プロローグ
「ひいっ、お許し下さい、ルスト様!」
ふと気がついた時、俺の目の前には涙を流しながら平伏しているメイドの女の子の姿があった。
えっと……これ、どういう状況?
足下には割れた花瓶が砕け散っている。
多分だが花瓶を割ったメイドを俺が折檻しようとしている構図……なんだろうか。
もう少し状況を知りたいと視線を上げていけば、向こう側に青銅製の姿見が見える。
そこから覗く姿を見て……俺は絶句した。
「おいおい、嘘だろ。俺が……ルストに……?」
ルスト・フォン・アストレアとは、俺が大好きだったゲームの『ファスティアファンタジー11』にて出てくるキャラだ。
まごうことなき噛ませ犬であり、最終的に主人公にボコボコに負けた後に廃嫡され全てを失ってホームレスにまで落ちる悲しき男である。
口癖は『俺は悪くない』。
基本的には大体ルストが悪いのに全ての責任を他者になするつけるその他責っぷりから、言葉の最後に『俺が悪くない』とつけるルストミームが『ファスティアファンタジー11』を知らない人達の間でも有名になった男である。
アストレア伯爵家の嫡男でありながら己の才能にあぐらを掻き、他人を馬鹿にすることで精神の安定を保つような正真正銘のクズ……どうやら俺はそんな男に転生してしまったらしい。
いや、それはいい。
まあ全然良くないし、なんなら破滅確定の未来が決まってるからめちゃくちゃヤバくはあるのだが……俺は今、自分の破滅フラグが霞むほどの衝撃を受けてしまっていた。
「顔を上げてくれ。えっと、君は……ラミィ、だったよな」
「名前を覚えていて下さり光栄です、ルスト様」
「ラミィ、花瓶を割ったことは怒ってないから、顔を上げてくれ」
「は、はいっ!」
メイドのラミィがうるうると潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。
「すまなかったな……間違いは誰にでもある。次からは割らないように気をつければいいさ」
「ルスト様が謝ってくださるだなんて……」
庇護欲をそそる姿をした彼女にまず軽く謝ると、信じられないものを見たかのように仰天された。
そしてそれだけのことで、ラミィの大きくマイナスに振れていた好感度が上がっていくのを感じる。
これだけで評価が爆上がりするとか……一体ルストの私生活は、どれだけ終わっていたのか。
自分のことなのに悲しくなってきた。
女の子には優しくしとけよ、ルスト。
「ラミィ、一つ聞きたいんだが……」
「えっと……一体なんでしょうか」
癇癪を受けるのを恐れてビクビクするラミィに申し訳なさを感じながら尋ねる。
これはとても、とても大切な質問だ。
下手をすれば……俺がルストに転生したことよりも重要な。
「どうして――人類はまだ、魔王に滅ぼされていない?」
『ファスティアファンタジー11』は、そのタイトルからもわかるように『ファスティアファンタジー』の11個目となるナンバリングタイトルだ。
勇者が魔王を討ち滅ぼす王道RPGである『ファスティアファンタジー』。
当然ながら各タイトル毎に魔王は滅ぼされ世界には平和が戻るはずなのだが……
「ラスボスが一体も倒されてないとか……冗談も大概にしてくれ!」
なぜかこの世界では、歴代のラスボスである魔王達が全員、現存していた。
ここに今作のラスボスが加わることで、魔王の数は合わせて十一体になる。
いや、自分で言ってて思ったが十一体になる、じゃねぇよ。
いくらなんでも多すぎるだろ。
勇者はどこ行ったんだよ、勇者は!
職務怠慢も甚だしすぎる!
「マジかよ……」
ラミィを下がらせた俺は、私室で一人頭を抱えていた。
本来であれば討伐されたはずの魔王が生きていることで、この世界は既に『ファスティアファンタジー11』とは大きく異なる様相を呈し始めている。
そもそも王国の広さ自体がゲーム開始時の半分ほどにまで減っているし、隣国もいくつかが魔王達によって滅ぼされ、魔王領として領地を接している状態だ。
魔王達が王国よりはるかに広大な領土を、魔王同士で争って奪い合っている。
そんなアポカリプスな状況を見れば、なんで人間が滅ぼされてないのか疑問に思ってもしょうがないだろう。
「人間が雑魚過ぎて放置されてるとか……終わってるってこの世界……」
先ほどのラミィの質問の答えは、あまりにも無情だった。
『えっと、魔王達は人間なんていつでも滅ぼせるから、先に他の魔王を潰そうと動いているんだと思いますけど……』
いつでも潰せるし、それならまずは他の魔王の領地を狙うか……そんなシミュレーションゲームの弱小領地みたいな扱いのおかげで、人類はギリギリ生存ができているらしい。
そして俺は魔王達の領地に挟まれた魔王サンドイッチ状態でこれから『ファスティアファンタジー11』の世界を生き延びなければならない。
いや、魔王の領地ってなんだよ。
侵略者側の魔王が領地経営始めるんじゃねぇ。
「ふぅ……」
ゆっくり深呼吸をしながら自分を落ち着ける。
こういう時は一旦冷静になってやるべきことを考えるのがいい。
俺がやらなければならないことは、大きく分けて二つある。
まず一つ目は、大前提として悪役貴族として破滅の運命から逃れること。
ルスト・フォン・アストレア……アストレア伯爵家の嫡男であるルストはこのままの生活を続けていれば、ゲームと同様最終的には廃嫡され、婚約破棄もされ、ホームレスになりながら『それでも俺は悪くない!』と叫び続ける化け物になってしまう。
俺が俺としてこれからも不自由ない暮らしを続けていくためには、まずは現状を打開して破滅フラグを回避することが重要だ。
他人に全ての責任を擦り付けるまごう事なき人間のクズを卒業し、謝っただけで驚天動地となるルストのイメージを世間から払拭しなければならない。
そして二つ目は、なんとしてでも人類の滅亡を阻止すること。
いつ滅ぼされるかもわからないこんな状況では、おちおちと安心してご飯を食べることも出来ない。
俺の安眠と美味しいご飯のためには、未だ11の世界になってもこの世界で平然とのさばり続けている魔王共を討伐する必要がある。
――全シリーズをしっかりとやりこみ、アンケートにも長文のレビューを書いて送り、個人ブログに二万字を超える考察を書き込み、人気投票では五十通もの手紙を送った生粋のオタクである俺の脳内には、各ナンバリングを横断するあらゆるゲーム知識が入っている。
ナンバリングタイトルごとに異なる職業や戦闘システムなどの知識に、ラスボスである魔王の体力や使う能力、そして隠しギミックやレアアイテムの場所etcetc……これら全てを駆使すれば、魔王共を懲らしめてこの世界に平和をもたらすことも、決して不可能ではないだろう。
魔王が倒されていないということは、既に勇者は過去に十度魔王討伐に失敗しているということ。
今回の11でだけ勇者が覚醒して全部の魔王を倒してくれるというのは、あまりにも希望的観測が過ぎるだろう。
だったら11のラスボスであるエンドルゥも含めて十一体の歴代魔王を……俺が全部、倒すしかない。
相当厳しい道のりにはなるだろうが……クリアまでの道程が厳しければ厳しいほど燃えるのがゲーマーの性だ。
やってやるさ……この生まれ変わったルスト・フォン・アストレアがな!




