氷の令嬢
父上……ギムル・フォン・アストレアは大の仕事人間だ。
外務大臣を務めており、ウェスペリア王国の他国との交渉のため、日夜宮廷と大使館を巡り海外を飛び回る日々を送っている。
そのため父上は土地を持つ領地貴族でありながら、基本的にいつも家を空けている。
領地経営も基本的に代官任せで、遠方からの書簡の往復だけで済ませているという状態だ。
そんな状態でありながら、領都シレジエンは普通に栄えている。
……いや、なんでまともに領内にもいないのに領地が回ってるんだよ。
正直意味不明だが、そんなあり得ないことができるくらい父上は頭の切れる人間なのだ。
だがそんな父上のことが、俺は前世の記憶を取り戻す前からあまり得意ではなかった。
領都の屋敷に戻ってくるのは、一年に一度もあればいい方。
そして帰ってきても特に何を言うでもなく、自分に一瞥をくれてそのまま去っていく。
父上は頑張って剣や魔法で成果を残しても、俺のことを一度も褒めてくれたことはない。
俺が何を言ってもそうかと言うだけで、まともに会話が続いたことは一度もなかった。
だが前世の記憶が戻った今なら、俺は父上ときちんと向き合うことができる気がした。
以前はいつもこちらを睨んでいるように思える父上がただただ怖くて、何をされるかわからないとびくついてばかりいた。
けれど実際ルストがどれだけ鬼畜の所業を繰り返しても、彼はルストのことを廃嫡しようとはしなかったのだ。
彼が冷徹な判断を下していれば、今頃俺は廃嫡されて『俺は悪くない!』と連呼するホームレスになっていただろう。
そこにある確かな親としての情愛を、前世の分の人生経験のある俺は感じることができた。
「久しぶりです、父上!」
「……ああ」
外務大臣、ギムル・フォン・アストレア伯爵。
一年ぶりに会う父上は、以前と変わらぬ仏頂面をしながら小さく頷いた。
猛禽類を思わせる鋭い瞳と、高い鷲鼻、そして俺と同じ金色の髪。
激務をこなし続けているからか顔はやつれており、その体躯はきちんと食べているか心配になってくるほどに細い。
「父上、ご飯はきっちり三食食べていますか?」
「……食べている。食用ブロックをな」
「食用ブロックって、あんなマズい物食べてるんですか!?」
この世界にはダンジョンが存在している。
そのダンジョンから産出するものに、食用ブロックという食品がある。
これは栄養バランスに優れて一本で一食分のカロリーが取れるという優れものなのだが、その反面味がべらぼうにマズい。
ダンジョンに潜る新米冒険者達はなくなくこの食用ブロックを食べることになり、これをきちんと三食食べられるかどうかが最初の関門と言われるほどのゲロまず具合だ。
俺も食べたことがあるが、固さは粘土、味はマズい土、噛めばジャリッと砂の食感を楽しめる土オールスターズの食用ブロックは、正直これを食べるならその辺で泥でも啜ってた方が美味いと思えるレベルの終わってる食べ物だ。
「ダメですよ父上、きちんと美味しい物を食べなくては。せめてうちにいる間くらいはしっかりとご飯を食べて下さい」
「む、あれほど機能的な食事は他にないのだが……」
あれは機能以外の全部を捨ててるんだよ。
あんな栄養があるだけの土を食べてれば、そりゃやつれもするわ。
エルギンもそうだが、優秀な人間はやはりどっか頭のネジが飛んでるな……父上を見ながらそんな風に思っていると、彼はジッとこちらを見た。
「俺の顔に何かついてますか?」
「ルスト……変わったな」
「……はい、結構変わりましたね」
やっぱり親だと、そういうのもわかるものなのか。
おいルストよ。
たしかに愛情表現は下手かもしれないが、ギムルはしっかりお前のことを見てくれてるじゃないか。
変に目を引こうと変なことなんかする必要なかったんだ。
お前はただお前でいるだけで、良かったんだよ。
まあこれからは不安に思う必要もない。
口下手なギムルは、俺の超絶技巧なコミュニケーションで引っ張ってやるしかないだろう。
「あの……ご趣味は?」
「――ルスト、お前の婚約相手が決まった。ヘルペー侯爵家のアキノ・フォン・ハルパー嬢だ」
会話のドッチボールしないでくれない?
