いつかきっと
ここからが新展開です!
【side セバス】
どうも、私はアストレア伯爵家にて家宰を務めさせていただいているセバスと申します。
その主な仕事としては、やはりアストレア伯爵であるギムル閣下の代理としての業務代行でしょう。
閣下に上がってくる情報は、実にどうでもいいようなものから、今すぐに解決が必要なものまで、実に多岐に渡ります。
そのような仕事の仕分けを行い、緊急性や重要度の高いものだけを閣下へ渡す。
そしてなるべく閣下のお手を煩わせることがないよう、私の管理権限の及ぶ範囲で可能な限り業務量を減らすことが、今の私の主な仕事です。
もちろんそれだけではございません。
伯爵家の帳簿の管理、メイド達の業務管理や採用なども私の管轄です。
これだけ様々なことに目を通しているので、伯爵家のことならば私はどこの誰よりも知っていると言えるでしょう。
そんな私は長年、あることに頭を悩ませておりました。
それこそが……そう、アストレア家のご嫡男であらせられる、ルスト・フォン・アストレア坊ちゃまのことです。
坊ちゃまは昔から、困った子供でした。
癇癪を起こして物を壊したり、気に入らないことがあればメイドをやめさせたり。
正直なところ、私も手を焼かされた記憶ばかりが残っております。
ですが私には、坊ちゃまがそこまでの悪人には見えておりませんでした。
彼はいつも何か派手なことをする時に、これみよがしに目立つようにそれを行います。
まるで誰かの気を引こうとするかのように。
ギムル閣下が坊ちゃまと会うのは、年に一度あればいい方です。
そもそも閣下は仕事以外に興味が薄く、奥様にも坊ちゃまにもほとんどお会いになりません。
私は坊ちゃまは、父であるギムル閣下に見てほしくて……あるいは叱ってほしくて、あのようなことをしていたのではないかと思うのです。
故に私は自分の職責の範囲内で、ルスト様のことをお助けしようと決めました。
彼の悪評があまり広がらぬよう、なるべくやめさせたコックやメイド達についても気配りを行い、ルスト様の尻拭いをしたことは片手の数では利きません。
まあそれでもやっている無体なことが多過ぎたので、焼け石に水ではありましたが……。
ルスト様は聡明で、才に溢れたお方です。
実際魔法を教えに来た家庭教師は一週間ほどで追い越し、剣の模擬戦では依頼でやってきた冒険者をその日のうちに倒せるようになっております。
その力を誰かを追い詰めるためではなく、誰かを助けるために使えば……私は戦闘に関しては門外漢ですが、そんな私ですらそう思わずにはいられないだけの輝きが、戦っている時の坊ちゃまにはありました。
そんな私の言葉を、皆は冗談だと受け取っていたようです。
「あの悪徳貴族が改心すればだと? そんなのは無理であろう」
「お前の人を見る目も落ちたものだな」
二十年来の友人達にも、何を馬鹿なことをと笑われました。
ですが私は坊ちゃまの力は、このアストレア家に必要なものだと思っております。
あと、あと何か一つ。
噛み合っていない歯車が一つでもズレるようなことがあればきっと、坊ちゃまにとっての向かい風が巻き起こるはず。
ですから私はその時をジッと待ち望んでおりました。
ですが一年が経ち二年が経ち、ひょっとするともうダメかもしれないと諦め駆けていたある日……とうとう私が望んでいたものが、やってきたのです。
坊ちゃまの目が、変わったのです。
今までのようなどこか濁った厭世的な目は嘘のように消え、その瞳は覚悟を持った男のそれに変わっておりました。
その日を境に坊ちゃまはメイドであるラミィには頭を下げ、コックが出す料理に文句ではなく賛辞を返すようになる……そんな今まではあり得なかった当たり前ができるようになりました。
かと思えば彼は、ものすごいスピードで動き始めたのです。
まるで何かに取り憑かれでもしたかのように。
「セバス、ここにあるものを全て売ってくれ。多少割安でも構わんから、即金でな」
「はっ、かしこまりました」
まず最初に行ったのは、美術品や宝飾品の売却でした。
坊ちゃまが長年にわたって集めてきた宝物の数々を惜しげもなくお金に換え、そしてそのお金で街に出ては何かを買い始めたのです。
本当なら調べても良かったのですが、私が下手に動いたせいで坊ちゃまのやる気を削いでしまっては意味がありません。
信じて待っていると、続いて彼は一心不乱にあることを始めたのです。
「ぐっ、ふぬううううううっっ!!」
「ファ、ファイトです! ルスト様!」
坊ちゃまがしばらくしていなかった魔法の練習を始めたのです。
なぜかお腹を抱え、だらだらと脂汗を流してこそいるものの、必死になって魔法を使っておりました。
何度か意識を飛ばしてはラミィに水をかけてもらったり、顔が土気色になったりと、本当にただ魔法の練習なのだろうかと思うようなこともありましたが……ここは優しく見守るべきでしょう。
「ルスト様……ルスト様ッ!? いけない、全身が痙攣し始めて……ええっとこのモルチネ毒の解毒薬は……」
……ラミィの口から何やら信じがたい言葉が出た気もしますが、きっと気のせいでしょう。
ふと執務室から裏庭を見た時には口から泡を吹いて倒れたりもしておりましたが……あれもきっと、修行の一環なのでしょう。
ペンより重たい物を持ったことのない私には、皆目見当もつかないことですが。
坊ちゃまはありったけのお金を使い切り空間魔法つきのリュックに荷物を詰めると、どこかへ出かけて行きました。
去り際に瞳を確認したところ、その瞳に宿る意思の炎は以前に増して更に強力になっておりました。
一体何をするのかは想像もつきませんが、あの目を見ればわかります。
まあまさかあんなことになるとは、想像もついていなかったわけですが……。
♢♢♢
ギムル閣下にバレぬよう裏工作をするのは、さほど難しいことではありませんでした。
そもそも閣下は基本的に放任主義ですので、むしろ奥様にバレないように取り繕う方が大変だったほどです。
そして十日ほどもの間期間を空けて、坊ちゃまは無事お屋敷にご帰宅なされました。
着ている服はボロボロ、ですがその顔は十日前と比べてどこか精悍になっており……達成感に溢れておりました。
急に大人びたように見える理由も、話を聞かせていただければ納得です。
「まままま魔王を倒しちゃったんですか? すごすぎます!」
「まさか、坊ちゃまがが……」
ルスト様が何かを成し遂げられる方だと、私は信じておりました。
ですが魔王を倒してしまわれるとは……やはりこのセバスの目は狂っておりませんでした。
坊ちゃまには魔王の素材を使った武具の作成を頼まれました。
伯爵家の騎士団と懇意にしている革製品屋と連絡をして……魔王討伐ほどの一件となれば、閣下のお耳にも入れる必要があるでしょう。
これから先の未来は、私にはわかりません。
ですがこの停滞した王国が大きく動くと、私は確信しております。
それは今までズレ続けていた歯車が噛み合う瞬間でした。
坊ちゃま……セバスは信じておりましたよ!
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