表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

未必の正義

玄関の扉を開け、加恋は眉を顰めた。目の前に立っていたのは人当りの良さそうな顔立ちの少年――クラスメイトの笹原直継だ。


「おはよう、塩島さん」


加恋は返事をせずに少年の脇をすり抜けようとした。だが、すれ違う瞬間に腕を掴まれる。


「……何?」


「無視なんてひどいな。僕は君の助手なんだからさ、仲良くやろうよ」


「……まだ、そんな事言ってるの?」


目の前の少年を、加恋は睨みつける。


目の前に立っているのは紛れもない『悪』。加恋にとっては本来、躊躇う事も無く存在を抹消するべき対象だった。けれど加恋は目の前の少年に危害を加える事は無い。


『未必の悪』。加恋が自覚している自身の能力は、未だ為されていない『悪』を未然に防ぐものだ。けれど今、目の前にいるのはまったくの逆。これまで見た事の無い異質さ。


『未必の正義』。


今目の前に立つ少年は、紛れも無い『悪』であるにも関わらず、目の前にいる少年はいずれ『正義の味方』になる。

加恋自身が、それを強く感じていた。


ひどく、不愉快な存在だ。加恋は再び少年から目を逸らす。

加恋にとって、『正義』とは普遍だ。そして、『悪』もまた普遍だった。加恋にとって目の前の人間はいずれ悪を為すか、そうでないかに過ぎない。


 今まさに『悪』である存在が、それも、加恋が出会ってきた数少ない自らを『悪』だと自覚している人間が、いずれ『正義』となる。


 そんな事は起こりえるはずが無かった。だが、目の前の少年は、そんな理解しがたい事実を目の前に突き付けていた。

「そんな顔しないで。僕はさ、確かに今までは『悪』だったのかもしれないけれど、君が『正義の味方』だって事に気付いたお陰で、本当の気持ちに気付いたんだ。僕は、ずっと君に憧れてたんだよ。でもそれも、君の本質に僕が無意識のうちに感じ取っていたんだと思う。……それに、僕なら君の役に立てると思う」


「……私は、助手なんて要らないから」


 笹原直継はそっけない加恋の態度に戸惑っているようだ。その様子は加恋に対してこれまで接してきた彼と、まるで変わりないように見えた。だからこそ、不愉快で、異質で――とても不吉だ。


「……ねえ。塩島さん。君はさ、あても無く彷徨って『悪』を刈り取っていたけれど、それはやっぱり実現していない悪であって、本質的な『悪』には程遠いよね?」


「……何ですって?」


「だからさぁ。君は今まで悪を為す前の段階の人間を倒してたわけじゃんか。でもそれって、『予備軍』ってことでしょ?『もどき』だよね?それって本当の『悪』を倒したってことになるのかな?」


 少し困った様に話しかけてくる少年だった。照れくさそうに控え目に笑う少年だった。少なくとも笹原直継は、こんな風に目の前の人間を嘲る様な表情を浮かべる人間では無かった。無かったはずだった。


笹原直継の言葉を、加恋はまともに取り合う気がなかった。

それなのに。加恋はいつの間にか、目の前の少年から目を逸らせなくなっている事に気付く。


……それなのにこの胸騒ぎは、一体何?こいつの言っている事が、どうして嘘じゃないの?


少年の紡ぐ言葉は全て偽りでは無い。加恋にはそれが分かる。だからこそ、目の前の少年から紡がれる言葉の悍ましさに、思わず身震いする。


「どうして今なんだろう?それは僕にも分からないけれど、とにかくこれから、『正義の味方』と『悪』の対決が始まるよ。もちろん僕は『正義の味方』の味方さ。僕はあいつらの事を良く知ってる。君の助けになると思う。ねえ。ねえ塩島さん。考えてみてよ。っていうか、もう気づいたでしょう?デモンストレーションは終わったんだよ。予行練習はもう終わり。君が『悪』だと信じていたものは、実は『悪』に良く似た模造品でした!!ははは!!じゃじゃーーーーん!!!ドッキリ大成功!!なんてね!!くはっ!!」


 目の前の少年が何を言っているのか。加恋の耳にはもはや届いてはいなかった。


早くこいつの口を閉じないと。早くこいつの口から溢れる不愉快な雑音を止めないと。

加恋はそれだけを思う。早く。早く。縋る様に少年に手を伸ばしその首を――。


 掴みかけたまま、少年と見つめ合う。


「……塩島さん。辛いよね。分かるよ。僕にはよく分かる。今までの事、全てが無駄だったかもしれないんだから。でもね。僕を見て。『悪』を見てよ。許せないよね。根絶やしにしないと。だから、僕は君に協力する。考えて欲しい。君が本当にしなければいけない事が何なのか」


「……私は」


 荒れ狂っていた加恋の心が、一瞬で凪いでいく。


「私は『正義』を為す」


笹原直継はそんな加恋を見つめると満足気に頷くと、身を翻して歩き出す。


「……遅すぎるかもしれないけれど、まずは仲間を集めよう」


「……え?」


「塩島さん。まさか、この世界で自分がたった一人の『正義の味方』だと思っていたの?」


 加恋は思わず歩みを止める。


「僕たちの通っている高校。君の他に二人、『正義の味方』がいるんだ」


驚愕に目を見開く加恋に、直継は楽しげに告げる。


「早く接触しないと、仲良くなる前にやられちゃうかもね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