まったく要件しか話さない男はこれだから……ってええええええええぇぇっ!?
「こここ婚約ですか!?」
いきなりそんなことを話されても心の準備が……っ!
なんだよこの親父、俺のことを感情のジェットコースターで殺す気か?
しかもその相手は……あの『氷の令嬢』のアキノ!?
嘘だろ、俺の推しじゃないか!
「ああ。良い縁談があればと思っていたタイミングで、ちょうどハルパー侯爵も娘さんの相手を探していてな」
アキノ・フォン・ハルパー。
ハルパー侯爵家の令嬢であり、『ファスティアファンタジー11』のメインヒロインの一人、そして俺の推しでもある少女だ(大切なことなので二回目)。
『氷の令嬢』の二つ名を持つ水魔法使いの天才であり、彼女は最終的に氷で相手にデバフをかけまくり、敵に対して絶対に先行を取る『後攻絶対許さないウーマン』へと進化する。
そしてその二つ名に違わず、その態度はあまりにも冷たい。
だが気を許した主人公にはデレデレになる。
そのギャップにやられた紳士は多いだろう。かくいう俺もその一人だ。
「アキノと俺が、婚約……?」
必死になって思考を巡らせるが、何度思い返しても『ファスティアファンタジー11』にそんな展開はなかった。
もしルストがアキノと婚約していたら、ルストの地を這っていた評価は更に下がり地盤沈下を起こしていたはずだ。
だが必死に脳内メモリを掘りに掘り返してみると……アキノに婚約者がいた、という文言が、シナリオライターが更新していたブログ『東雲の空』にあったはず。
となるとその婚約者が、ルスト……だったのか。
悪評によって廃嫡寸前になったことで婚約破棄されたと考えれば、流れとしても自然だ。
そっかそっか、俺がアキノと……えええええええっっ!?(二度目の驚き)
推しと結婚できる……そんな保険があっていいんですか?
「以前結婚するならアキノ嬢のような楚々とした子がいいと言っていただろ?」
「言ってました!(多分)」
まったく記憶にはないけど、ナイスだ過去の俺!
どうやら過去も今も女の子のタイプは全然変わってないらしい。
やっぱり時代はクールビューティーだよな!
だが爵位が一個上の侯爵家との婚約とは……パッパは相当に頑張って縁談をもぎとってくれたらしい。
(いや……ちょっと待てよ?)
浮かれてその場で小躍りしそうになっていた俺は、ふと冷静に我に返った。
果たしてあちら側に立って考えた時に、これはいい結婚と言えるだろうか……否である。
悪徳貴族として有名なルスト・フォン・アストレア。
戯れにコックやメイドの首を切ったりするカスのところに嫁ぎたいと思うような女の子などいるだろうか……いや、いない(反語)。
つまりどうなるか。
婚約→こんな男と結婚なんて出来ません→婚約破棄→俺が自暴自棄
ここまでの流れ、完璧に脳内再生余裕でした。
「どっどどどどうどどうしよう……」
「大丈夫かルスト、顔が真っ青だが……」」
父上の気遣いも、推しと婚約できることも嬉しいんだけど、俺の悪名が足を引っ張りすぎているせいで結婚まで辿り着くビジョンがまったく見えない。
「とりあえず一週間後に見合いがある。その時までに準備を整えておくように」
一週間後か……早い、早すぎる。
お見合いで上手いことこう、改心したアピールとかができたら……いや、だからそういう露骨なのは彼女に嫌われて……ダメだ、考えれば考えるほどドツボにハマってしまう!
あれほど精力的に動いていた俺はアキノのことで頭がいっぱいになりまともに動くことができなくなり、一週間ほどの間は最低限魔物を狩ったらあとはぼーっとし、悶々とした日々を過ごすのであった……。




