『最強』の魔王
ゲーム開始までに残された時間は二年。
ちんたら悠長に過ごしている余裕はない。
俺は善は急げと、一月ほどで戦闘のために必要な諸々の準備を済ませると、旅に出ることにした。
「というわけで爺、俺は今から旅に出かけてくる」
「坊ちゃま、一体どこへ……?」
既に旅装に身を包み、リュックを背負っている出で立ちを俺を引き留めようとするのは家宰のセバス。
屋敷の一切を取り仕切る男で、俺はかつて何度も彼に不祥事の尻拭いをしてもらったことがある。
屋敷の中でも数少ない俺の味方と言える人物で、俺のことを常に献身的に支えてくれている男だ。
「それは……言えないんだ、すまない」
「ぼ、坊ちゃまが謝っている!?」
そしてそんな家宰ですら、普通に謝るだけで好感度が上がっていく。
逆に凄いだろこれ。
今までなんでそんなに頑なに謝らなかったんだよ。
謝罪に親でも殺されたんか?
「だが……とても大切なことなんだ。今から数日ほど家を空ける。今までにも何度か、夜遊びをして帰ってこなかったことがあるだろう? あれと同じように適当に処理をしておいてくれ」
「坊ちゃま……」
セバスはジッとこちらのことを見つめる。
いつものようにニコニコとした表情ではなく、その表情は真剣そのもの。
こちらを見定め、俺の様子が以前とは明らかに違うことに気付いた彼は……。
「……かしこまりました。ご帰還をお待ちしております」
そう言うと直角に頭を下げる最敬礼で、俺のことを見送ってくれた。
二階の窓からは、メイドのラミィがこちらに向けて勢いよく腕を振ってくれているのが見える。
少しは見直されている……のだろうか。
まったく、ただ自分の非を認めて謝るだけで良かったっていうのに……そんなこともできなかったかつての自分が情けなくなってくる。
ちょっくら魔王討伐をして帰ってきたら……その後で、二人に詫びのお菓子でも買っていこう。
どんな顔をしてくれるのか、今から楽しみだ。
自分で言うのもなんだが……ルスト・フォン・アストレアは天才である。
身体能力と魔法に関しては天賦の才があり、既に学院入学前の十三才である現時点で上級魔法を使いこなすことができるというぶっ壊れた性能をしている。
しっかりと努力を続けることができていれば、勇者に追い越されることもなかったのではないか……そう思ってしまえるほどのスペックだ。
「レベルもスキルもないのには参ったが……やるしかないな」
本来『ファスティアファンタジー』にはレベルとスキルの概念があるのだが、残念なことにこの世界においてはその二つは存在していなかった。
ただ戦えば戦うほど強くなったり、同じ技を使い続けることで新たな技に派生することはあるようなので、おそらく経験値や熟練度のような形で置き換えられているのだろう。
自身のレベルが把握できていないが、鍛錬や魔物などを倒した量から考えて、おそらく俺はまだ現時点ではほとんど経験値も熟練度も稼いでいない。
ルストは才能にかまけて努力をしない怠惰な人間だった。
だが奇しくもその結果として、一筋の光明が生まれた。
(これだけの才能を持っていて、まったく努力をしていないこの状態なら……あいつと戦うことさえできれば、勝てる!)
俺は一人にやりと笑いながら、パンパンになったリュックを背負い先へ進んでいく。
ちなみにこいつには空間魔法がかかっており、その収納量は軽く一軒家ほどはある。
しばらく歩くとそこに、まばゆい光の結界が現れる。
人類が未だ滅んでいない理由の一つがこれだ。
教会の人間達が張ってくれているこの聖結界は、人類と魔物の生存権を分けている境界線である。
強力な魔物達の侵入を防いでくれているこの結界の先には、当然ながら強力な魔物達が溢れかえる魔王領が待っている。
そう、俺が向かう先は、人里を抜けた奥にある森林地帯……『ファスティアファンタジー2』のラスボスである『最強』の魔王エグゾノートの魔王領である。
「GISYAAAAA!!」
「KURUUUUUUU!!」
トレントの上位種であり見上げるほどの体躯を持つエルダートレントや、口から冷気の籠もった吐息を吐き出すフロストスネーク。
『ファスティアファンタジー』においては終盤に出てくる強力な魔物達であり、今の俺が全力を出してもギリギリ勝てるかどうか……というやつらがそこらへんにうじゃうじゃと動き回っている。
そんな魔物達の間を、俺は戦うことなくスッと抜けていく。
「そろそろ足しておくか……」
肩からかけているホルスターからガラス瓶を取り出し、中に入っている透明な液体をぱしゃりと身体にかける。
こいつは教会が出している、清めのアイテムの聖水だ。
シンボルエンカウント方式である『ファスティアファンタジー』において聖水は、魔物達から感知されなくなるという能力を持っていた。
この世界でも同じ形で活用が可能なのだが、その分値段がべらぼうに高い。
今俺が使っている最上級聖水は、効果時間が五分もないくせに値段は優に金貨十枚以上もする。
俺はこの聖水を集めるために小遣いを使いきり、自身が持っていた美術品などのコレクションも全て売り払っている。
もはや俺に後はない。
これから先の戦いで負ければ、俺は文無し廃嫡ホームレスという正史通りの道を行くことになるだろう。
だがそれだけの大枚をはたいた価値はあった。
こうして一番強力な魔物にも使えるおかげで、俺は今までの道中一度も魔物達と戦闘をすることなく奥へ奥へと進むことができているのだから。
リュックの中に詰めた聖水を使い、味のしないぼそぼそとした乾パンを食べながら先へ進む。
木のうろの中で寝袋に入って睡眠を取り、日が昇れば戦えばただでは済まない魔物達を横目に早歩きを続ける。
そして苦節三日目にして、俺はようやくお目当ての魔物を探すことに成功していた。
(あれが……『最強』の魔王、エグゾノート)
森の中に作られている閑静な住宅の中に、エグゾノートの姿があった。
白髪の、人の悪そうな笑みを浮かべた老人だ。
その姿は、一見すると杖を持った普通のジジイにしか見えない。
もちろん見た目は弱そうだが、『最強』の二つ名を持つ魔王が弱いはずもない。
エグゾノートは、ここに来れるような人間達が束になっても敵わないほどの強さを持っている。
「すうううぅ……はぁぁ……」
ゆっくりと深呼吸をする。
まさか前世の記憶を取り戻してから初の戦闘が魔王戦になるとは思わなかったが……大丈夫だ。
俺ならやれる。
この世界のために……死んでもらうぞ、エグゾノート!




