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第25話「集う勇者たち」

 翌日。

 冒険者ギルド本部の最上階へ続く階段を、私とリンは並んで上っていた。

 石造りの壁に、足音が静かに反響する。

 この階に呼ばれることは、誰にとってもそう多くない。

 当然人気はなく、わずかな緊張感が漂っているような気がする。

 だが、廊下を曲がった先で見覚えのある後ろ姿を見つけた。


「メイ」


 私が声をかけると、メイが振り返る。


「あ、先輩。リンさんも、おはようございます」

「うん。おはよう」

「おは、よう」


 軽く頭を下げてから、メイは小さく息をついた。


「先輩と私も呼ばれたってことは……大規模調査の件、ですよね」

「多分ね」


 私が横に並びながら頷くと、メイは真剣な顔で前を向いた。

 その時。


「おい、時の!」


 廊下に大きな声が響いた。

 振り向くと、水色の髪を揺らしながら駆け寄ってくる少年——バルフェルド君の姿があった。


「やっと言えるぜ! この前は言いそびれたが——」


 彼は勢いよくリンの前に立つと、にやりと笑う。


「とうとう俺もお前と同じ、飛龍殺し(ドラゴンスレイヤー)の称号を手に入れたぞ!!」


 そして胸を張り、「へへん」とでも言いたげな表情を浮かべた。

 リンは一瞬だけ彼を見上げ、


「そう……おめでとう」


 と、淡々と返した。

 だが、バルフェルド君は気にする様子もなく、上機嫌に勇み足で私たちの横に並ぶ。


「そうだろうそうだろう!」


 そうして歩いていると、やがて廊下の奥に重厚な木製の扉が見えた。

 最上階の大きな会議室。

 私たちは自然と足を緩め、その扉の前に立つ。

 バルフェルド君がいの一番に手を伸ばし、ノブに手をかける。

 そして扉を開くと、「ギィ」と軋む音が廊下に響いた。


 広い室内の中央には、あらかじめ大きな地図が広げられた円卓。

 その周囲には椅子が整然と並べられていた。

 一見、人影はない。


「私たちが一番乗りですかね」


 メイの呟きに、私たちは室内を見渡す。


「むむ〜?」


 だが、バルフェルド君が妙な声を上げた。

 彼は目を細めると、おもむろにとある一席へと歩み寄る。


「ルノー兄さん、いるんでしょ?」


 そして、何もない空間へそう声を投げた。

 その瞬間。

 席の上に、ぼんやりと一つ影が落ちる。

 次の瞬間には、そこに一人の男性が座っていた。


 予想外の出来事に、私たちは大きく目を見開く。

 右目を真っ黒な髪で隠した、線の細い青年。

 存在感は薄いのに、確かな気配がある。

 彼はバルフェルド君を見て、わずかに口元を緩めた。


「腕を上げたな、バル」

「へへーん! そうでしょ?」


 バルフェルド君が誇らしげに胸を張る。

 黒髪の彼は、次に私たちへと視線を向けた。


「悪いな。驚かせるつもりはなかったんだ」


 そう言って立ち上がると、こちらへ歩み寄る。


「俺はルノー。影の勇者だ」

「……リン、です。時の勇者……です」

「ユーフィリアです。リンの担当をしています」

「メイです。よろしくお願いします」


 それぞれ名乗ると、ルノーさんは軽く頷いた。

 その横で、バルフェルド君が彼の服の裾を引く。


「ねえルノー兄さん。また稽古つけてよ」

「ああ。また今度な」


 ルノーさんが微笑んで答える。

 その直後、後方で扉が開く音がした。

 だが、扉は確かに開いているのに、振り返っても誰もいない。

 瞬間——


「ユーフィリアちゃ〜ん!」


 背後から、勢いよく肩を抱きしめられた。


「ひゃっ?!」


 甘い香りがふわりと漂い、視界の端に紫とピンクの髪が映る。


「ジュ、ジュジュさん?!」

「そうですよ〜! ジュジュさんですよ〜!」


 ジュジュさんは抱きついたまま、私の頬に自らの頬をぴたりと合わせた。


「この前ぶりだね〜! 会いたかったよ〜!」


