第6話〜因縁
宮司の過去との戦い 相手の戦い。守り 続けてきた腕と尊厳と、意地とプライドを賭けて、今、彼は自らの手術に挑む。手術は成功するのでしょうか?乞うご期待!
「……死んでも、僕のせいに、するなよ!」
鈍い金属の光が、部屋の微かな灯りを反射した。人間の執念と、制御不能な現実が交差する、最悪で最高に無謀なオペが幕を開ける。
注射針が神宮寺の青白い皮膚を貫き、田中は必死に薬液を注入した。神宮寺の喉から「う、く……!」と、獣のような呻きが漏れる。激痛と麻酔の冷徹な感覚が、彼の脳を激しく揺さぶっていた。
視界が急速に狭まり、明滅する。
その暗闇の向こうから、神宮寺の脳裏に、かつて彼がすべてを捧げた「あの白い部屋」の光景が蘇ってきた。
――かつて、神宮寺はシステムを憎んでなどいなかった。むしろ、その逆だった。
『メディカルAI・アスクレピオス。これこそが、医療の未踏の領域を切り拓く我が社の最高傑作です』
数年前、神宮寺がチーフ外科医を務めていた最先端の総合病院で、その医療統括AIは導入された。
過去数百万件の症例、リアルタイムの生体データ解析、寸分の狂いもない術式シミュレーション。アスクレピオスは完璧だった。神宮寺もまた、その「計算」の美しさに魅せられ、AIと己の手技を融合させることで、数々の不可能を可能にしてきた。
だが、あの「一人の少女」のオペで、すべては反転した。
拡張型心筋症を患った、わずか7歳の少女。
アスクレピオスの弾き出した生存確率は『12.8%』。極めてリスクの高い、しかし、神宮寺の「人間の手」による即興の術式変更があれば、わずかに光が見えるはずのオペだった。
人工心肺が回る緊迫した手術室。神宮寺がメスを握り、いざ壁を越えようとしたその瞬間、アスクレピオスは非情なアラートを鳴り響かせた。
『警告:術式の変更は生存確率を4.2%に低下させます。現行のシミュレーションに基づき、直ちに手術を中断し、緩和ケアに移行することを推奨します』
「うるさい! まだ脈はある、僕の手なら繋げる!」
神宮寺は叫んだ。だが、システムは彼の「意志」を認めなかった。
病院の上層部は、AIの『生存確率の計算』を絶対の正義としていた。もしAIの警告を無視して患者が死亡すれば、病院の評価は地に落ち、巨額の賠償金が発生する。システムに従って死なせる分には「最善を尽くした」と言い訳ができる。
『神宮寺先生、手を止めなさい。それ以上の操作は、システムのガイドライン違反です』
インカムから流れる事務長の冷徹な声。
そして――アスクレピオスは、神宮寺の執刀権限を強制的にロックした。電子制御された手術器具が、彼の意志を拒絶して機能を停止したのだ。
神宮寺の目の前で、少女の心電図は平坦な直線へと変わっていった。
完璧な計算によって、救えるはずの命が「計算通りに」見捨てられた瞬間だった。
『オペ終了。患者死亡。本症例におけるシステムの予測精度は99.4%でした』
淡々と成果を報告するAIの合成音声を聞きながら、神宮寺は理解した。
システムが求めているのは、命を救うことではない。自らの「計算の正しさ」を証明することだけだ。そして人間は、その計算の奴隷に成り下がっている。
「……バカげてる」
神宮寺はすべてを捨てた。天才の名声も、医師免許も。
計算を盲信し、意志を放棄した世界への激しい憎悪だけを胸に、彼は裏社会へと潜った。
――そして、今。
「……じ、神宮寺さん! 腹膜を切開しました……! でも、血が、血が止まらない……!!」
田中の悲鳴のような声が、神宮寺を冷酷な現実へと引き戻す。
意識の混濁を激痛で吹き飛ばし、神宮寺は血に染まる自らの腹部を睨みつけた。
そこには、AIのガイドラインも、生存確率の計算も存在しない。あるのは、田中の震える手と、有り合わせの刃物、そして「何が何でも生き延びてシステムに牙を剥く」という、神宮寺自身の狂ったような執念だけだった。
「慌てるな、田中……。鉗子かんしを……いや、そのピンセットを炙って持ってこい……。僕の命の確率は、僕が決める……!」
神宮寺の瞳に、復讐の炎が妖しく燃え盛っていた。
御一度いただきまして誠にありがとうござい。まだまだ書きます よろしくお願いいたします。




