取っていました」
「ハイドが・・・?」
私に対する態度を見る限り、にわかには信じられなかった。が、でも私を助けてくれた時におじさん達に取っていた態度や侍女さんに対する口ぶりなど、どこか冷たいところは見受けられたような・・・
「彼は公爵家の次男です。更に子供の頃から剣も学問も優秀でした。したがって周りの大人たちの期待を一心に受けながらも、お兄様と共に何不自由なく育てられました。しかし、それと同時に様々な暗い部分も見て育たざるをえなかったのです」
「それは、どういう・・・?」
「公爵家に取り入って爵位を賜ろうとする者、隙を見つけて公爵家を乗っ取ろうと企む者、公爵家と関係を持ちたいが為に、娘をハイドにあてがおうとする者、様々な人間がいました。・・・身分の高い人間の辛い部分を、彼は幼い頃から全て見て育って来たのです。しかも・・・」
そこまで言ったところで何かを思い出したようにはっと口をつぐみ、黙り込む。
「・・・?」
「・・・すみません、喋りすぎましたね。今の話は内緒にしておいて下さいね」
「あ・・・はい」
今、何か・・・明らかに隠したような・・・
「さて」
空気を変えるように軽く手を振ると、アベル様はにっこり微笑んで言った。
「やり方はここで教えますが、その水晶は部屋に帰ってから魔力を吹き込んで下さいね。貴方の魔力は未知数なので、大きくなりすぎると部屋まで持って帰れませんから。では、最後に魔力の制御を覚えて今日は終わりにしましょう」
「は、はい!」
私はメモとペンを構える。が、
「理論で話すより、制御は身体で直接覚える方が早いので、実践しましょう。立って、私の前に来て下さい」
そう言われて私はアベル様の前に立つ。
「では、まず自分の中に意識を集中させて。魔力の根源がどこにあるのかを探るのです」
いきなり難しい事を言われてうろたえる。
「大丈夫。目を閉じて、血の流れに自分の意識を同調させるイメージを持って」
言われた通りに目を閉じて、身体の中へと意識を集中させる。
血の流れと心臓の鼓動。しん、と静まりかえった部屋で、ひたすら集中する。
・・・と。
何かの音が聞こえた気がした。
「・・・?」
その音のした方に意識を集中する。
どこから・・・鳴った?今の音・・・
必死に探るうち、また音がした。さっきよりも少し大きな音で。
(もう少し・・・もう少しで音の発生源が掴めるのに・・・)
更に意識を身体の隅々までめぐらせる。
りん。
「・・・・・・!」
聞こえた。
鈴のような音は、間違いなく私の体の中から聞こえた。
私は目を開け、前に立つアベル様に伝える。
「聞こえました、身体の中から、りん、っていう音が!」
「よく出来ました。その音は身体のどこから聞こえてきましたか?」
「目の・・・右目の奥から聞こえてきました」
「では、そこが貴方の魔力の発生源という事になります。これから貴方はそこから魔力を放出させて魔法を発動させるのです。発生源が分かれば制御は簡単です。その部分に鍵をかけるイメージで、軽く押さえ込むのです」
「分かりました」
再び目を閉じ、右目にある源に向かって意識を集中する。
すると今度は、何だか目の奥がほんのり暖かくなったような気がした。
それと同時に、うっすら光る玉のような物が脳裏に浮かび上がった。
(これが・・・魔力の源?)
それは妄想なのかもしれないが、私はその光に向かって鍵をかけるイメージを投げた。
すると光が小さくなり、暖かさも薄れて消えた。
「・・・多分・・・出来たと思います」
全てがイメージなので、本当に出来たのか自信がないのでおずおずと言うと、
「うん、貴方から放出されているオーラが薄まりましたので、成功ですね。何もかも初めてなのに素晴らしい結果ですよ」
満足そうにアベル様が褒めてくれたので、成功したのだと安心する。
「水晶に魔力を移す時は、水晶の中に貴方の中から水を注ぐイメージをすれば恐らく大丈夫でしょう。・・・お疲れ様でした、今日はこれで終わりにしましょう」
終わり、という言葉を聞いて私はアベル様に一礼する。
「ありがとうございました、アベル様」
「貴方は非常に優秀な上に物覚えが速いので教え甲斐がありますよ。ですが・・・」
そこで私が書いた山ほどのメモに目を落とし、
「貴方は覚えることだらけで疲れたでしょう。しばらくは大変かもしれませんが、何とか頑張って下さいね」
「はい、ありがとうございます。一生懸命頑張ります!」
覚えなきゃこの世界では生きていけないんだから、頑張るしかない!
「それではエファに昼食を持って来て貰って、ここで一緒に食べましょうか」
「え、いいんですか?」
「もちろん。そうだ、お昼の間、私に貴方がいた世界の文字や生活を教えてください。貴方の書いたメモは、私には一切読めないので非常に興味があります」
「はい、喜んで!」
その後、アベル様と一緒に昼食を取りながら、私は大量に書いたメモを開き、アベル様に文字の説明をしたのだった。