 満面の笑みを浮かべるジュジュさんに、私は面食らいながらも口を開く——よりも前に。


「……ジュジュ?」

「うおっ?!」


 リンに首根っこを掴まれ、ジュジュさんが体をのけ反らした。


「近い……ウザい……」

「ご、ごめんごめんリンリン! 離して〜!」


 ジュジュさんの訴えに、リンは半眼のまま手を離した。

 ……前も見たな、この光景。

 ジュジュさんは軽く襟元を正すと、今度はメイに体を向けた。


「そちらの方は初めまして〜」

「初めまして。メイと言います」

「私の後輩だよ」

「な〜るほどね。どうも、ジュジュでーす」


 笑顔でひらひらと手を振る。

 そして、そのままニヤニヤしながらルノーさんに絡み出した。


「ルノちんはひっさしぶり〜」

「……その呼び方を許可した覚えはない」

「ええ〜? でも、あたしはルノちんの却下を許可した覚えないしな〜」

「……チッ」


 ルノーさんが舌打ちを鳴らす。


「その態度〜。あたしが他の勇者とは違ってルノちんの技だけは使えるからって、目の敵にしないでよ〜」

「……このアマ」


 ルノーさんが明確に怒髪天を衝く——直前。


「だめですよ、ルノーさん」


 柔らかな声が通った。

 その言葉とともに、ルミナさんが二人の間に割って入った。


「こんなところで喧嘩なんて、キャリアに傷がつきますよ。ね、ユーフィリアさん?」

「あ……え、ええ。可能性は」

「……チッ」


 ルノーさんは再び舌打ちすると、無言で席へと戻っていった。


「まったく。ジュジュさんも言い過ぎですよ」

「ごめんごめん。ルノーくんの反応が楽しくてつい、ね。ちょっと謝ってくるよ」

「そうしてください」


 ジュジュさんは軽い足取りでルノーさんの元へ向かう。


 それからしばらくして、他の招集された方たちも次々と入室してきた。

 そして最後に、もう一度扉が開く。

 ウィズさんが、ゆっくりと部屋へ足を踏み入れた。

 彼は一度、室内を見渡す。

 力、光、影、巧、空、時——六辺勇者。

 そして、レスさんをはじめとするそれぞれの関係者。

 全員の視線が集まる中、ウィズさんは静かに口を開いた。


「大規模調査の結果を報告する」


 低く、よく通る声。


「結論から言おう。全ての地点で発生した異常は、『魔力と地脈のエネルギー』の収集を目的としたものであると判断した」


 卓上の地図を思わず見つめる。

 そこにつけられた赤い印が、やけに生々しく見えた。


「加えて、夢幻洞窟では『モンスター操作』の痕跡を確認している」


 焦点の合わない目。循環していない魔力。

 自分で書いた報告書の一文を思い出す。


「そして、最重要事項だ」


 ウィズさんの声が、わずかに重くなる。


「各地点に、対勇者に特化した力を持つ黒双翼龍ブラックワイバーンが出現した」


 視線が、自然とリンへと向く。

 本人は静かに座っているけれど——胸の奥がざわついた。


「黒双翼龍は空間の裂け目のようなものから突如現れ、それぞれの勇者のみを狙って襲撃した」


 ウィズさんがそこまで話すと、一つの声が挟まった。


「少し、いいかの」


 声の主は、「力」の勇者ゼルジネさんだ。

 リンとほぼ変わらない背丈で、しかも冒険者を引退しているというのに、全身にある筋肉の桁違いな密度がまるで巌のような存在感を放っている。


「なんでしょう」

「確かに現れた黒双翼龍はわしの力の対策をしておったが、その実、他の点はただの黒双翼龍にすぎなかった」


 彼は肩をすくめて続ける。


「わしの弟子だけでも討伐できる程度じゃ。わしら勇者を倒すため、という感じではない」


 そう言うと、ゼルジネさんはすっと目を細めた。


「黒幕は、わしらの力を測っていたのではないか?」

「……なるほど」


 ウィズさんが思案顔を見せる。

 そのタイミングで、私は気になっていたことを投げる。


「あの」

「なにかね、ユーフィリア君」

「リンと対峙した黒双翼龍は、未完成の個体だった可能性があります」


 全員の視線が私に集まる。


「雷鳴峡谷で対峙した紫電地龍サンダードレイクと比べて能力自体は強化されてましたけど、地龍ほどの知性を感じませんでした」


 そこまで言って、私は言葉を選ぶ。


「リンを攻撃する以外の行動選択がほとんどなかった……まるで、『勇者を狙え』という命令を遂行するだけ、のような」

「あたしのやつも、そんな感じだった〜」


 ジュジュさんが軽く手を挙げる。


「……であれば、ゼルジネさんのおっしゃる通り黒幕はこちらの戦力を計測していた可能性が高いか」


 そうまとめたウィズさんに、ルノーさんが問いかける。


「黒幕の次の動きは?」

「操ったモンスターで、我々を襲撃してくると予想される」


 部屋の空気がわずかに冷える。


「目的はなんなのでしょう」


 レスさんの問いに、ウィズさんは首を横に振る。


「不明だ。動機も思想も、未だ掴めていない」


 黒幕の薄く大きな影が、この部屋に沈黙を落とした。

 その沈黙を破るように、ウィズさんは続ける。


「ただ一つ、傾向はある。黒幕は策を弄し、大規模な戦闘を避ける」


 円卓の上に指を置き、軽く叩く。


「ゼルジネさんとユーフィリア君の話を加味しても、最も警戒しているのは勇者という戦力だろう」


 六人に視線が向く。

 勇者たちは、その目を気負いなく受け止めている。


「よって、次も局所戦になる可能性が高い」


 雷鳴峡谷。夢幻洞窟。

 確かに、どちらも限定的な戦場だった。


「現在、雷鳴峡谷を含めて全ての地点で異常は収まっている」


 だが、とウィズさんは言葉を続ける。


「それが、我々が調査に踏み入ったからなのか、それとも黒幕が実験を終えたからなのかは定かではない」


 沈黙。

 そして、ウィズさんは声に重みを宿して言う。


「我々は、あらゆる場合を想定し柔軟に対応せねばならない。ゆえに、勇者を機動的に運用する」


 円卓の上に簡易的な地図が広げられる。

 そこからは、実務的な話し合いが続いた。

 各勇者の配置。

 移動手段。

 連絡網。

 想定される敵戦力。

 やがて一通りの確認が終わると、ウィズさんは最後に言った。


「以上だ。各自、常に警戒を怠るな」


 その静かな一言を持って、会議は終了した。

 全員が、表情を引き締めていた。


◆ ◆ ◆


 会議室を出た後。

 廊下を歩きながら、リンは少し前を歩くジュジュに声をかけた。


「……ジュジュ」

「なあに、リンリン」


 ジュジュはくるりと振り向き、後ろ向きで歩く。


「スキルって……強く、なる?」


 唐突なその問いに、ジュジュが軽く目を見開く。


「鍛えれば強化されるかってこと?」

「うん」

「するよ〜。ま、相応の鍛錬は必要だけど」


 その答えに、リンはさらに質問を重ねる。


「じゃあ……勇者の力、は?」


 ジュジュは顎に手を当て思案する。


「う〜ん……勇者の力ってさ、感覚的に使い方がわかったじゃん? だから、意識的に強化できるとは思えないな〜」

「……そっか」


 リンが微かに肩を落とした。


「なになに? リンリン強くなりたいって感じ?」


 ジュジュの言葉に、リンが力強く首肯する。


「だったらさ、リンリンが鍛えるべきなのは心体だと思うんだよね。そもそもリンリンの力って最強だし」

「……どうすれば、いい?」


 リンの素直な問いに、ジュジュはにやりと笑う。


「弟子入りだね」

「……弟子?」

「ほら、あそこにちょうどいい人がいるよ」


 そう言って指差したのは、ゼルジネだった。


「ゼル爺は道場を営んでるからさ。基礎から叩き直してもらえるよ」

「……基礎」

「力の扱い方じゃなくて、力を扱う自分を鍛えた方がいい」


 ジュジュは、軽くリンの肩を叩いた。


「リンリンに必要なのは、そっちだと思うよ」


 その提案にリンはジュジュへお礼を言うと、ゼルジネの元へと駆け寄っていった。

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